時々、不安になる
二人で体を取り戻して、こうして普通に暮らせるようになって
望んでいた当たり前の幸せを手に入れたはずなのに
それでも時々、叫び出したい程に不安になるのは
貴女への気持ちに気付いてしまったから
芽生え
旅をしていた間、ずっと男として通していた姉は,、体を取り戻し、旅を続ける必要が無くなった時から女性に戻った
それ自体は僕も望んでいた事だから嬉しい
でもその事で不安になる日が来るなんて思わなかった
女性として生きる事になったからって、今までの性格まで変わるわけでもなく、姉は姉のままだったけど
女の人って服とかちょっとした事で結構変わるから
姉は今まで来ていた黒の上下の服も、相変わらず着ていた
でもそれだけじゃなくて、最近はそれなりに女性らしい服も買って着るようになっていた
すっきりとしたデザインの物が多かったけど、シンプルで飾らないデザインは姉に良く似合っていたし、
僕も姉に似合いそうな服を見付けると、つい買ってしまうようになっていた
そうして改めて姉を見ると、充分に人を惹きつける存在だと言う事に気付く
顔立ちだって整ってるし、凄い美人というのは違うけど、印象強い金色の目もサラサラとした金髪も
細くしなやかな体つきも、中性的な雰囲気を醸し出していて魅力的だった
そんな姉を見ていると、この頃不安になる
女性である事を隠さなくてよくなって。そうして少しずつ綺麗になっていく姉
喜ばしい事のはずなのに、どうしようもなく不安になる
姉さんが綺麗になっていくたびに、僕は取り残されたような気分になる
姉さん、僕をまだ貴女の傍にいさせて。そんなにどんどん綺麗になっていかないで
貴女をだれかに奪われてしまいそうで、恐いよ
その時エドワードは急いでいた
アルフォンスと買い出しに街に出掛けたのはよかったが、お互い別々の目的があったので、
時間短縮の為に別れて買い物をして、後で合流する事にした
その待ち合わせの時間まで、もう間が無くなっている。思ったより時間がかかってしまった
しまったなー、やっぱ本は明日にでも買えばよかったか。でも今夜読みたいし
そんな事を考えながら走っていると、ビリッという嫌な音が響いた
「あー!」
見ると、クラフト紙に入った分厚い本が、ドスドスと落ちていく所だった
舌打ちしながら足元を見下ろす。取り合えず拾わなければ、と両手の荷物を降ろそうとした時、
「大丈夫ですか?」
と見知らぬ男が声をかけてきた
男はエドワードの足元に落ちた本を丁寧に拾い上げると、埃を払って手に重ねていった
「そのご様子では、この本まで持つのは大変ですよ。お家はどちらです?宜しかったらお送りしますが」
「いや、拾ってもらっただけでも助かったよ。あとは大丈夫だからさ」
「しかし、袋が破れてしまっては、持ち帰る事も出来ませんよ。どうぞご遠慮なさらずにー」
男がそこまで言いかけた時、スッと二人の間に人影が入り込む
「拾って下さってありがとうございます」
突然の弟の出現に、小さくアル、と呼ぶ姉の声はそのままに、アルフォンスは目の前の男に視線を向ける
「…何だ。お連れの方がいらっしゃったのですか。それなら安心ですね」
「ええ。連れがご迷惑をおかけしました。後は僕がいますからご心配なさらずに」
その時、男二人の間に流れた微妙に冷たい空気にエドワードは気付かない
アルフォンスが男から本を受け取ると自分の荷物の麻袋の中に仕舞った。男は少しだけ顔を顰めながらその場を立ち去る
その後ろ姿を冷たい視線で見送ると、アルフォンスは姉と共に歩き出した
「姉さん。本を買いたいなら、僕と居る時にしなよ。重かったでしょ」
「俺もそう思ってたんだけどよ。フラッと立ち寄った本屋に面白そうなのがあったんでつい」
「気持ちは分かるけどさ。その為に下手なナンパ野郎に付け入る隙を与えてたんじゃ、心配だよ」
「は?ナンパって何?」
「・・・・・気付いてなかったの?さっきの男、家まで送りましょうなんて、ナンパの常套手段じゃない」
そう言うと、姉は嘘だろ、俺なんかナンパする物好きいねーって、アルの考えすぎだよ、なんて言う
その言葉に軽い目眩がした。自覚がないって恐ろしい
「あのね、姉さん」
アルフォンスは歩く足を止め、姉に向き合って話し始めた
「自覚が無いようだから言っとくけど、男の目から見て姉さんは充分綺麗だよ。ナンパされても不思議じゃないくらいにね」
その真剣な目にエドワードは一瞬ドキリとする
「ア、アルは弟だからそう思うんだよ。身内の欲目って知ってるか?」
「違うよ」
そう言ってアルフォンスは少しだけエドワードとの間合いを詰めた
「男の目から見て、って言っただろ。僕だって男なんだよ、姉さん」
それはエドワードが初めて見る弟だった。初めて見た表情だった
真剣なのがわかるのに、無表情にも感じられる、そんな顔
弟なのに見知らぬ男のようで、少しだけ恐いような、でももどかしいような自分でもよくわからない感情が湧き上がる
姉の戸惑った様子に、アルフォンスはふと表情を和らげた
「ごめんね、いきなりこんな事言って。でも自覚はしておいて欲しいんだ。姉さんは女の子なんだから」
困ったように微笑みながら言うアルフォンスは、もういつもの弟だった
その事にホッとしながら、エドワードは曖昧に頷く
その姿を見てアルフォンスは、もー、ほんとに分かったの?と疑わしそうな声を出す
分かった分かったからさ、そう言いながらもエドワードは、少しだけ落ち着かない気分を味わっていた
いつもよりもトクトクと強く脈打つ鼓動の意味も、彼女にはまだ分からない
それの意味に気付くのは、そう遠くない未来の事ー
本当は自覚なんてして欲しくない。そうしたらもっと綺麗になってしまうかもしれないから
女性である事を受け止めて自覚して、少しずつ蕾が綻ぶように綺麗になっていく姉の姿を見るのが嬉しくて辛い
置いていかないで。いつまでも僕だけの姉さんでいてよ
二人だけで居られた日々は、終わりが近づいているの?
僕を置いていかないで。誰かのものにならないで。そうじゃないとー
貴女を無理矢理にでも自分のものにしてしまいそうな自分が恐いよ