※この話は「小説 白い花の舞う谷」の設定を使っています
小説版は荒川先生の作品ではありません。著者は井上先生になります
「荒川先生の作品じゃない鋼設定は許せない!」「小説オリキャラは認めない!」
という方はお読みにならないようご注意下さいませ
「兄さん、次はこのウィスタリアって所に行ってみたいな。」
そう行ったボクに、兄さんはとても複雑そうな顔で振り向いた。
いつか旅の終わる日に
兄さんと再会して一年が過ぎた。ボクらは今、二人で過去の旅路を辿っている。
5年間という長い旅だったから、ほぼ国内全てを回っていたらしい。
時々はリゼンブールとセントラルに戻りながら、のんびりとした旅を楽しんでいた。
どの街に行っても、相変わらずボクの記憶は戻らない。
どことなく懐かしいな、という気分になる事はあるのだけどそれ止まりだ。
だけどもう以前のように焦る事はなかった。記憶に関しては戻らなくて当然だと思っている。
ウィンリィが優しくボクを諭してくれたあの言葉で、ボクは吹っ切る事が出来た。
彼女の言う通り、覚えていない事などそんなに問題じゃない。
兄さんやウィンリィ、そしてセントラルのロイさん達軍部の人達。
ボクを知っている人達の中に、ボクの記憶は残されている。それで充分だと思うから。
旅をしていた頃の事は覚えていないので、行き先を決めるのはいつも兄だった。
順序立てて行くわけではなく、軍属としての仕事の都合なんかも考慮してあちこちをまわる。
ここではこんな事があったんだと、兄さんは旅の先々で話してくれた。
錬金術の勉強をしながらの二人だけの旅は、ボクにとってとても楽しく有意義なものだった。
旅を始めた頃、兄さんから渡された2冊の冊子。
それはボクが嘗て書いていたという旅日記と研究手帳だった。
研究手帳の方は暗号で書かれていて、まだ錬金術を初めて間もないボクには読めそうにない。
でも日記はごく普通のもので、今日はどこの街に行った、といった事が簡単に書かれている。
『この村は酪農が盛んみたいで緑豊かだ。リゼンブールを思い出す。
朝食に出てきた牛乳は新鮮で美味しそうだったのに、やはり兄さんは一口も飲まない。
栄養価が高いから飲んで欲しいんだけど、この人の牛乳嫌いは一生治らないと思う。』
『昼過ぎから雲行きがおかしい。どうやら嵐がやってきそうな気配。
天気が悪くなると、兄さんの機械鎧の継ぎ目が痛むから心配だ。』
『公園で兄さんを待ってる間に、可愛い子猫と仲良くなった。野良猫にしては人懐こいけど首輪はない。
戻ってきた兄さんは子猫に懐かれたんだか嫌われたんだか、顔中を引っかかれてしまった。
その後はずっと不機嫌になってしまって困ってしまう。どうやって機嫌を直してもらおう。』
旅の間の何気ない事が書かれていて、その殆どが兄さんの事ばかりで我ながら少し照れくさい。
二人だけの旅だから当然といえば当然なんだけど、ボクって相当のブラコンだったんだ。
でもこの日記に書かれている様子だと、ボクらって今も昔もあまり変わっていないみたいでホッとする。
だからボクは時間が空くと、この日記を読んでいた。
その中で気になった街の名前。「ウィスタリア」
自然の要塞のような街、人々は等価交換の法を作り幸せそうに暮らしている、と書かれている。
ルビィという名が何度か出てきた。
『女の子なのに強くて驚いた。その分気が強そうだけど優しい。ちょっと兄さんと似てるかも。
兄さんと気が合わないようで、顔を合わせると喧嘩になる。同類嫌悪という言葉が浮かぶ。』
その後は日記の日付が少し飛んでいた。ウィスタリアを出て、列車の中で書いたらしい。
『法は崩れた。全てが丸く収まるという訳にはいかないだろうけど、立ち直って欲しい。』
何となくその一文が気になって、ボクはこの街に行ってみたいと思った。
そう言ったらあの顔だ。複雑というか嫌そうというか。
今までボクがどこかに行ってみたいと言って、兄さんが嫌がった事はなかったから少し驚く。
「駄目かな?」
