初めて聞いたその言葉が胸に突き刺さる。

本当は聞きたかった言葉に胸が歓喜に震え、同時に。

暗闇に突き落とされたような絶望も感じた。






共犯者









「愛してる。」

「…ずるい。」

「アルフォンス、愛している。好きだ。」

「やめて、嫌だ。それ以上言わないで。」

酷い、今まで必死に保ってきた均衡を、こんなに簡単に破ってしまうなんて。

ギリギリのラインで踏みとどまっていたのを、無理矢理に越えようとするなんて。

そんな風に言われたら、ボクが抗えない事なんて貴方は知っていたはず。



「そうだ、俺が悪い。アルは悪くない、全て俺のせいにしていい。だから。」

俺のものになって。



耳元で囁かれて足から力が抜けた。頽れそうになるのを、辛うじて兄の腕が支える。

そのまま抱き締められて、もう為す術がなかった。

いや、最初から拒む術などありはしなかったのだろう。



「どうして、今なの。」

ずっとお互い気持ちは分かっていたけど。それでも触れずにいた。

失えない気持ちは同じ。抱えていた想いは同じ。それでも。

最後の最後の所で越えられなかった、躊躇っていたはずの境界線。



それをどうして。今、そんなにも躊躇い無く言ってしまえる?





抱き締められた腕の中。ボクの背中に回った腕は、左右で硬さが違う。

ボクの魂を門から引っ張り出した時に失った、兄さんの右腕。

まだあの時兄さんは11歳の子供だった。

その子供が左足を失った直後に、また何かを持って行かれるのを覚悟して。

そうして呼び戻されたボクの魂。

あの頃からボクはこんなにも愛されていた。

その事をボクは知っていた。どんな愛情なのかの区別はついていなくても。

ずっとずっと、貴方に愛されてきた事を、ボクは知っていたんだ。



貴方の愛に包まれて守られて。だからこそ苦しい事も乗り越えられた。

失ったら生けていけない。無くしたら息をする術すら見失う。

ボクにとって空気のように存在し、それよりも大切なもの。

だから同じように貴方を愛したのも、当たり前の事だった。

それはボク達にとって、極自然な流れだったんだ。



それでもそれが禁忌である事は変わりなくて。

互いを更なる禁忌に触れさせたくないという気持ちも同じだったはず。





「恐くなったんだ。」

ボクの言葉に兄が少し自嘲気味に笑った。いつもの兄の表情ではなかった。



「こんなに近くにいるのに、時々アルが遠く感じる。こんなに傍にいるのに触れられない。」

「ボクはずっと兄さんの傍にいるよ、離れたりなんかしない。そんな事分かってるでしょ?」

「分かってる。だけど俺はお前の温もりが欲しい。もう無理に感情を殺すのは限界なんだ。」

兄の言いたい事は分かる。それはボクだって同じだったから。

触れたくて、触れて欲しくて。でもそれを口にする訳にはいかないもどかしさを二人共抱えている。



こうして温もりが分かる体を取り戻したのに、触れる事が出来ない。

あんなにも願っていた事のはずなのに。そのジレンマ。

その事がボクらをより一層不安にかき立てる。



いや、ボクよりも兄の方が不安だったのかも知れない。

兄は一度目の前でボクを失っている。一人になる恐怖を味わっている。

だからこそ、失う事を誰よりも恐れているのだろう。



…確かに限界なのかもしれない。兄にとっても、自分にとっても。

手を伸ばせば捕まえられる所にいるのに、いつも寸前で躊躇ってその手を引いてきた。

そんな想いを抱えながら傍に居続けようなんて、無理があって当然だ。

それでも離れる事だけはできない。想いを捨て去る事も、貴方を誰かに奪われる事も。

貴方に関する全てを諦められないのなら。一歩踏み出すしか、道はないのかもしれない。



たとえそれが、人から見て許されない道だとしても。

更なる禁忌への入り口だとしても。



でも、それでも良いんじゃないだろうか。

これから踏み込む道が、出口の見えない迷路のようなものだとしても。永遠に彷徨い続けるのだとしても。

そこに兄がいるのなら、兄さんと一緒ならば。

もう、それだけで良いはずだ。他に何を望む事がある。



貴方を失う以上の絶望なんて、きっとない。





「…いいよ、もう我慢するのはやめよう。お互いにね。」

だから覚えていて。先に手を伸ばしたのは貴方でも、その手を受け入れたのはボク。

昔から兄と自分は共犯者だった。あの時犯した過ちも、抱いたこの想いも。

伝えてはいなかっただけで、お互いの気持ちは知っていたのだから。

それでも離れようとしなかった時点で、諦めなかった時点で罪は同等だ。



その事を、忘れないで兄さん。



「ずっとボクらは共犯者なんだよ。だから離れられない。」

そう言うと、兄が笑った。その目はボクだけを見て、他に何も映し出しはしない。





ボク達が選んだ道は間違っているのだろう。でも兄さん、ボクがそれを後悔する日は来ない。

一瞬の絶望の後、胸に広がるのは歓喜ばかり。



輝かしい未来など要らない。ただ、貴方と共にいられれば。

それ以上に望む事など、ボクにはないのだから。



ああ、でも。嬉しいよ、兄さん。

これでボクは、貴方の全てを独占出来る。










抱き締め返す腕に力を込めた。


もう離れなくて良いように、そんな事を考えなくて良いようにと。




























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