「エドワードさん、アルフォンスさんが事件に巻き込まれたようです」
研究室で実験をしていたエドワードは、電話に出たスタッフの言葉にシリンダーを取り落とした
無自覚の自覚
エドワードが伝えられた場所に着いた時、アルフォンスは見慣れた軍人達に囲まれていた
その中にはマスタング少将の姿も見える
「アル、どうしたんだ!」
「兄さん…」
血相を変えて駆け付けてきた兄の姿に、アルフォンスは少し安堵したようにホッと息をついた
しっかり者のアルフォンスが、こんな不安そうな表情を見せるなんて、何があったというんだ
「あ、あのね。買い出しに行った帰りに、ちょっと痴漢に遭っちゃって…」
「痴漢だって!?一体どこのどいつだ、俺がぶっ殺してやるっ!!」
「あー、落ち着きたまえ、鋼の」
「これが落ち着いていられるか!おい、少将。その痴漢ってのどこにいるんだよ!」
ここにあんたがいるって事は知ってるんだろう、と詰め寄るエドに眉を顰めながら少将
「知っているが教えない。これ以上やると相手は完全に入院だ」
「…は?」
一瞬ポカンとした兄に、気まずそうにアルフォンスが答えた
「兄さん、僕、相手を思いっ切り叩きのめしちゃったんだよ…」
何しろ痴漢に遭った事がショックで、動転していたから本気で手加減など出来なかった
そう言って項垂れるアルフォンスに、エドワードは慌てて声をかけた
「そんな卑劣な野郎に手加減なんかしなくて良いんだぞ、アル。良くやったな」
「そこでそう褒めるのもどうかと思うんだが」
「何でだ。相手は痴漢だろ。ある程度回復したら、今度は俺がボコる」
「止めておけ。アルフォンス君のは辛うじて正当防衛だが、君がやったら単なる傷害だ」
「傷害罪だろうと何だろうと関係ないね。
俺の大事なアルフォンスにそんな真似しやがった奴は絶対許せねー!!」
ギリギリと右手を握り締めながら、今にも目の前のロイにですら飛びかかってきそうなエドワード
まったく、こうなる事が解っていたから、本来私が関わるような事ではないのに駆け付けたんだぞ
そんな妹偏愛狂の様子をどうしたものかと見ていたロイだったが、ふと横にいたアルフォンスの様子に気付いた
「アルフォンス君、どうかしたかな。少し顔が赤いようだが…」
「えっ?いえ、何ともありませんよ!」
「でもアル、本当に赤いぞ。もしかして風邪でも引いたのか?」
そう言いながらエドワードは心配そうにアルフォンスの額に手を当てた。その何でもない仕草にアルフォンスは慌てる
「兄さん、僕熱なんか無いから!それよりも仕事に戻ってよ」
「何言ってんだアル、まだ話は続くんだろ。こんな状態のお前を残して仕事なんか出来る訳がねぇ」
「大丈夫だって。少将も来てくれたしさ。事情を話してるだけだから」
納得しそうにないエドワードに、アルフォンスは少しだけ笑って答えた
「来てくれてありがとう、兄さん。…おかげでちょっと安心した」
少し照れくさそうに言うアルフォンスに、エドワードは一瞬ドキリとする
でもそんな事はおくびにも出さずに、そうか、とアルフォンスの頭を撫でた
そして少将といくつかの言葉を交わし、何かあったら絶対呼べよとアルフォンスに声をかけて研究室へと帰っていった
アルフォンスはそんな兄の後ろ姿をじっと見詰めていた。その姿が見えなくなるまで
事情聴取も終わり、相手の怪我も大怪我ではあるけど一ヶ月の通院ですむ事が分かって
本当なら研究室に、兄の元に戻れば良いのに、すぐにはそうする気になれなくて
アルフォンスは一人、司令部中庭のベンチに腰掛けていた
今回、アルフォンスはとてもショックを受けていたのだ
痴漢に遭った事もそうだが、自分が格闘の出来ない相手を手加減無しで倒してしまった事に
だけど兄の姿を見た事で、そしてその後の兄の台詞でショックも吹っ飛んでしまった
ビックリした…
兄さんが僕の事を大切に思ってくれてるのは知ってるけど
あんな風に目の前で『大事なアルフォンス』なんて言われると…
何だろう、凄く嬉しいのと恥ずかしいのと微妙に落ち着かないような変な気持ちだ
ずっとトクトクと心臓がうるさくて、それも落ち着かない原因のひとつだった
あの時の兄の台詞を思い出すと、何故だか頬が火照ってくるのが自分でも分かる
「『俺の大事なアルフォンス』、だってさ…」
呟いてみると更に熱くなった気がして、アルフォンスは慌てて頬を両手で覆った
結構僕らってスキンシップ多いし、お互いに好きとか言葉にもしてきてるのに
ただちょっといつもと違う事を言われた、ただそれだけなのに
どうしてこんなに落ち着かないんだろう
しかも落ち着かないのに、恥ずかしいのに
何だか顔がにやけてしまいそうな程嬉しいだなんて
「僕って、思っていたよりも兄さんっ子だったんだなぁ…」
…ある意味それも間違いではないのだけど
大事にされている事がどうしてこんなに嬉しいのか
兄の言葉に何故鼓動が早まるのか
その本当の意味にアルフォンスはまだ気付かずにいた
アルフォンスがようやく研究室に戻ったのは1時間後
事情聴取は終わったはずなのに戻らないアルフォンスを心配して
エドワードが将軍の元に怒鳴り込んだのと同時の事だった