兄さんを見上げて尋ねると、ウッと詰まった顔になった。
「駄目ってわけじゃねーけど…。」
渋々だけど了承してくれた兄さんに、嫌な事があった街なら無理には良いよと聞くと、違うとは言われたけど。
汽車での移動中、一度だけ。大きな溜息をついた兄さんを、ボクは不思議な思いで見ていた。
ウィスタリアは荒野の果てにあるらしい。
兄さんは地図に書かれた道とは違う方向へ歩き出した。どうやら近道があるようだ。
行けども行けども広がる荒野ばかりで、街らしきものは見当たらない。
少し不安になったけど、兄の歩きに迷いはない。記憶力は抜群だから道を間違えるという事もないだろう。
そうして約一日かけて歩いた時、兄が「着いたぞ」と声をかけた。
だが見渡してもそこはただの丘で、ボクは戸惑ってしまう。
「…街なんてないよ?」
そう言ったボクに、兄さんがニヤリと笑った。
手を引かれて歩き出すと、微かに水の流れる音が聞こえてくる。
そうして丘を登りきった先に見えた光景に、ボクは驚き歓声を上げた。
「うわあ…!」
そこにあったのは巨大な谷。まるで大地をくり抜いたかのように、崖に囲まれた丸く大きな穴が口を開けている。
その底には家が点在し、薄暗い中で灯りを灯し始めていた。
「こっちから降りられるから。」
兄に連れられて行くと、そこには大きな岩があり、閂のような棒が渡してあった。
頑丈そうな男の人が二人、警備の為だろう立っている。
兄さんが声をかけると、二人は訝しげにこちらを見て、それから驚いたように声を上げた。
「おい、お前もしかしてエドワードか!?」
「嘘だろー、随分と背が伸びちまって!一瞬誰だか分からなかったぜ。」
嬉しそうに兄さんの肩を叩いていた一人が、ふいにこちらに目を向ける。
「あっちのは誰だ?アルフォンスは一緒じゃないのか?」
「あ、こんにちは。ボクがアルフォンスです。」
お辞儀をしながら名乗ると、嘘だろ!という驚きの声が上がる。
旅をしていた時ボクは鎧姿だったから、こういう反応をされるのにも慣れた。
そりゃ、2m近い鎧の中に入っていたのがボクだなんて思いもしないだろう。
二人は驚きながらも、声と態度でボクだと納得してくれたようだ。その内一人が慌てたように言った。
「おい、アルフォンスが来たって知ったらルビィが喜ぶぞ。早く行ってやれよ!」
その言葉にアルフォンスは少しの違和感を感じる。ボクが来たら、ルビィって人が喜ぶ?兄さんと二人じゃなくて?
ぐいぐいと背を押され、ウィスタリアへと足を入れた。
門番の一人がルビィに知らせてくると走り出す。その間二人はレストランで待つ事にした。
以前も来たというレストランで出迎えてくれた女性も、アルフォンスの姿に驚く。
それに挨拶しながら出てきたコーヒーを飲んでいると、扉が勢いよく開いた。
「アルフォンスが来たって本当!?」
息せき切って入ってきたのは、スラリと長身の女性。後ろで束ねた長い黒髪と、切れ長の黒曜石のような瞳が印象的だ。
ボクは日記を思い出していた。きっと彼女が「ルビィ」さんなのだろう。
ルビィさんはすぐに正面に座っていたボクらを見た。その顔が驚きの表情を浮かべている。
そのままツカツカと近づいてきて、じっとボクの顔を見た。とりあえず挨拶してみる。
「えーと。こんにちは。」
「…アルフォンス、なの?」
今度はボクが驚いた。まだ名乗っていないのに。
ここに余所者はボクらしかいないとはいえ、鎧姿しか知らない彼女が、この姿のボクをすぐ認めるとは思わなかった。
「ビックリした。良く分かったねぇ。」
「分かるわよ!だって雰囲気は変わってないし、声も少し低くなったけどアルフォンスだわ!」
また会えて嬉しいとはしゃぐ彼女に、ボクも嬉しくなった。
前と変わってないって、そんな風に言ってくれる人は少ない。
「アルフォンス」だと信じない人も多かったのに、名乗る前に気付いてくれたのってウィンリィ以外では初めてじゃないかな。
「ありがとう。ボクも会えて嬉しいよ、ルビィさん。」
