恋知
「こんちには、おばさん。良い天気ですね」
いつも買い物に来る、村に一軒しかない食料品を扱った店
時々街に買い出しに行く日以外は、村人はみんなここで買い物をする
店先で空を見上げていたおばさんに声を掛けると、豪快に笑いながら答えた
「ほんとにね。あんまり天気が良すぎて茹だっちまいそうだよ」
さあ、中にお入り。と自分も店に入りながら手招きするおばさんの後をついて店内に入る
そこには瑞々しい野菜が色とりどりに並んでいた
「野菜、美味しそうですね」
「ああ、さっきみんなが収穫して持ってきたのばかりだよ」
ここでは村人が育てた野菜を持ち寄って販売したりする。置いてある野菜はどれも採れたてだ
「じゃあ、このズッキーニとポテトと…、あと小麦を3kgお願いします」
「はいよ。そうだ、レスターチーズの良いのが入ったんだよ。あんた好きだったよね?」
「本当ですか?嬉しいな。じゃあ、それも下さい」
「ちょっと重くなるよ。後で届けさせようか?それかエドに迎えに来てもらうかい?」
「大丈夫ですよ、これくらい。それに兄さん今昼寝してるんです。昨夜遅くまで本を読んでたので」
「あはは、エドも相変わらずだねー」
あばさんは笑いながら小麦を測ると袋に詰めた。チーズを奥から取り出して纏めると、確かにちょっとした量の荷物になった
「ちわ!おばさん、オリーブオイルちょうだい」
声を掛けながら店に入って来たのは、ヨゼフ少年。親の酪農を継ぐ為にもっか修行中の少年だ
「アルフィーネも来てたんだ」
「こんにちは。ヨゼフ元気そうだね」
アルフィーネの顔を見て、心なしか嬉しそうなヨゼフ少年
それはそうだろう。何と言ってもこれだけの美少女、街に行ったってなかなかお目にかかれない
いきなりエドワードの遠い親戚として、リゼンブールにやってきたこの少女は、
その愛らしい姿と礼儀正しさからすぐに村に溶け込み、今では村の若者のアイドルとなっていた
だからヨゼフの少々熱っぽい眼差しの意味は、おばさんの目から見てもバレバレなのだが、アルフィーネはまったく気付かない
「そうだ、良い所に来たねヨゼフ。あんたアルフィーネの荷物を持っていってやっとくれよ」
少しばかりのお節介半分でおばさんが促すと、ヨゼフ少年の顔が綻んだ
「え?良いです、大丈夫だから!!これくらい持って帰れるし・・・」
「そこにあるの全部なんだろ?結構重そうだよ。ついでなんだから気にしないで!」
おばさんの好意に内心感謝しながら、さっさと荷物に手を出すヨゼフ少年
それを困惑顔で止めようとしたアルフィーネだったが、ふいに外の異変に気付いた
真っ直ぐにのびた道の少し先、溝に車輪を取られて大きく傾いた荷車の姿
それを必死に戻そうとしている大きい人影が2つとその傍に子供の人影が1つ
その姿を見たアルフィーネは駆けだしていた。そして近くまで行くとパンと手を合わせ、地面に手をつく
すると青い錬成光が地面を走り、そのまま荷車の下の地面を持ち上げた
車輪1つを呑み込んでいた大きな溝は無くなり、荷車は真っ直ぐ持ち直す
その様子にポカンとしていた男2人は、ハッと我に返ると近づいてくるアルフィーネを見た
「大丈夫ですか?」
心配そうに声を掛けてくる少女に、満面の笑みで礼を言う
「助かったよ、アルフィーネ!いや、大したもんだなあ!」
「アルフィーネも錬金術を使えたのか!今まで見た事が無かったが、エドに習ったのかい?」
いやでも本当に助かった!ありがとう、と口々に言う二人にたいした事じゃ無いですから、
とその場を去ろうとしたしたアルフィーネだったが、服の端を掴んだ小さな存在に引き留められる
「お姉ちゃん、今の凄いね。どうやったの?お姉ちゃん、魔法使い?」
こちらを見上げながら可愛らしく聞く女の子に、微笑みながら首を振る
「魔法じゃないよ。錬金術って言うんだ」
「れんきんじゅつ?魔法じゃないなら、私にも出来る?」
「そうだね、一杯勉強すると出来るようになるかも」
無邪気な様子に微笑ましくなりながら、その小さな頭を撫でた。瞬間
背後でピシリ、と嫌な音がした
振り返ったアルの目の前で、斜めになっていた荷物の加重が一気にかかっていたロープがピシピシと切れていった
その時アルフィーネが考えたのは、少女を守らなければ、という事だけだった
咄嗟に少女を抱き締め地面を蹴ると、そのまま倒れ込んで目を瞑る
だが、予想していた衝撃はいつまでも来ない
恐る恐る目を開けようとしたアルの耳に、聞き慣れた声が聞こえた
「アル!大丈夫かっ!?」
「兄さん…?」
ゆっくり身を起こすと、目の前の土が大きく盛り上がり、巨大な分厚い壁を作っていた
そして必死の形相で駆け寄る兄の姿
「アル…!!」
抱えた少女ごと兄の胸に抱き締められて、言いようのない安堵が胸に広がる
コツンと額を兄の肩に預けた
「兄さん、ありがとう。助かったよ。でもどうしてここに…?」
心からの礼と、ふと浮かんだ疑問を口にする
「目が覚めたらお前がいないからさ。買い物かなと思って散歩がてら迎えに来たんだよ」
そしたらこんな事になってるし
言いながらエドワードは、まずアルフィーネが抱えていた少女を起きあがらせると服に付いた砂を払ってやる
そうしてアルフィーネに手を差し出したのだがー、
「痛…っ!」
「アル?」
立ち上がれないアルフィーネの足を見ると、足首が赤くなっていた
「ずいぶん派手に捻ったな」
「え?あ、ちょっと兄さんっ!!」
フワリとアルフィーネの体がエドワードの腕に収まる。その状況にアルフィーネは慌てた
「兄さん、大丈夫だよ!僕歩けるから!!」
「そんな足して何言ってんだ。それ間違いなく腫れるぞ。いいからちゃんと掴まれって」
家までなんだから辛抱しろ、と何でもないように話す兄に、アルフィーネもそれ以上反論出来ない
少し照れながら、兄の首筋に腕を廻した。うっすらと赤くなった頬が可愛らしい
緩やかな長い髪を揺らしながら、長身美形の青年に抱き抱えられた美少女。その姿は正しく王子様とお姫様
その絵画的光景に見惚れる一同。そこにはアルフィーネからだいぶ遅れて駆け付けたヨゼフ少年とおばさんの姿もあった
しかしさすがに年の功。最初に我に返ったのは、おばさんであった。慌ててエドワードに声を掛ける
「エド!荷物は後で届けさせるけど、それで良いかい?」
「ああ、悪い。頼むよ」
「おばさん、すみません。お願いします」
そう声を交わすと、二人はそのまま家へと帰っていった
誰かがフーっと大きく息を吐く。そしてその場に漂っていた妙な空気が払拭された
「何つーか、何だな」
「そうだな」
荷車の主達が会話になってない会話を交わす
おばさんもヨゼフ少年の肩をポンと叩く
「ま、気の毒だったね」
「あ、やっぱりそういう事かな?」
情けない顔で聞く少年に、大人3人は気の毒になりながらも声を揃えた
「「「見りゃ解るだろう」」」
村一番の美少女と、元国家錬金術師の結婚が決まったと村中に伝わるのは
それからちょっと後のお話