※こちらの設定は「Rapunzel」美紀さん宅のお話のひとつ「MILITARY DOG」の設定をお借りしてます
アルフォンスがホムンクルスで大総統です
思いっきりパラレルですので、それでも大丈夫な方だけお進み下さい
カッカッカッと木底が床を鳴らす高い音が廊下に響く。
周囲の者が慌てて道を空ける中、外見ばかりはまだ幼い少年が、真っ直ぐ前を見据え歩いている。
無表情な顔は、その幼さには不釣り合いな程冷たさを感じさせて。周囲の者を圧倒していた。
それすら少年にとってはどうでもいいことだったのだが。
今、彼の心はたったひとつの事が占めていたから。
疵痕
バタンと大きな音を立てて開かれた扉に、エドワードは顔を上げた。
エドワードの研究室を兼ねた執務室、そこに来るはずのない人の姿に驚いて席を立つ。
「アル…、いや、大総統。どうしたんだ。」
少年がこの部屋に来たことなどこれまで一度たりともなかった。
用事があればただ呼びつければいい。彼ー、アルフォンスはこの国の最高権力者なのだから。
アルフォンスは聞かれた言葉には応えずに、後ろ手に扉を閉じると無言でエドワードへ歩み寄った。
普段とはどこか様子の違うアルフォンスの空気に戸惑う兄の、その目の前にアルフォンスが立つ。そして。
何も言わずにその軍服を破るような勢いで剥ぎ取った。
「…ふぅん、本当に怪我してる。ナイフ?部下を庇って代わりに斬りつけられたって?」
左の肩口に生々しい縫合された真新しい細い筋。腱や骨を傷つける程深くはない。
「手駒の為に自らが傷を負ってどうするのさ。あなたの配下の人間がどれほどいると思う?
その全てを庇いきれると思ってるわけじゃないよね?」
アルフォンスの言葉に、エドワードは眉を顰める。
「全員を守ろうなんて思っちゃいないさ。ただオレの目に映る範囲で、誰かが傷つくのを見たくないだけだ。」
だから手駒とか言うんじゃねぇ。エドワードの呟きに、アルフォンスの目が一瞬きらりと光る。
「相変わらず、甘い事を言う。」
唐突にアルフォンスは兄の胸ぐらから手を離す。エドワードははだけた制服を直すこともせずに、弟を見ていた。
「貴方は以前言ったね。その身を、力を、ボクに捧げる。国家錬金術師としての忠誠は、軍ではなくボクへ誓うと。」
「言ったさ。オレが軍に残っているのはお前がいるからだ。」
「…だったら。」
アルフォンスは視線を逸らさないまま、瞬時に愛用の刀を振るった。ーエドワードの肩の傷へと。
「う…っ、ああっ!!」
人の目には止まらぬ早さの刀の動きを避けられるわけもなく。
縫合されて間もない傷を新たに斬りつけられて、エドワードの口から噛み殺せない苦悶の声が漏れる。
「貴方のその身はボクの物だ。勝手に他の誰かに傷つけられるなんて、そんなこと許さない。」
あまりの痛みにその場に頽れていくエドワードを、アルフォンスは冷たく見下ろした。
「忘れないで。貴方がボクの知らない所で、勝手に体に傷をつけてきたら必ず。」
「こうして新しく、その身に残るような傷をつけてあげる。貴方がボクの物だという事を忘れないように。」
元のそれなんかわからなくなるくらいに、ちゃんと綺麗に傷つけてあげるよ。
笑いながら囁かれてエドワードはその場に座り込んだ。
アルフォンスのこれは、自分の手駒を、玩具を壊されるのを嫌がる子供のような感情なのか。
それとも、もっと別の感情から起因するものなのだろうか。
ああでもそれすらどうでもいい。アルフォンスの中でオレが少しでも執着するべきものであるなら。
例えそれが子供染みた独占欲でも。明日には踏みつけられ、嬲り殺されるとしても。
この身を傷つけた相手に嫉妬するくらいには、想われているのならば。
殺すならお前が殺せ。お前の振るう刃なら甘んじてうけよう。傷なんて一生、癒えなくても消えなくても構わない。
流れ出る血と共に薄れゆく意識の中、エドワードはその身を斬りつけたその人に微笑む。
アル…と呼んだ声は掠れていて、だけど目の前の相手には確かに届いていた。
馬鹿じゃないの。斬られたくせに、なんでそんな顔をする。
その場に力を失い倒れたエドワードを見下ろすアルフォンス。
あんなに愛おしそうに嬉しそうに、微笑んでみせるなんて。馬鹿じゃなければ狂ってるとしか思えない。
そんな自分の思考に気付いてアルフォンスは自嘲した。
何を今更。ボク達はとっくに狂っていたじゃないか。
人の命を犠牲にして身体を取り戻して。それでもこうしてのうのうと生きていられる。
あの時からきっと。いやもっと前から狂っていたんだ。
他の誰かに傷つけられた貴方の姿を。初めて憎い、と思ってしまった。
この目に映らない所へ行って欲しいと思う気持ちもまだ確かにあるのに。
もう、この感情がなんなのか。愛してるのか憎んでいるのかさえ、自分にもわからない。
本当に貴方がボクから逃げ出した時。ーボクはいったいどうするのだろう。
穏やかな気持ちでその幸せを願えるのか。それとも離れるのを許せず、殺してしまうのか。
その時は後を追うのにも苦労しそうだ。
ねえ、兄さん、その時は。
ボクはいったい何回ボクを殺せば、あなたの所へ逝けるのかな。
それともボクではあなたと同じ場所へは還れないのかな。
あなたは何度もボクの魂はアルフォンス・エルリックだと。あなたの弟のままだと言ったけど。
ボクにはもう、とてもそんな風に思えないんだ。
人ではない体に閉じこめられた魂は、とっくに歪んで捩れて変質している。
こんな汚れきった魂じゃ、あなたと同じ場所になんてきっと還れない。
どんな形でも、あなたの傍に逝きたいだなんて甘い夢は。
抱くことすら許されていないなんてことは、解っていたはずなのに。
本当に愚かなのは誰かだなんて、そんなこと。誰よりも思い知っていたはずだったけれどー。
目頭が熱くなるような感覚に、泣きたい気分というのはこんな感じだったんだ、と彼はぼんやり思った。