突然の来訪者は、何の前触れも無く訪れた
夢想
ウィンリィの家に行っていた二人が家に戻ると、一人の人影が立っていた
すっきりとした佇まい、右手には小さなバッグがひとつ
明らかにこの村の人間ではない、旅行者のようなその人物
まさかとは思ったが、それは確かに見覚えのある後ろ姿だった
「・・・マシュー?」
小さく掛けられた声に振り返ったのは、紛れもなく自分のーアルフィーネの幼馴染み
「アルフィーネ、久し振り」
そう言って微笑む彼に、何と言って返していいのか分からない
「…少しだけ、話がしたいんだ。駄目かな」
マシューはアルフィーネとエドワード両方を見ると、真剣な表情で問いかけた
困惑するアルフィーネだったが、話だけは聞こうと兄を伺い見る
するとその気持ちを察したのだろう、エドワードはアルフィーネに微笑みかけると
その背中をポンと叩いて促した
それに後押しされて、アルフィーネはマシューの元へと歩み寄っていった
「急にごめん。聞きたい事があってさ」
「いいよ。聞きたい事って何?」
久し振りに会ったマシューは、何だか随分と大人びて見えた
「…アルがこの村で結婚するって聞いた。本当なのか?」
「・・・うん」
「相手は…あいつ?」
それが誰の事を指しているのか分かったので、正直に頷いた
「そっか・・・」
そう言うと、マシューは少し俯いて、溜め息をひとつ吐いた
「アルさ、前よく話してくれてただろ、夢の話」
いきなり話が飛んだ事よりも、その内容にアルフィーネは驚いた
「大人達が信じてくれなくて、親御さん達にも話さなくなっても、俺には時々話してくれてたよな。
ずっと見続けてる不思議な夢の事。その中にいつも出てくる金色の髪と目の男の子の事」
「うん…。マシューはちゃんと信じてくれてたから」
「信じてたよ。それで俺いつもその男の子に嫉妬してた。だってそいつの事話す時のアルはいつだって嬉しそうでさ。
見た事も会った事もないヤツにアルを取られたみたいで、悔しかったよ」
…そんな事知らなかった。自分の話を聞いてくれている時、マシューがそんな気持ちでいたなんて
「俺には前世とかの事は分からないけど、アルが見た事も無いそいつにずっと焦がれているのは分かってた。
夢の中でしか会えないやつに負けるもんかって、そう思ってたんだけどな」
「マシュー?」
「あいつなんだろ?」
その言葉にアルフィーネは驚愕した。彼が何を言いたいのかが分かったので
「アルが話してた金色の髪と目の男の子。あいつなんだろ?…男の子って年じゃないけどさ」
「ど・・して・・・」
分かったの、あまりの驚きにその言葉が出てこない
「あの時アルが言ってたじゃないか。ずっと昔から大切な人がいるって。そんなの俺は一人しか知らないし。
アルが全てを振り切ってリゼンブールに来る理由なんて、他には考えられなかったから。
そこまで考えた時気付いたんだ。あの時一緒だったあの男が金髪金目だって事に」
金髪はともかく、金色の目って珍しいしな。そう平然と話すマシューをアルフィーネは呆然と見詰めた
「・・・夢は夢じゃ無かったんだな」
ぽつりと話すマシューの姿が寂しそうに見えて、アルフィーネは胸が痛んだ
だけど何も言えなかった。手を差し伸べる資格もない
その時、マシューがアルフィーネを真っ直ぐに見ると、少しだけ微笑んだ
「会えて良かったな」
そう言った彼の笑顔はまだ少し寂しそうだったけど
本心から言ってくれているのが分かって、アルフィーネは思わず口元を押さえた
泣きそうになるのを堪えながら、頷いてみせる
それを見て、マシューももう一度微笑んだ
「今回来たのはこの事を聞きたかったのと、アルが幸せなのかどうか、どうしてもこの目で見ておきたかったんだ」
「マシュー・・・」
「アル。今幸せなんだな?」
マシューの言葉にアルフィーネは静かに頷いた
「幸せだよ。時々夢じゃないかと思うくらいに」
目に涙を溜め、ほんの少しだけ微笑を浮かべた大人びた表情
それはマシューが初めて見るアルフィーネの姿だった
「・・・良かった。これでやっと諦められる」
ほぅっと息を吐いた後、そう言ったマシューの声は何だか明るくて
思わずアルフィーネはマシューの顔をじっと見てしまった
「アルが村を出ていった後さ、女々しいかもしれないけど、なかなか踏ん切りがつかなくて。
アルが結婚するって話を聞いて、居ても立ってもいられなくなっちまったんだ」
苦笑しながら話すマシューの表情はさっぱりとしていた
