なくせない想いを抱えて













二人で新たに旅立って、色んな所をまわった。

あてもなく旅をしていたという5年間。その記憶がボクにはない。

旅をしながら兄さんが話してくれたボクらの過去の旅は、驚くような事ばかりだった。

話しているのが兄さんでなければ、到底信じられないような事ばかりだ。

正直、よく二人とも生き延びたものだと思う。

そしてそれらを聞けば聞くほど、何だか悔しくなった。



そんなに辛い大変な思いをしながら、やっと取り戻したボクの体。

だけど取り戻すと同時に今までの事全てを忘れてしまったボク。

まだ兄さんの手足は元に戻っていない、それなのに。その兄の存在すら忘れてしまっていたボク。



着替えをしていた時に気付いた。兄の体には無数の傷が残っている。

手や指にも爪の変形や小さな傷がある事には気付いていた。

それは過去にどれだけの怪我を負ったのかを物語っていた。

きっと記憶を失う前のボクは、そんな風に兄が受けた傷のひとつひとつを覚えていたはずだ。

だけど今のボクは、兄さんがどんな風に怪我をしたのか、どんな風に戦ってきたのかを覚えていない。



その頃の事を少しでも良い、思い出せたら。

鎧だった時の記憶はない。だけど魂だけの存在だったなんて、それは想像を絶する恐ろしさを感じる。

それが今こうして、自分の体を取り戻しているだけでも奇跡に近い。

兄の手足の事はあるが、自分の身の上だけに限ると記憶を失っても体があるだけで幸せなんだ。

これ以上を望んだら罰が当たる。そう思ってはいるのだけど。



失ってしまった記憶なら惜しんでも仕方ない。これから兄と新しい記憶を作ればいい。


その思いは今でも変わらないけれどー。











カチャカチャ カチャカチャ。目の前で手際よく工具を操る手を惚れ惚れと見る。

今ボクらはリゼンブールに来ていた。



以前再び旅に出る前に立ち寄ったリゼンブール。

出迎えてくれたウィンリィは、ボクの記憶が無い事などまったく気にせず、「おかえり」と言って抱き締めてくれた。

それがどれだけ嬉しかったか。記憶のないボクは帰る故郷などないと思っていたけど。

彼女のいるこのリゼンブールが、ボクら兄弟が旅を終えたら戻る場所なんだと実感した。



故郷は再会した時兄さんが言っていた通り、何もないけど長閑で自然豊かな所だった。

今のボクはまだ2回しか来た事がないのに、空気が体に馴染む。それが故郷というものなんだろう。

今日は兄さんの機械鎧のメンテナンスにリゼンブールに立ち寄った所だ。明日の朝にはボクらはまたここを後にする。

メンテナンスの後、兄さんはデンと一緒に庭で眠ってしまった。天気が良いから気持ちは分かるけど。

ボクも寝ようかなと思ったんだけど、それよりもウィンリィの仕事の方が興味があって見学させてもらう事にした。



今ウィンリィは他の患者さんの機械鎧を作っている。農作業中に誤って農機具で左手首から先を切断してしまった患者さんらしい。

いくつものパーツに分かれていた機械鎧が、見る見るうちに形になっていく。

それは兄さんが見せてくれる錬金術の、一瞬で出来る魔法のような凄さとはまた違った、芸術的な美しさがあった。

「見てたって楽しいものでもないわよ?」そう笑いながらも見学する事を許してくれた彼女の横顔。

手元だけに集中しているウィンリィは、普段の勝ち気な可愛らしさも吹っ飛ぶ程にキリッとしていて凛々しい。


兄さんが本を読んだりしている時も格好いいなと思ったけど。

何かに集中している人の顔って、凄く綺麗だと思う。

そんな事をボンヤリ考えていたら、ウィンリィの手元のボルトの数が殆どなくなっている事に気付いた。

どうやらもうすぐ完成のようだ。時間は3時少し前で休憩するにもちょうど良い。

ボクは勝手に台所を借りると、お土産に持ってきたミントティを煎れた。まず自分の作業室にこもっているばっちゃんに持っていく。

