変わらないで
バタンッ!ダダダダダ!!
遠くから徐々に近づいてくる音に気付き、僕は顔を顰めた
こんな音をさせて家に乱入してくる人物は一人しかいない
その人物は僕のいるキッチンのドアを乱暴に開けて入ってきた
「兄さん…。何度も言ってるけど、もう少し物は丁寧に扱おうよ」
物凄い勢いで開けられ、壁に跳ね返ってキィキィ音を立てているドアをチラリと見ながら、
料理の手を止め半分無駄な事だと承知の上で言ってみる
案の定兄さんは、あ、わり。なんてアッサリ言うとさっさと本題に入ってしまった
「それよりかさ、アル。掘り出し物見っけたんだよ!」
これ見てみろ!と嬉しそうな兄の手にあったのは、1冊の古びた本。あれ、もしかしてこれ・・・
「これってもしかして、以前読んだあの本の・・・?」
「そう!あの時どうしても見つからなかった対の“蒼の書”だよ!」
以前、僕らがまだ元の体を取り戻す為に旅をしていた時。“朱の書”とよばれる本を手に入れた
それは僕らの目的の人体錬成などとは関係の無い本だったのだが、とても内容が素晴らしくて
でもどうも未完結な終わり方をしていると思っていたら、対になる本が存在すると分かったのだ
対になる“蒼の書”。それを読んでみたくて、僕らは結構探したのだが、ついに見付ける事は出来なかった
それなのに、今頃よく見つかったな。僕もう忘れてたんだけど
「いや、俺も忘れてたんだけどよ」
僕の疑問を受けて兄さんが答える。そうだよね、別にずっと探してたってわけでもないしね
「先日何か大富豪が亡くなったらしくてさ。所有していた書物の一部が遺言によって中央図書館に寄贈されたんだ。
そのリストを見てたらこの本の名前があったから、ぶんどって来た」
「ぶんどってって・・・。まさか無許可で持ってきた訳じゃないよね!?」
この兄ならやりかねない。僕は慌てて問い詰めた
「そんな事してねーって。一応無能には断っといた」
「兄さん、無能じゃなくて大総統だろ」
「いいんだよ、無能で」
ちょっと拗ねたように言う兄に、ハーッと溜め息が出る。まったく、大総統を無能だなんて、思ってたって言えないよ
「それよりかさ、さっそく読もうぜ、アル」
ウキウキとした気分を隠そうともせずに、本を目の前に突き出す兄
思わずその姿をじっと見てしまう
この人、僕よりひとつ上なんだけど。それは確かなんだけど
さらに言ってしまえば僕の兄で、と言う事はつまりは立派な男性で
なのに何で、こう表情とか仕草のひとつひとつが可愛らしいかな
特にこんな風に喜びが体中から溢れているような時って、ほんとすっごく可愛い
ーこんな事言ったら殴られるだけじゃ済まないだろうけど
「僕は後で読ませてもらうよ。兄さん、先にどうぞ」
僕がそう言うと、兄さんは少し不満そうな顔をした
「何でだよ、アルも早く読みたいだろ」
「まあ読みたいけど。二人で一緒には読めないでしょ」
「読めるって。前はよくやってただろ。ベットに寝そべって二人で見れば良いんだ」
さも当然の事の様に話す兄に、一瞬目眩を覚える
ベッドに一緒に寝そべってだって・・・?そんな事本気で・・・言ってる所がちょっと憎らしい
そういう所も可愛いんだけどさ
「悪いけど」
僕はスッと兄さんの腰に右手を滑らせ、耳元で囁いた
「兄さんと同じベッドに横になって、黙って本を読んでいられる程、僕、忍耐強くないよ」
僕の言葉に一瞬ポカンとしていた兄は、次の瞬間見る見るうちに真っ赤になった
「アル!お前何て事言うんだ!!」
「だって本当の事だし。それでも良いって兄さんが言うなら・・・」
「良くない!俺は本を読みたいんだー!!」
真っ赤になって腕の中で暴れる兄の様子に苦笑しながら、僕はその額に軽いキスをした
「だったら、まず兄さんから読んで。ゆっくりで良いからね」
にっこりと微笑みながら言うと、兄がウッと詰まったのが分かった
兄さんが僕のこの顔に弱い事は知ってるんだよ
「・・・分かった。じゃあ部屋で読むから」
まだ赤い顔をした兄さんを腕の中から解放する。兄さんは何だか唸り声を小さく上げながら部屋を後にした
閉まったドアを見ながら、僕は相変わらず変わらない兄さんに嬉しい気持ちになる
以前とは関係が変わってしまった僕ら
それなのに、時々兄さんはその事すら忘れてしまったかのように、ああいう無防備な言動をする
そんな風に変わらない兄さんが、堪らなく愛しく想えた
そこにあるのは根底にある信頼と無垢な親愛
恋人同士としての愛情とは、また少し違う。それだけでは持ち得ない感情
僕の中の愛しいという気持ちは全て兄さんに向けられている
家族としても、恋人としても。種類の違う愛情全てが兄さんを対象としている
僕には結局、あの人以外を愛する事など出来ないのだろう、過去も現在も未来も
その事を間違っているとは思わない
兄さんを愛して、兄さんに愛された事は、僕の誇りだ。
僕は何だかとっても嬉しい気分のまま、途中で放り出していた料理を再開した
大好きだよ、愛してる
貴方だけがいつだって特別
貴方の弱さも、貴方の強さも
同じくらいに愛してる
だからどうか、貴方だけは
いつまでもそのまま、変わらないでいて