依存心
目が覚めると、隣に兄の姿がなかった
珍しい事もあるものだとアルフォンスはぼんやりと考える
大体兄は寝汚い方で、目が覚めるのに時間がかかるので大抵アルフォンスの方が先に起きるし
たまにエドワードの方が先に目が覚めた時は、寝ているアルフォンスを見ていたり
ちょっかいをかけてきたりするのが常だった
だからこんな風に、起きたら兄がいないというのはとても珍しい
というより初めてなんじゃないだろうか
カーテンから差し込む陽光は、そろそろ朝食の準備を始めた方が良いと告げている
今朝は何にしようかな、きのう焼いた白パンと薄くスライスしたハムでサンドイッチとか
ああでもサンドイッチはお昼でも良いなぁ、だったら朝は白パンにメープルシロップかけて食べても…
そんな事を考えていたアルフォンスだったが、ふと窓の外の微かな気配と物音に気付いた
間違えようのない、馴染んだ気配
「…兄さん?」
ここは2階の二人の寝室。窓の外は当然外で中庭だ
アルフォンスはゆっくりと起き上がると、手早く着替えてバルコニーへと出た
窓を開ける音と気配に気付いたのだろう。エドワードが振り仰いで2階のアルフォンスを見上げてくる
「アル、起きたのか。おはよう」
「うん、おはよう。…っていうかさ、何してるの」
「見てわかんないか?洗濯物干そうとしてんだけど」
…それは分かるんだけどね。最近は兄さんも家事を分担して手伝ってくれてるし
分からないのは、何でこんな朝早くに洗濯してるのかって事なんだけど
「だってこのソファカバー、アル気にいってただろ」
なのに昨夜汚しちゃったからさ、早めに洗っといた方がいいかと思って
そう言われて初めて、兄が干そうとしている籠の中の物がソファカバーである事を知った
そしてそれが汚れた理由も思い出す
思い出すと同時に何だか溜め息が出た
…だから言ったじゃないか、ここでは嫌だって
朝早くに洗ってくれてるのはとても有り難いけど、何だか妙な気分だ
そういう気遣いをしてくれるなら、あの時手を止めてくれたって良かったのに
する事自体は嫌だなんて言ってないんだからさ。場所を替えたかっただけで
結局強くは拒めない自分にも問題があるので、文句を言うのもなんだけど
それでも行為に夢中になって忘れるまでは、とても気にかかっていた事だったし
起きたら早めに洗おうと思っていたのは事実だったから、苦笑いに近い笑顔で兄にお礼を言った
背中越しに振り返っていた兄は嬉しそうに笑うと、籠から取り出したカバーをロープに広げ始める
それを見て僕は台所へと向かった。朝から一仕事してくれた兄さんに、美味しい食事を提供する為に
冬にしては温かい日差しの差し込む穏やかな日
二人でくつろぐ居間から見えるのは、昨夜の生々しい情交の後を綺麗に洗い流されたソファカバー
このアンバランスな僕らの日常。こんな風なのが僕ららしくて良いのかも知れない
日々、本を読んで錬金術の研究をして
レポートに纏めたり、二人で討論したり。組み手だって毎日して
じゃれ合ってみたり、頬におでこに顔中に、兄弟として、家族としてのキスをしたり
恋人のキスは家族のキスよりも熱くていつも夢中になる
抱き合えば融けていくようで、兄さんに融けていくようで
全てがどうでもよくなってしまう
それまで考えていた事とか、考えなくちゃいけない事とかが全て流れて消えていく
それでは駄目だと他人は言うのかも知れない
本当は僕も解っているのかも知れない
でもそれを受け止めているのが僕。それを許しているのが僕
他の誰が許さなくても、兄さんの全てを許す存在でいたいから。受け止められる僕でいたいから
僕は兄さんに依存して。兄さんも僕に依存して
一方だけじゃなくて、二人して寄り掛かって支え合って、これが僕らのちょうど良いバランス
僕らはこうして気持ちの中での閉鎖的な世界で生きていく事を選んだ
それだけの覚悟と想いで、貴方を求めた。貴方も僕を求めた。それで僕らは充分に幸せなんだ
そんな事をつらつらと考えていると、今朝見た時には複雑な気分になったあのソファカバーも
何だか今の幸せの象徴のように見えてくるから不思議だ
僕はゆっくりと立ち上がると
大きなカウチソファでグッスリと眠る兄の髪にそっと口付けて
そのまま目を覚まさない愛しい人の寝顔を飽きる事無く見詰めていた