部屋に戻ると、作業を終えたウィンリィが大きく体を伸ばしているところだった。


「あれ、いないと思ったらお茶煎れてきてくれたの?」

「うん。ウィンリィ、昼から何も飲まずに作業してるんだもん。駄目だよ水分補給はちゃんとしないと。」

その集中を途切れさせるのが忍びなくて言えずにいたが、本当はもう少し休憩して水分を取って欲しい。

兄さんも本や研究に集中しちゃうと、寝食を忘れるからなぁ。熱中タイプはフォローが大変だ。

実はアルフォンス自身も以前は人からそう見られていたのだが、自覚がないのも困りものだ。


「今後は一応気を付けるわ。良い香りね。これ、アルがお土産にくれたやつ?」

ウィンリィの言葉に頷きながら、カップを差し出した。

「ミントティは疲れに良いから煎れてみた。今回はストレートにしたけど、ミルクティにしても美味しいよ。」

それは東部と南部の境にある街の、大きなハーブ園で手に入れたものだ。

広大な畑で作られたオーガニックハーブ。とても素敵な所だった。

折角なのでハーブティだけじゃなくて、アロマオイルとか石鹸もお土産にしたけど、どれも最高に質が良い。


本当はその前に行った南部の街で、可愛い淡水パールのピアスを見つけてそれを買おうとしたのだけど。

ピアスだけは駄目だと兄さんに止められた。理由を聞いてびっくりだ。

まさか以前ボクらがお土産にしたピアスを全部着ける為に、ピアスホールを増やしていっただなんて。

そんな風に大事にしてくれるのは嬉しいけど、これ以上ピアスホールをあけさせる訳にもいかない。



ずっとボクらの旅を応援して、見守ってくれてきたウィンリィ。

兄さんの機械鎧を作りバックアップを引き受けて、ボクらの帰りを待ってくれている人達。

そんな大切な家族同然の存在も覚えていない。その事に申し訳ない気分になる。



「アル、溜息。」

「え。」

考え込んでいたら、知らず溜息が漏れていたようだ。目聡い彼女に指摘される。


「アルの事だから、また色んな事考えてたんでしょ。記憶の事?それともエドの事?」

「…どうしてそう鋭いかなぁ。」

「伊達に十何年もあんた達の幼馴染みやってないわよ。アルの考えてる事くらいお見通し。」

ニヤッと笑う姿は、年頃の女性だというのに妙に男前だった。その表情が兄とだぶるのは気のせいだろうか。

何となくウィンリィと兄さんは性格的によく似ている気がする。男女の違いはあるけれど。

そういえば、エレーナとウィンリィもよく似ている。だからエレーナとすぐに仲良くなれたのかな。

という事は3人の性格が似ているという事にもなる。

…どうやらボクはこの手のタイプに弱いらしい。

隠したって無駄な事は何となく分かるので、正直に答える事にした。


「記憶の事、考えてたよ。戻れば良いなって。」

「…記憶は、通行料っていうので取られたんでしょ?エドと二人でそういう結論になったんじゃないの?」

「確かにね。単に忘れているだけとは思えないから。」

忘れたのなら、思い出せないだけならいつか記憶が甦る日が来るかも知れない。

だけど恐らくボクの場合、記憶そのものを「持っていかれた」という状態なのだろう。

断片的に既視感のように「懐かしい」とか「見覚えがある」とか思う事はある。

でもそれは記憶の断片というよりは感覚的な問題のようだ。

頭ではすでに納得したはずの事。でも感情がそれについていかない。



「それでもってやっぱり思ってしまうんだ。我ながら諦めが悪いとは思うんだけど。」

苦笑しながら言うと、ウィンリィがそんなの当然でしょ、と肩を竦めた。


「でもね、私はもう良いんじゃないかと思うの。」

「良いって、何が?」

「記憶。無くても良いじゃない。それでアルが戻って来れたなら。」

「無くてもって、ウィンリィ。」

ウィンリィが本気でそう言っている事がわかって少し驚いた。

だって記憶が無い事、ボク自身も辛かったけど、忘れられた方だって傷ついたはずだ。