「…どうしたのアルフォンス。ルビィさん、だなんて。」
「えーと、それは…。」
「事情があるんだよ。ちょっとそこ座れ。」
不貞不貞しさ100%の命令口調の声に、ルビィさんが眉を寄せた。
うわあ、兄さんがかつて無いほどに不機嫌だよ。本当に仲が悪かったんだ。
「あら、誰かと思ったら。もしかしてエドワード?」
「もしかしなくてもオレだろう。他の誰に見えるんだ。」
「だってエドワードにしちゃ、背が伸びてるじゃないの。」
「伸びてて悪いか!お前、オレの背が伸びないって決めつけてやがったな!」
「そうは言ってないけど。まあ良かったんじゃない?あなたの背が伸びるなんて、奇跡ってあるものなのね。」
「背が伸びるのは当然の事だろ!?奇跡じゃなくて必然だ!」
ポンポンと繰り広げられる悪口の応酬に、ボクは思わず見惚れてしまった。
「凄いなぁ、ルビィさん。兄さん相手にこんなに言い合える人って珍しいよ。」
ボクの言葉に、ルビィさんが慌てたように振り返る。
「え、嫌だアルフォンスったら。変な言い方しないでよ。」
「確かに女でここまで口の悪いのも珍しいよなー。」
「なによ、ミジンコチビなくせに口が悪かったかつてのあなたよりマシでしょう?」
「ミミミミ、ミジンコチビだと!?いくら昔の事だってな、言って良い事と悪い事が…!」
「二人とも、ストップ!それじゃ話が進まないよ。」
笑いながら言うボクに、二人はハッとしたように顔を見合わせて。
そのタイミングがピッタリ同じだったから、ボクは思わずまた笑ってしまう。
そんなボクを見ながら、二人は憮然とした顔をしていた。
それからボクらは、ルビィさん、じゃなくてルビィに今までの事を説明した。
ボクが元に戻れた変わりに記憶を無くしたこと。今はまた別の目的で旅をしていること。
ルビィは神妙な面もちで話を聞いてくれた。
「そうだったの。…前の時も思ったけど、あなた達って波瀾万丈ね。」
ふう、ルビィが肩から力を抜く。話を聞いてくれてる間、緊張していたのかもしれない。
「波瀾万丈ねー。お前だって人の事言えないだろ。」
「お言葉を返すようですけどね、まあ昔は色々大変だったけど、今この街は落ち着いてるわよ。」
見て分かるでしょ?と言うルビィの言葉に、ボクらは頷く。
街は活気があるし、会った人達はみんな笑顔だった。良い街だと素直に思う。
「一度は滅茶苦茶になった街だけど、あれから何度もみんなで話し合ったわ。
レイゲンは確かに悪人だった。でも決まり事全てが悪法って訳でもなかった。
だから少しずつ悪い点を改良していったの。最初の頃は混乱もあったけど、今は順調に動いてると思う。」
例えば、財源が宝石しかない点は変わらないのだから、一番報酬があるのは石切場で働く者達というのは変わらない。
だが職業によっての差別はなくなった。この街で暮らすもの達が助け合わないといけない事に、みんなが気付いたから。
一切余所者を受け入れない、という姿勢もやめ、他の街の商人も出入りするようになった。
宝石を狙うならず者はまだいるから、門番が武装する事や出入りする者をある程度制限する必要はある。
それでも以前に比べれば格段の進歩だろう。
「これからもっと良くなるわ。この街は変わったんだから。」
そう言ったルビィの顔はとても凛々しくて、アルフォンスは尊敬の念を抱く。
彼女が言うならきっと実現するだろう、そう思わせるくらいに力強い言葉だった。
ウィスタリアの街は、窪んだ谷の中にある為日が暮れるのが早い。
ここに辿り着くのにも一日かかった事もあって、今晩は泊まって明日早朝旅立つ事に決めた。
やはり以前使わせてもらったという空き家だった。一晩過ごすには充分な家具や設備が残っている。
荷物を置いて庭に出てみる。小さな箱庭はそんなに手入れはされていないが、荒れ果てたという感じはなかった。
どうやら外部の人が何かの時に泊まれるように、簡易宿泊所として使われているらしい。
水は水路からって言ってたっけ。明るい内に汲んでおこうかな。
