戻れない道
目の前にアルフォンスがいる事が、夢のようだった。
あの時錬成は成功していたのだと、それさえ分かれば。あちらの世界で生きている事が分かれば。
必死になって帰る道を探していたのは、お前が生きている事を確かめたかった。それだけだった。
なのに、今こうしてお前がいる。俺の知っていた面影よりも成長した姿で。
全てを投げ捨てて、俺と行きたいと。まったく知らない別世界に飛び込んで。
こんな事、本当は良いことじゃない。アルだけでも元の世界に戻す事を考えた方が良いのかもしれない。
だけど。俺は最低の兄貴だ。
アルが俺だけを選んでくれた事に歓喜している。どうしようもなく嬉しい。
「触れても、良いか…?」
兄の言葉にアルフォンスは頷いた。
「いちいち聞かなくってもいいよ。兄さんが触りたい時に触れてくれていい。」
その言葉に少しだけ笑って、エドワードはアルフォンスに手を伸ばした。
そして背中の中程まで伸びた真っ直ぐな髪をそっと掬った。
「髪、伸びたんだな。」
「兄さんがずっと長かったって聞いたからね。」
「ずっと、この格好で旅をしてたのか?」
「再会した時に兄さんに気付いてもらいやすいってのあったけど、一人旅をするには男の格好をした方が都合良かったんだよ。」
師匠がね、その方が良いって。嬉しそうに話すアルフォンス台詞に、エドワードが驚く。
「師匠、お前が一人旅をする事をよく許してくれたな。」
「師匠はボクが兄さんを捜したいから錬金術をもう一度習いたいって言った時も、困ってたけど許してくれた。
多分ね、師匠も兄さんは死んだと思っていても、諦めきれずにいたんだと思う。」
あの時の状況を考えると、エドワードは死んだとしか思えなかった。
それでも心は別だ、そんなに簡単に割り切れるものではない。
遺体でもあればともかく、エドワードは何も残さずに消えてしまったのだから。
「師匠は何だかんだ言って、ボクらを可愛がってくれてたから。凄く助けてもらったよ。
…助けてもらいっぱなしで、何も恩返し出来ないままだったけど。」
「そうか。…俺なんか墓参りにも行けなかった。ほんと弟子失格だ。」
「でもボクらがこうして会えて、きっと喜んでくれてると思う。」
アルフォンスの言葉に、師匠の厳しくも優しい顔が浮かぶ。
あの師匠なら、「散々迷惑をかけおって!」なんて怒鳴りながら。
それでも笑ってまた二人が会えた事を喜んでくれただろう。
「もしかして、この世界にも師匠のそっくりさんがいるんだよね?こっちでもシグさんと熱々なのかな。」
「あの二人だからなー。どこの世界だろうと、絶対出会って結婚してるだろ。」
「もう一人のボクも、兄さんと出会えてたんだよね。」
アルフォンスはこの世界のもう一人のアルフォンスに思いを馳せた。
別世界の同じ人物が直接会うのは、もしかしたら危険が伴う行為なのかもしれなくても。
会ってみたかった。話しをしてみたかった。
兄さんをずっと支えてくれていた、もう一人の自分。
「…良いヤツだったよ。迷惑ばかりかけちまったな、あいつにも。」
最後の最後まで。
もう長くは生きられないとは知っていたけど。
それでも自分と関わらなければ、あんな形で命を落とす事にはならなかったかも知れない。
例え短い命でも、少なくとも銃殺されるなんて。そんな惨い死に方はしなくてすんだはずだ。
その事を思うと胸が苦しくなる。俺はいったいどれだけの人の運命を狂わせているのだろう。
だけど、それでも。一番運命を狂わせてしまったアルフォンス。
その姿をもう一度見る事が出来て。そしてまたこうして共にいられる。
それだけでもう良かった。この身に罪を被ろうとも、その罪を一生背負おうとも。
アルフォンスの存在それだけで、どんな事にも耐えていける。
どんなに申し訳ないと思っていても、こうなった事に喜びしか湧かない以上。
俺に出来る事をやっていくしかないんだ。
「この世界の事、色々教えてね兄さん。」
「ああ。…そうだな、まずは言葉から覚えなくちゃな。」
元の世界の全てを切り捨てて、俺を選んでくれたアルフォンス。
お前を守るのは俺の役目だ。他の誰にも許しはしない。
お前の存在が、俺の生きる意味なのだから。
その身に罪を、たくさんの痛みを抱えながら。
エドワードはたった一人の愛しい者の温もりを確かめ続けた。