それなのに、ボクを気遣ってくれてるにしても大胆な言葉だと思う。

戸惑うボクを見て、ウィンリィが優しく微笑む。


「大丈夫よ。アルの中の記憶が奪われても私達が覚えてるから。」

驚いて思わず瞬きを繰り返した。じっとウィンリィを見てしまう。


「リゼンブールでの事は私とばっちゃんが覚えてるし、旅をしていた頃の事はロイさん達軍の人達が覚えてるでしょ。

 それ以外の私達が知らない事は、全部エドが覚えてる。アルがどんな風に生きてきたのか、エドは全部知ってるから。」


みんなが覚えてる、貴方がしらない貴方の15年間を。

「みんなの中の記憶がアルの記憶よ。アルの代わりに大事にするから。だから大丈夫。」



…その言葉に急激に目頭が熱くなって、耐えきれず涙が溢れてしまった。

女性の前で泣くなんて、そんなみっともない事したくなかったけど。駄目だと思う間さえなかった。


ずっとずっと、兄さんと旅をするようになっても記憶を諦めきれない気持ちがあった。

それは純粋に記憶を取り戻したいという想いと共に、みんなに対する後ろめたさもあったからだ。

親しい人に存在を忘れられてしまうなんて。逆の立場だったらきっと悲しい。

ボクが周りの人に悲しい思いをさせている事が辛くて仕方なかった。


でもそれすら許して受け入れてくれるんだね。

ボクの周りは優しい人ばかりだ。



「ありがとう、ウィンリィ。大好きだよ。」

涙でぐしょぐしょのみっともない顔だって分かってたけど、本当に嬉しかったから。

心からの気持ちで言うと、ウィンリィは照れた様に「馬鹿ね。」と笑った。








顔を洗ってくるとアルフォンスが部屋を出た後、そっと入ってきてウィンリィの背後に立った人物。

考えるまでもなくエドワードだった。



「立ち聞きはあんまり良い趣味じゃないわよ。」

「…入りそびれたんだから仕方ないだろ。」

ボリボリと掻いた髪には、寝ていた名残の草が絡み付いている。三つ編みも解けかかって酷い格好だ。

洗面所行ってきなさいって言いたい所だけど、今はアルが使ってるしね。
 

「エド、あんた髪が凄い事になってるわよ。食器棚の横に鏡がかかってるから直した方が良いわ。

 ついでにカップを持ってくれば、アルが煎れてくれたお茶があるわよ。飲みたいでしょ。」

「飲む。」

ぼそりと返事しながら、エドワードがウィンリィの横を通り過ぎる。その時。



「…サンキュ。」

その辛うじて聞き取れるくらいの小さな呟きが、何に対しての言葉なのか分かり易すぎるくらいに分かり易かったので。

思わずウィンリィは少しだけ声を上げて笑ってしまった。







翌日、兄弟は旅に出た。しばらくは東部を中心に旅をするのだという。


また帰ってくるねと嬉しそうに言ったアルフォンスの表情は、今まで以上に晴れ晴れとしていた。






















88889打のニアピンリクエスト。ご申告は生島由宇さん。

リクエストは
「偽りの・・」の後日談を 一場面でも結構ですので
との事でした。

「偽り」の後日談は他にも希望して下さった方もいらしたし、
なにより私も書きたいな〜と思っていました。
なので完結した話ではありましたが、ちょこっと書かせていただきました。
兄さんとの話にならなかったのは心残りですが、本編で出番のなかったウィンに
どうしてもアルの悩みを払拭して欲しくてこんな話になりました。
こういう悩みだと、兄さんがいくら気にするなって言っても無理だと思うのです。
次の機会があったら、もっとエドアルっぽく書きたいなぁ…。

生島さん、「偽り」が大好きでとのお言葉、とても嬉しかったです!
連載中もコメントありがとうございました♪
少しでも気に入って頂けるといいのですが。どうぞお受け取り下さいませv


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