milk
「なあ、アル」
その時兄さんが僕に声をかけてきたのは分かったが、返事は出来なかった
だって今僕はコップになみなみと注いだ牛乳を飲んでいた所だったから
それを一気に飲み干して、濡れた口元を手で拭い、それからやっと兄さんに返事をした
「なに?兄さん」
「…お前さ、牛乳飲みすぎじゃねえ?」
唐突な兄の質問に、僕は一瞬意味が分からずに首を傾げてしまった
「そうかな。僕、前から牛乳好きだったから、よく飲んでたと思うけど」
「確かにそうだけど。それにしたって、体を取り戻してからこっち、飲む量が半端じゃないぞ」
腹壊しそうだ、と渋い顔をする兄に笑ってみせた
「別にお腹を壊した事は無いよ?美味しいから、他の物を飲むよりは牛乳を飲みたいんだもん」
ずっと物を味わう事が出来なかったから、本当はただの水だって美味しく感じる
コーヒーや紅茶や絞り立ての果物のジュースなんかも大好きだ
だけど一番好きだなって感じるのは、子供の頃から大好きだった牛乳だった
ついでにミルクでいれたココアやカフェオレも大好物
寒い時に飲む蜂蜜たっぷりのホットミルクは最高だと思う
ちょっと思案した後、僕はお代わりのミルクをマグカップに注いだ
今度はカップの半分ほどだけ
それを見て、兄は複雑そうな顔をした
何だか変なの
お互いの体を取り戻して以来、兄さんは僕のやりたいようにさせてくれてる
今まで出来なかった事を、いくらでもして良いんだと言って
甘やかされてるなぁと感じてしまうくらいに
それこそお腹を壊しそうなほど、甘い物を食べた時だって何も言わなかったのに
どうして今頃こんな事言ってるんだろう
自分の嫌いな牛乳だからか…な…ってもしかして……
「まさか兄さん。最近僕の背が伸びてきたからって、牛乳飲むの嫌がってる訳じゃないよね?」
本当にまさかという思いで聞いてみたのだけど、兄さんの体がピクリと動いた
うわ、嘘でしょ。いくら何でも了見が狭すぎ
確かにここ暫くで僕の背はとても伸びた
持っていかれた10歳当時のまま取り戻した体なのだから、成長期真っ盛りだし当然だ
でも兄さんだってこの所背が伸びてきたから、そんなに差が縮まった訳でもないのに
そんなに僕に身長追い越されたくないのかなぁ
あの頃僕の方が背が高かった事が、兄さんにとって凄いコンプレックスだったのは知ってるけど
(何しろ身長に関する反応の激しさったらなかったし)
「…兄さん。別に僕の背は牛乳飲んでるから伸びてる訳じゃないでしょ。成長期なんだよ?」
呆れたように言う僕の言葉に、兄さんはバツが悪そうに余所を向いた
どうやら本当に図星だったらしい
どうせ兄の威厳がとか考えてるんだろうけど
どんな事になったって、兄さんは兄さんなのにさ
ほんと、馬鹿なんだから
だけど
僅かに赤くなった頬。拗ねた横顔
困ってしまう事に、そんな表情がとても…可愛らしかったりするんだ
そう思ってしまう僕も大概馬鹿だ。親馬鹿ならぬ…兄馬鹿とでも言うんだろうか?
ああ駄目だ。大好きだよ、兄さん
馬鹿でも良いや。兄さんに関する事だったら
僕がそうなように、兄さんだって馬鹿な僕をきっと受け入れてくれるって知ってるから
こう思うのは自惚れなのかな?
だけどね、兄さん
「兄さんが嫌がっても、僕はこれからも牛乳飲むからね。兄さんと違って、僕は牛乳大好きなんだから。
それが嫌なら兄さんも牛乳頑張って飲めばいいよ。背がもっと伸びるかもよ?僕も協力するからさ」
「嫌なもんは嫌なんだよ!大体協力ってなにする気だ!」
「うーんと、そうだね。シチュー以外の牛乳たっぷりの料理を出すとか、デザートでも良いね。
いっそ牛乳ずくしってやってみようか?」
「そんな事したら、俺泣くぞ」
「…嫌いな食事が出たからって泣いてたら、みっともない所の騒ぎじゃないよ」
「みっともなかろうが、とにかく俺は絶対牛乳なんて飲まないからな!!」
至極真剣な表情で断言する兄に苦笑する
まあ、それでも良いけどさ。カルシウムなら他の食材からだって摂れるし
実際今までの食事だって、その辺のバランスとか考えて作ってるんだし
それに…、同じ食事を摂りながら、さらに牛乳を飲んでいる僕は確かに兄さんより背が伸びる可能性大だろう
そうなる日がとても待ち遠しい
いつか兄さんを抱き上げてみたいんだ。今は僕が抱き抱えられているから
何かにつけ、可愛い可愛いってさ。僕だって男なんだから
見掛けはどうであれ、兄さんとたったひとつしか違わないんだからね
スキンシップは嬉しくても、軽々と抱え上げられるのはちょっと嫌だ
だから僕がいつか兄さんを抱き抱えてみせる
その日の為に、もっともっと牛乳を飲む事にしよう!
心密かに決意するアルフォンス
この日、火に油を注いでしまったのだと兄が気付くのは、これから数年後のお話
兄さんはいつまで経っても牛乳が嫌いなんだろうなーという話