時々、本当に時々だけど。

街で擦れ違う少女達に、兄の視線が奪われる時がある。



気付いた最初の頃は、兄だって年頃だし可愛い女の子に興味があって当然だと思った。

いつも一緒にいるボクはといえば、本来は女の子といっても鎧の姿で。しかも妹で。

やっぱり見ていて楽しいのは、柔らかそうで温かそうで良い匂いのしそうな、そんな娘だよね。

そう思うと悲しかったけど。仕方がないって思ってたから。

だから本当の事を聞いた時には、とてもびっくりしたんだ。





忘れじの面影













「兄さんの好みって、ああいう感じの娘なの?」

唐突に立ち止まり、通り過ぎる少女に視線を奪われた兄。

そんなはずはないのに、じくじくと胸が痛みを訴える。

ああ、ボクに表情がなくてよかった。きっと生身だったら、物凄く拗ねた不機嫌そうな顔になっていたかも。

今ボクは声だけはちょっとからかい気味に、茶化すように。そんな感じで聞けたはず。

ボクの問いに、兄は慌てたように振り返った。



「な、何言ってんだアル!そんなわけねーだろ!!」

「兄さん、顔真っ赤だよ。そんなに照れなくても良いのに。」

好みなのかどうかって聞いただけなのに、こんなに真っ赤になるかな。

兄さんってこういう事に関しては本当にウブだ。



そういえば以前、ハボック少尉がふざけて艶めかしいグラビア写真を見せた時は大変だったな。

差し出された写真を二人して反射的に覗き込んじゃって。兄さんは茹で蛸みたいに真っ赤になって。

「こんな写真、アルに見せるんじゃねー!!」ってビリビリに破いてしまった。

(お気に入りの写真だったらしく、少尉は泣きそうになっていた。ちょっと気の毒だけど仕方ないよね)

お年頃の時期ってかえって潔癖になる人もいるらしいから、兄さんはそういうタイプなのかな。

単に恥ずかしがり屋ってだけだと思うけど。



「照れてるわけじゃねー。本当にそんなんじゃないんだよ。」

取り留めもなく考えていたら、兄さんがブスリと口を尖らせてそっぽを向いて言った。

その表情はまだ真っ赤なままで。でも言ってる事は本当らしいというのは長い付き合いだし分かったのだけど。



「でも今回だけじゃなくて、兄さんが時々見てる女の子達、みんな同じ感じだったと思うけど。」

金色のサラサラした髪。優しげな甘い顔立ち。白く滑らかな肌。どう見たって同じタイプばかりだ。

同じ可愛いでもウィンリィとはちょっと違う感じかも。それが意外と言えば意外だった。



ボクに気付かれていた事がショックだったのか、兄さんがそのまま固まってしまった。

ちょっと意地悪しちゃったかな。でもそんなに隠さなくたって良いのに。ボクだって複雑だけどさ。



「ごめん兄さん、そんなに聞かれたくなかったの?ボクは別に変な事じゃないと思うよ?」

むしろ異性に興味を持つのは自然な事だ。

ボクの場合は…、肉体を持たないという特殊な環境のせいか、または別の理由からか。

道行く男性に興味を持つ事はないけれど。



謝ったボクに焦ったのか、兄が勢いよく顔を上げて「違うんだ」なんて言いながら大慌てしている。



「聞かれたくないって訳じゃなくて、あれはアルが…!」

「ボク?」

兄の言葉はそこで途切れてしまった。ボクがどうしたって言うのさ。



「何、ボクがどうしたの。そこで切られると凄く気になるんだけど。」

そう言うと、兄はクソッ!とか言いながら自棄になったように頭をガリガリと掻きむしった。

それからボクを睨むかのようにまっすぐ見る。頬はやっぱり赤いままだ。



「あれはっ!アルに似てるなーって思って見てたんだよっ!!」

「ボクに?ボクみたいなのにどう似てるってのさ。」

「…似てたんだよ、昔のお前に。」

「えーと、昔って体をなくす前の事だよね。それってボク10歳だよ。あんなに色々育ってないよ。」

「お前、人がどこ見てると思ってるんだ、変態か俺は。
 そうじゃなくて、顔立ちとか髪の感じとか色とかがさ、似てるなって思ったらつい見ちゃってたんだよ。」

「でもあの娘達凄く可愛かったよ。ボクには似てないと思うけど。」

兄が見ていた彼女たちは、とても甘くて可愛らしい顔立ちだった。あの頃のボクに似ているとは思えない。

本心から言ったのに、兄はボクをキョトンとした目で見上げてきて言った。



「なんでだよ、アルの方がもっと可愛いぞ。」



真顔で言う兄を思わず凝視してしまう。それはさ、身内の欲目にしたってさ。

「10歳の頃のボクの方が可愛いって、いくらなんでも言い過ぎだから。」

彼女たちに失礼にも程がある。すみません、この人身内にベタ甘なんです、悪気はないですから。

心の中でそっと今まで兄が見ていた女性達に謝った。フィルターかかりすぎてるよなぁ、兄さん。



「言い過ぎじゃないだろ。俺は顔立ちとかが似てるって思っただけで、アルより可愛いとは思ってな…。」

そこまで言ってから兄はハッとしたように口元を押さえた。顔はこれまで以上に真っ赤に染まっている。

そんな兄さんを見て、ボクは今自分の体が鎧な事をちょっとだけ感謝した。

生身の体なら兄さん以上に真っ赤になっていたと思うから。



例えその言葉が単に兄としてだけの台詞だと分かっていても。

他の人よりも可愛いと言ってくれた。それがとても嬉しい。



「兄さん、ありがとう。ボク嬉しいよ。」

未だ顔を赤く染めた兄さんを、本当は抱き締めたいくらいに嬉しかった。街の往来なので諦めたけど。

ボクの言葉に兄さんは、そろそろと口元を覆っていた手を下ろして「おう。」と小声で言った。

その上目遣いの表情が照れまくっていて、兄さんの方こそ可愛いよなぁ、なんて思ってしまった事は内緒だ。

そんな事を言ったら拗ねるなんてもんじゃないだろう。





ボクの中でどんどん大きくなっていく兄さんの存在。

それは兄妹としてだけではなくて。他の誰も目に入らないくらいに、兄さんだけが大切。

家族としての想いからは逸脱してしまったボクの気持ち。貴方に知られる訳にはいかないけれど。

時々その事が苦しいと感じる時もある。でもこうして一緒に居られるだけで今は充分だった。



だからボクは良いんだ。こうして兄さんから嬉しい言葉を言ってもらえて。それで充分幸せだから。

きっと今この瞬間、ボクは世界中のどの娘よりも幸せな女の子だ。







照れ隠しなのか、兄さんが「行くぞ、アル。」と言って急に駆けだす。


その背中を慌てて追い掛けながら、ボクの心はこれ以上ないほどに温かく満たされていた。



























サイト1周年企画拾四。リクエストは彩さん。

リク内容は

エド×妹アル(鎧) 切なくて甘甘な話

でした。

思えば鎧妹って一度も書いた事なかったんですね。
書いてみたいなとは思っていたので良い機会を頂きました。
そういえば、鎧弟は無自覚なのに、鎧妹で切ない系とか思っていたらナチュラルに自覚有に。
この違いはなんだろう。女性の方が精神的成長が早いからかな。
それにしても、あんまり切なくなってない・・・。

彩さん、たいへんお待たせ致しました、どうぞお受け取り下さいませ!


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