そう思いバケツを手に取ったところで、名前を呼ばれて振り向く。門の所で手招きしていたのはルビィだった。
どうしたのと声を掛けようとして、ルビィが口元に指を当てた。内緒で出てきて欲しいという事だろうか。
少し迷ったけど、もう少し彼女と話をしてみたいと思っていたので、ボクは家の中にいる兄さんに声を掛けた。
街を見てくるよ、と言ったら慌てたようにオレもと言われたけど、一人で行って来るとさっさと出てしまった。
ちょっと兄さんに悪いかなと思ったけど仕方ない。門で待つルビィの後を付いていく。
彼女が立ち止まったのは、街の中をクネクネと走る水路の脇にある小さなスペースだった。
少し大きくカーブした水路の窪みには野花が咲き、優しい雰囲気を漂わせている。促されて彼女の横に座り込んだ。
ルビィは真っ直ぐ前を見て黙ってしまった。何か話があったんじゃないのかな。
声を掛けようか迷っていると、ルビィが小さな声で「アルフォンスは、」と零した。思わず彼女の顔を見る。
「アルフォンスは、今幸せなのよね?」
聞かれた事の意外性に、ボクは目を丸くした。そういう事を聞かれるなんて思わなかったから。
その言葉の意味を考えてみる。今のボクが幸せかどうか。
ボクは兄さんと旅をしている。相変わらず過去の事は覚えてないし思い出す気配もない。
でもこの1年程の旅で、兄さんとの新しい思い出もたくさん作れた。
兄さんと再会する前だって、記憶が無いという葛藤は抱えていたけど、不幸だったわけじゃない。
周りはみんな優しくて、ボクもみんなが大好きで。今思い返すと何て幸せな日々。
幸せか、とそう聞かれれば…。ボクの答えは一つしかない。
「幸せだよ。」
今も昔も、これ以上ない程に。その答えを聞いてルビィがボクを見た。そしてにっこりと笑う。
綺麗な笑顔だったけど、どこか寂しげにも見えて。ボクは少し戸惑った。
「ルビィ?」
不思議そうに名を呼ぶボクに、ふいっとルビィが視線を反らす。
「ごめんね、変な事聞いて。でもその言葉が聞きたかったの。」
「え…。」
「アルフォンスに迷いがないって、後悔なく旅をしてるんだって聞かないと、諦めがつかないから。」
「ルビィ…。」
「…もし、もう一度アルフォンスに会えて。その時少しでも不幸そうだったら、引き留めようと思ってた。」
水路をじっと見詰めるルビィ。彼女がどんな想いからその言葉を言ったのか、何となくは分かったような気がした。
失ってしまった過去に、ボクらはどんな風に出会って、どんな話をしたんだろう。
その時のボクは、ルビィをどう見ていた?どんな存在だった?
ーもうボクには…、思い出す術がない。
「…アルフォンスは、私の恩人だから。貴方がいなければ私は盲目のまま、間違いを犯してた。」
だから幸せになって欲しかったの。そう言って彼女はもう一度微笑んだ。
その笑顔はもう寂しげな影は消えていて、その事に胸が痛む。
ルビィは強い。気丈な女性なんだ。その強さにボクは甘えるしかない。
もうすでにボクの道は決まっている。兄さんの手足を戻す為、兄さんと共に歩くと決めた。
ここに留まる事は出来ないのだから。
「ルビィ、ボクは大丈夫だよ。だから君も幸せになってね。ボクも君に幸せになって欲しい。」
傍にはいられないけど、心からそう思う。それが単なる自己満足でも。
遠く離れていても、君の幸せを願うよ。
ボクの言葉にルビィは一瞬目を見開いて、それからありがとうと笑ってくれた。
優しく、そして全てを受け入れたその綺麗な笑顔に、ボクの中の何かが救われた気がした。
翌日。早朝の旅立ちにも関わらず、見送りに来てくれた人達と別れの挨拶をした。
ルビィは昼食用にとサンドイッチを作ってくれたので、ありがたく受け取る事にする。
「アルフォンス、エドワード。握手してもらっても良い?」
「うん、喜んで。」
ボクは進んで手を差し出した。ルビィの言葉に兄さんも驚きながらも握手をしている。
そしてルビィが満足そうに微笑む。
「二人とも、旅を終えて定住する事になったら知らせてね。」