「アルがこの村で幸せになってる姿を見れば、気持ちの整理がつくかもと思って来てみたんだけど。
どうやら正解だったみたいだな」
そう言うと、マシューは足元の荷物を持ち上げた
「驚かせてごめんな、アル。もう会えないだろうけど、元気で」
「…うん、マシューもね。村のみんなにも私は元気だからって伝えて」
「伝えるよ。アルは誰よりも幸せになるって。だから心配いらないって」
その言葉を聞いたアルの瞳に、堪えきれずに涙が溢れた
口元を覆って涙を流すアルフィーネの頭をポンと軽く叩き、マシューは彼女に背を向け歩き出す
「マシュー、私、幸せになるから!・・・ありがとう!!」
アルフィーネの声を背に受け、軽く右手を挙げてさよならをする
少し歩くと、二人を離れて見守っていたエドワードの姿が見える
あの村からアルフィーネを連れ去った男。そしてアルフィーネを妻にする男
・・・アルフィーネが誰よりも愛している男
妬ましい気持ちはまだ胸に燻っているけど、それでも彼女を幸せに出来るのはこの男だけなのだ
最初から自分では駄目だったのだから
「あんた・・・」
エドワードの前で止まったマシューは、目の前の相手を挑みかかるように睨み付ける
「アルフィーネを絶対に幸せにしろよ。泣かせたりしたら承知しないからな」
エドワードはその真っ直ぐな眼差しから、一瞬たりとも視線を逸らさずに答えた
「ああ、お前に言われるまでもない。アルは俺の手で必ず幸せにする。
悲しませたり辛い目に遭わないように、全ての事から俺が守ってみせるさ」
その言葉に秘められた決意を感じ取って、マシューは軽く口の端を上げて笑ってみせた
そしてそのまま二人を残して歩き出す
ーそれでも、。本当に大好きだったよ、アルフィーネ
どうか、どうか幸せにー
目を閉じると浮かんでくるアルフィーネの姿
それを一筋の涙と共に流し、この地に置き去りにする
もう彼が振り返る事は無かった
ぽろぽろと涙を零すアルフィーネに、エドワードがそっと寄り添う
「あいつ、本当にアルの事が好きだったんだな」
エドワードがアルを腕に引き寄せると、アルは両手で涙を拭った
「マシューは、ずっと僕と一緒に育ったんだ。僕らがウィンリィと育ったように。
僕にとってお兄さんみたいな人だったよ。いつも僕を守ってくれてた」
大切な存在だった。家族のような人だった
それでも想いを返す事は出来なかった
「不思議だよね。同じように育ったのに。
兄さんを好きになったように、彼を好きになる事はなかった」
いつも優しくしてくれた。自分だけを見てくれた。あんなにも理解してくれていた。それなのに
「全てを思い出す前から、僕の心の中にはずっと同じ人が住み続けていたから」
「アル・・・」
そう言って泣きながら微笑むアルフィーネが愛しくて、抱き締める腕に力を込めた
「俺を、忘れないでくれて…、思い出してくれて。ありがとう、アルフォンス」
「うん、うん。・・・兄さんっ!!」
その言葉が嬉しくて、兄の体に縋り付く
名前も分からない貴方の姿をずっと探していた
思い出せない自分に随分と苛立ったりもして
ただの夢なのかと、何度も諦めそうになって、でも出来なかった
だって会いたくて、ただ会いたくて
実在する人物かもわからない、その存在が恋しくて
焦がれる想いにいつも胸が張り裂けそうになりながら
それでも求める心を誤魔化す事は出来なかった
・・・諦めなくて良かった
思い出せて良かった。こうしてまた巡り会えて良かった
貴方を愛して、本当に良かった
辛く苦しく、それでも愛おしいあの過去の日々
いつでも兄と二人だった。だたそれだけで満たされていた
悲しい別れに押し潰れそうになって
それでも、こうしてまた巡り会えた
そうして悲しい過去も今生きる為の糧に変わってゆく
あの辛い日々があるからこそ、今の幸せがあるのだから
「神なんて信じない。だからお前にもう一度誓うよ。アルフォンス、お前を誰よりも幸せにする。
一生お前だけを愛するから、俺の傍にいてくれ」
「僕も兄さんに誓うよ。貴方だけを愛します。だから一生離さないで、傍にいさせて」
湧き上がる想いのままに目を閉じると、唇に温かな感触
すでに自分の一部のように馴染んだ温もりを心地よく感じながら、相手の背に縋る指に力を込めた
初秋の丘を、まるで二人を祝福するかのように、柔らかく涼やかな風が吹き抜ける
眼下に広がるのは緑豊かなリゼンブール
この地で二人ずっと生きていける喜びを、改めて噛み締めていた