「エドワード君のそういう顔、初めて見たわ」
そう言われて、でも自分がどんな顔をしていたかなんて分からなくて
不思議そうに見た俺に、クスリと笑って中尉は言った
「嬉しそうな、幸せそうな表情をして見ていたわよ。本当に大切なのね」
幸福進化論
ふっと目が覚める。大きなカウチソファで眠っていたらしい
暇潰しに読んでいたのは、何度も目を通して覚えてしまった錬金術の本
こんなに心地よい風が入る日差しの温かい居間だから、ついウトウトしてしまうのも無理はない
だからなのか。懐かしい他愛ない昔の事を夢に見たのは
「兄さん!」
その時、珍しくドアをやや乱暴に開けて弟が帰ってきた
何やら大きな籠を抱えて
「見てよ。ローザおばさんがね、今年一番に採れたジャガイモだから二人で食べなさいってくれたんだよ」
大きな籠に入っていたのは、二人で食べるにも大量な数のジャガイモだった
「すっごく大きくて美味しそうだよね!」
アルは嬉しそうにニコニコと笑顔を絶やさない。それを見ているだけで幸せな気分になれる
「美味そうだけど、随分たくさんだな。ウィンリィとばっちゃんに持っていくか」
「あ、もうお裾分けならして来たんだよ。これでも貰ったのの半分なんだ。
だからこれは兄さんと僕の分」
「…重かっただろ。俺を呼べば良かったのに」
「これくらいは平気だよ。兄さんってば過保護」
そうは言われても、もう健康体だって分かってはいても、心配になるのは仕方ないだろう
錬成時は話す事も出来なかったんだから
「あのね、2種類あるでしょ?今年から種類の違うのを植えてみたんだってさ。
こっちの大きいのがホクホクしてて、楕円形のが煮崩れしにくいんだって」
重そうな荷物を再び持とうとするアルの手から籠を取り上げると、文句を言われる前にキッチンに運ぶ
それに黙ってついてきた弟は、下ろされた籠の中から数個のジャガイモを取り出した
「今夜はジャガイモ尽くしだね。兄さん、何か食べたいのがある?」
「アルの作ってくれるものはどれも美味いから、食べたいものって聞かれてもかえって迷うな」
「煽てたって、今日出てくるのはジャガイモだからね」
笑いながらいくつかのジャガイモを手に取り眺め、今夜の献立を考える
「じゃあ、こっちの大きいのはグラタンにしよう。ホワイトクリームたっぷりで。
この楕円形のはポトフみたいにお肉や野菜で煮込んでみようか」
そう言いながら流しにジャガイモを何個も持って、兄さん剥くの手伝ってね、なんてあどけない表情
その姿が愛おしくて、思わず後ろから抱き締めた
「兄さん?どうしたの?」
俺の真下から見上げてくる弟の顔。失った当時の10歳の姿で取り戻した体
取り戻してから3年の月日が流れ、弟はだいぶ背も伸び、体つきもしっかりしてきた
俺よりも頭一つ分小さな体。俯いて擦り寄ると少し堅めの髪からは、清潔な石鹸の匂いと、嗅ぎ慣れた弟の匂い
今度は顎で小さな頭をグリグリとしてみると、兄さん、髪がぐちゃぐちゃになっちゃう、と抗議の声が
それでもそれも楽しげな響き
「兄さーん?どうしたのさ。今日は甘えたさんなんだね」
何かあった?と不思議そうに聞いてくるアルに少しだけ首を振る
「…何でもないよ。ただ幸せだなって思っただけ」
あの頃だって、辛い事もたくさんあったけど、不幸ではなかった
いつもお前が隣にて、俺を支えてくれていたから
自分自身よりも大切な掛け替えのない存在が、常に隣にいる、ただそれだけで幸せだった
今、それよりも更に幸せになっただけ。これ以上ない程に幸せなだけ
それは何よりも大事な事
俺の言葉に、一瞬キョトンとしたアルは、次の瞬間嬉しそうに微笑んだ
「僕も幸せだよ。こうして兄さんと一緒にいられて、温もりも感じられる」
その時の微笑みが、本当に心底幸せそうだったから。また俺はもっと幸せな気持ちになる
愛しい人がこうして隣にいて。いつも笑っていてくれる。それをいつも独占出来る
こんな幸福、他にはないだろう
「ずっと傍にいてくれ、アルフォンス。俺の傍から離れないでくれ」
「うん。傍にいるから。絶対離れたりしないから」
すっぽりと腕に収まるアルフォンスの体を強く抱き締める
廻した腕に、そっとアルフォンスの腕が絡み付いた
祈るように目を閉じて、お互いの温もりを感じる
大切なのはアルフォンス
掛け替えのない存在
愛したのはアルフォンス。その全て
この世でたったひとつ、ただ一人
失えない、失えなかった魂
「兄さん、大好きだよ」
少しだけ照れた顔で、可愛らしい事を言う弟に
そっと触れるだけの口付けをした
他に望みなんて無い。他に何を失っても構わない
どうかお前だけは、誰よりも幸せになって欲しい
だから俺は俺自身に誓おう
願わくば、俺がお前を誰よりも幸せに出来るようにとー