「…良いけど、いつになるか分からないよ?」
「構わないわ。いつになっても良いから絶対に教えて。今度は私が二人に会いに行くから。」
「え…。」
「二人はこの街にとって、私達にとって恩人よ。今回は会いに来てくれて本当に嬉しかったの。」
だから次は私が二人に会いに行くわ、歓迎してくれる?とルビィが朗らかに言う。
その言葉に驚いて、思わず兄さんと顔を見合わせた。そして二人で彼女に向き直す。
「もちろん大歓迎だよ!その時は絶対に知らせるからね!」
「女の一人旅かよ。危ないから止めとけって言いたいけど、ルビィなら大丈夫だな。」
「あらエドワード、それってどういう意味かしら。」
「そのまんまの意味じゃねーの?」
「…ほんっと、二人って息がピッタリだねぇ。」
しみじみと言うと、二人は揃ってボクを見て「「冗談!!」」と叫んだ。
そのあまりのタイミングの揃い方に、お互いを見て、プイっとそっぽを向く。
そんな所まで似ていてボクは笑ってしまった。やっぱりこの二人は良く似ている。だから反発しちゃうんだろうな。
兄さんといいウィンリィといいエレナといい、ボクの周りはこのタイプの人間ばかり集まるらしい。
弱いタイプの人に振り回されて不幸なのか、好きなタイプの人に囲まれて幸福なのか。
どちらかと聞かれればー、やっぱり幸せなんだろうと思う。
こうしてボクらはみんなに見送られながら、ウィスタリアの街を後にした。
隣町でちょうど発車寸前だった夜行列車に飛び乗り、今度は東部に向かう事にする。
列車の中で兄さんは無口だった。歩き通しだったから疲れたのかなと思っていると、兄さんがポツリと口を開く。
「なあ、アル。」
「なに?兄さん。」
「…お前さぁ、あの街に残りたかったんじゃないのか?」
その言葉に驚いた。無口だったのは、そんな事を心配してたんだろうか。
「もし、ボクが残りたいって言ったら、兄さんはどうするの?」
ちょっと意地悪な質問かなと思いながらそう聞くと、兄さんはウッと詰まった顔をした。
「それは…、お前が残りたいって言うなら…。」
ボソボソと言う兄の眉間には皺が寄っていて、不機嫌というよりどこか辛そうな顔だった。
その事に少しだけ安堵するボクは性格が悪いなと思いつつ、兄さんにキッパリと告げる。
「あの街は素敵だと思うけど、今のボクの望みは兄さんといる事だよ。」
ボクの言葉に兄さんは、そうか、と呟いて嬉しそうに笑った。
いつかー、兄さんの手足を取り戻したら。ボクらの旅は終わるのかもしれない。
だけどその後も、兄さんと一緒にいられたら良いと思う。それが今のボクの、本当の望み。
どうしてここまで兄さんに執着するのか分からない。
一度離れてしまったせいなのか、記憶を無くしてしまったせいなのか。そのどちらもなのか。
旅を終えた先、もしかしたら兄さんとの道も別れるのかも知れなくて。
そんな未来なら来なければ良いと思うボクは、どこか可笑しいのかもと思う時がある。
それでも今はこの旅を続けよう。兄さんの手足は、きっとボクが取り戻してみせる。
車窓から流れる景色を見ながら、ボクは誓いを新たにした。
サイト3周年御礼企画。リクエストはRinRinさん。
リク内容は「記憶喪失の続き」でした。
一応終了した話の続編はお受けしない予定だったのですが。
今回は閉鎖前最後のリク企画という事もあり、出来るだけチャレンジする予定でした。
「偽り〜」の続編は前にも希望のお声を頂いていたので、私も書きたかったですし。
ただ、小説版の設定をお借りしたのは、苦手な方もいらっしゃったかも知れないので
その点は微妙なんですが。旅を続けてる兄弟が誰かに会いに行く話しにしようと思った時、
思いついたのがルビィでした。
トリンガム兄弟もチラッと浮かんだのですが、どっちにしろ小説版ですね(苦笑)。
RinRinさん、長くお待たせする事になってしまい申し訳ありませんでした!
話自体もちょっと長くなったので、遅筆になってる中更に時間がかかってしまいました;
少しでも気にいって頂けたら嬉しいです!