「じゃあ、行って来る」

玄関を出ようとした俺は、服が引っ張られるのを感じて視線を下げた。

そこにはコートの裾を硬く握り締めたアルフォンスの手と、少し俯いた姿。



「アル…?」

「え、あっ…!」

俺の声に、アルフォンスがハッとしたように顔を上げて手を離す。

その表情はいつものアルフォンスだったけど…。



「どうしたんだ、アル。」

「ごめん、兄さん何でもないんだ。」

「でもお前…。」

「本当になんでもないんだ。ほら、もう行かないと遅刻しちゃうよ!」

俺の背中を無理矢理玄関から押し出し、アルフォンスは手を振って見送ってくれた。


「いってらっしゃい、兄さん。」



その微笑が半分は無理に笑っているという事に気づいて。

俺は後ろ髪ひかれる思いで家を後にした。







君の笑顔の為に
















この頃、アルはああいう顔を見せる事が多い。

寂しそうで心細そうな顔。

それはとても可愛らしくて、正直惚れてる身としてはグラグラして仕方ない。

だけどそんな事言ってる場合じゃないよな。



やっぱり、家に一人でいるってのが寂しいんだろうか。

アルは社交的だから、近所の主婦達や市場とかの馴染みの連中とかとも仲良くしている。

結構外に出て、色んな人間と話たり出掛けたりしているはずだ。

それでも家に居る時間はどうしても長くなってしまう。

大学とかに通ったり、俺の仕事を一緒にするっていう手もあるんだろうけど、

それは体を取り戻してまだ間もないアルにさせたい事ではなかった。

何しろ取り戻したアルの体は、失った当時の10歳くらいのものだった上に、何故か女性体だったから。

せめてもう少し様子を見て、体調が万全な事を確信してからでないと。





でもアルはずっと俺と一緒だったから。今まで一人で家で過ごすって事がなかったんだ。

旅をしていた時にも、アルが一時的に一人になる事はあった。

でも家に一人で誰も居ないって、きっと寂しい事だろう。



…もしかしたら、一人取り残されていた夜を思い出すのかも知れない。

あの頃言ってたじゃないか。一人の夜は嫌だって。



何とかアルの不安を取り除いてやりたい。でもどうすれば…

考え込んでいた俺の目に、掲示板に貼られていた一枚の写真入のポスターが飛び込んでくる。

その書かれていた内容に、俺は慌てて連絡先の部署へと電話した。













玄関のベルを鳴らすと、中からパタパタと足音が聞こえてくる。

カチャカチャという音の後、少し勢いよく開いたドアから最愛の妹が顔を出した。



「兄さん、お帰りなさい。」

「ただいま、アル。」

出迎えてくれたアルフォンスの笑顔で、一日の疲れも吹っ飛ぶ勢いだ。

何かこれってあれだよな。まるで正しい新婚さんの姿みたいだよな。

ああでも今日はそういう事ににやけてる場合じゃなかった。



「アル、今日はお土産があるんだ。」

「お土産?」

小首を傾げて俺を見上げてくるアルフォンス。どうしてこいつはちょっとした仕草がこんなに可愛いんだ。

抱きしめたくなる気持ちをグッと堪えて、後ろに置いていたバスケットを持ち上げた。

そのまま家に入り鍵を閉めて、アルフォンスにバスケットを渡す。

不思議そうに俺とバスケットを交互に見ていたアルフォンスだったが、

その中から微かに聞こえてきた声に、慌ててバスケットを開けた顔が破顔した。



「うわあ、可愛い〜…!」

中にいたのは、小さな子猫。真っ白で少しだけ毛足が長い。

それは軍部内のあのポスターで飼い主を募集していた猫だった。



「ちょっと前にな、軍の事務官の飼い猫に子猫が生まれたので飼いませんかってポスターが貼られててさ。

 その時すぐに申し出といたんだ。まだその時は小さすぎたから連れて来れなかったけど、

 やっと引き取れる大きさになったんで連れてきた。」

アルに内緒でごめんな、と言うと、アルフォンスが驚いたように俺を見た。



「もしかして飼っても良いの?」

「駄目だったら連れて来ないだろ。」

笑いながら言うと、思いっきり嬉しそうにアルフォンスが抱きついてきた。



「嬉しい!ありがとう兄さん、ボク凄く嬉しいよ!」

「お、おいアル!分かったから!猫が…」

片手にバスケットを抱えたまま、右腕だけで抱きついてくるアルに俺は少し慌てた。

するといきなり大きく揺れた事に不安になったのか、ふみゃ〜と子猫が情けない声を上げる。

ハッとしたようにアルが子猫を見て、それから俺を見て。二人して思わず噴出して笑った。





居間に移動して子猫を抱き上げたアルは、本当に嬉しそうだった。

ふかふかの子猫はあまり人見知りしない性質なのか、アルの腕の中で大人しくしている。

良かった、アルが気に入ってくれて。本当はアルに選ばせた方が良いかとも思ったんだけど。

俺がアルがビックリする所を見たくて、黙って選んでしまったから。



「それにしても兄さん、いきなりどうしたの?」

今まで動物を飼う事なんて話した事もなかったのに、と不思議そうなアルフォンスに俺は正直に話した。

「アルがいつもこの家に一人でいるのは、ちょっと寂しいだろうと思ってな。

 本当は大学に通うか俺と一緒に研究室に入れれば良かったんだろうけど、それはもう少し体が大きくなってからにして欲しいし。

 この間の検査で免疫関係は異常が無かったから動物飼うのは問題無いから、だったらお前猫好きだったし良いかなって。」

「兄さん…。」

「え、うわ泣くなよアル。どうしたんだ。」

いきなり目を潤ませたアルにビックリする俺に、アルフォンスが小さく首を振る。



「嬉しくて涙が出たんだよ。兄さん、本当にありがとう。…大好き。」

少し頬を染め、柔らかく微笑むアルフォンス。その笑顔に吸い寄せられるようにそっと近づき触れるだけのキスをした。



「明日、休みもらったから。こいつに必要な物を買いに行こう。」

「お休みなんてよくもらえたね。無理矢理取ったんじゃないの、兄さん。」

「ばれたか、良いんだよたまには。」

「…そうだね、この所忙しかったもんね。」

怒るかなと思ったのに、アルはちょっと悪戯っぽく笑った。

よっぽど今日の事が嬉しかったのかな。ずる休みを咎めないなんて。





明日は一日アルと一緒だから、何でも言う事聞いて甘やかしてやろう。

いつもはそうそう甘えてこないアルフォンスだけど、今なら素直に甘えてきてくれそうな気がする。

それがとても楽しみだ。





眠ってしまった子猫をバスケットに戻し、兄さん、ご飯にする?それともお風呂?なんて聞いてくるアルフォンスの姿に、

やっぱりこれって新婚みたいだよなぁと、思わず顔がにやけてしまうのを止められない俺だった。



























リクエストお二人目は夜羽さん。いつもお世話になっていますm(__)m

リク内容は
「構って欲しくてたまらない年の差妹をサプライズで喜ばせる兄」
でした。

アルの構って欲しいという描写がもう少し書けると良かったんですが…。
ちょっとその辺が心残りかな。

夜羽さん、こんなんで宜しければどうぞお受け取り下さいませv


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