狗も喰わない・・・

















『兄さんなんて知らないんだからっ!!』



その時アルフォンスは怒っていた。怒りの矛先は彼女の兄

喧嘩をして家を飛び出したのは、もう1時間も前の話だ





アルフォンスとその兄エドワードが、長い旅の末に失った体を取り戻して早半年

取り戻したといっても、本来なら弟だったはずのアルフォンスの体は何故か女性体であった



最初の頃はその事に戸惑い、なかなか慣れなかったアルフォンスだったが、

それでも血の通い呼吸をする、当たり前の人としての体に戻れた事が嬉しかった


だから自分的には今の体でも問題無しなのだ。これからを女性として生きていく覚悟だってとうに出来ている



それを良しとしなかったのは、兄一人

元の体を取り戻せなかったと悔やみっぱなしの兄は、「絶対、お前を元の体に戻すからな!」と言ってきかない

いくらこの体でも構わないから、と言っても絶対納得しないのだ

挙げ句の果てに、女の子の体という事もあって妙に過保護になってしまった



危ない事はするな、一人でどっか行くな、危ないだろうが!

・・・兄というより、親ばか親父のようだった



まあ兄を弁護すると、錬成後暫くの間熱を出しやすかったり、慣れない体で怪我をしたりと

周りを慌てさせた事もあるので、過保護になるのも少しは解るのだが・・・





そんなこんなで兄とセントラルに暮らし初めて半年。流石にアルフォンスも体に慣れ、一通りの生活が送れるようになった

そこで前々から考えていた事を兄に話してみたのだったがー



『兄さんの馬鹿。ちょっとくらい話を聞いてくれたって良いじゃないか』

公園のベンチに腰掛けながら、アルフォンスは少し途方に暮れた

知らず溜め息が洩れる



「そんなに駄目かなー。僕も国家錬金術師になるって」

小さく呟きながら出るのは、またしても溜め息





エドワードはまだ国家錬金術師の資格を返上していない。それはアルフォンスを男性体に戻す為だ

半年前の錬成のどこがおかしかったのか。何故アルフォンスが女性体になってしまったのか

その事を調べる為に、セントラルに居を構えて日夜研究に余念がない



以前とは違い、アルフォンスは兄が国家錬金術師でいる事を悪い事とは思っていなかった

今一番の目的である、アルフォンスを男性体に戻す、というのは諦めて貰って構わないのだが、

何だかんだ言って錬金術師として研究に没頭するのに、国家錬金術師ほど最適な職業は無いし、

今は内乱も治まって、戦場に駆り出される心配も無い


軍の狗と呼ばれる事は悲しいけど、軍属になっていてもその研究成果を差し出してさえいれば

何もまったく一般人の為に術を使ってはいけない、という事も無いのだ

現に今までだって、そうして来たのだし



だからこそ、今度こそ、自分も国家錬金術師の資格を取りたかった

そうして自分の為に頑張ってくれている兄の手助けをしたかったのだ





「アル」


自分を呼ぶ聞き慣れた声に思わず顔を上げる

すると、ほんの少しだけ離れた所からゆっくりと近づく兄の姿が見えた

自分の考えに没頭していたアルフォンスは、いつもならもっと早くに気付くはずの兄の気配に

まったく気付かなかった事に内心舌打ちした



「そろそろ帰るぞ」

そのまるで駄々っ子に言うような言葉と響きにカチンとする



「僕、帰らないよ!話も聞いてくれない兄さんなんか知らないっ!」

ふいっと横を向くと、思わずそんな言葉が出てくる



自分でも素直じゃないなとは思うのだ。兄さんが迎えに来てくれた事は嬉しいのに

だけど、自分だって一生懸命考えて決心した事だった。半端な気持ちじゃない



「お前なあ…」

そんな呆れたような兄の声。その途端



「や、何!兄さん何するのさ!?」

何とエドワードはアルフォンスの体を軽く持ち上げると肩に担いでしまった

そうして落とさないように右手で体を、左手で足を押さえる



「良いからとにかく一旦帰るぞ」

「いやー!兄さん横暴!!離せ降ろせー!!」

ジタバタと藻掻きながら兄の背をバンバンと叩く



「おい、暴れるなって!落ちるだろ!」

「落ちた方がまだいいよっ。こんなの嫌だ!離せってば、この変態スケベっ!!」

「言うに事欠いて、何だその変態スケベって!…いいから、アルっ!」

自分を呼ぶ声の真剣さに、ピタリと動きを止めたアルフォンスが項垂れながら話した



「だって今のままじゃ、僕、兄さんの足手まといにしかならないじゃないか・・・」

「アル、お前が足手まといだなんて誰が言った?今のままでも充分俺を支えてくれてるじゃないか」

「…だって兄さんは僕を男性体に戻す為に研究を続けてるのに、その当事者である僕が研究には携われない。

 旅をしていた時と違って、軍の研究施設になんていくら身内でも入れないもの。

 ただ待っているしか出来ないなんて…。そんなの嫌だよ。僕も兄さんの役に立ちたいんだ」

「アル…」

「兄さんが僕に国家錬金術師になって欲しくないのも知ってる。僕の体を心配してくれてるのも解ってる。

 それでも僕は兄さんと一緒にいたいんだ。兄さんを支えるのはいつだって僕で在りたいんだよ」


あ、やばい。何だか涙が出そう。こんな所で泣きたくなんかないのに

そう思っていたら、兄さんが何だか大きな溜め息を付いた



「あー、信じらんね。何て殺し文句だよ…」

え?何、殺し文句って?不思議に思っていると兄がやっと僕を地面に降ろしてくれた

改めて向き合った兄の顔が、少しだけ赤く染まっているような気がするのは気のせいだろうか?



「アル、お前の気持ちは解った。それとさっきは頭ごなしに叱って悪かったな」

「え、兄さん。それじゃ…」

「ただし、国家錬金術師になるのはなし!」

「えー?」

「えー、じゃない。その代わり…、俺の助手として施設に入れるように頼んでみるから」

その言葉でアルフォンスの顔が見る見るうちに笑顔になった



「ねえ、本当?兄さん約束だよ?」

「俺がアルに嘘言った事があったかよ」

「そうだね、信じてるよ兄さんっ!」

そう言うとアルフォンスは兄の腕に自分の腕を絡めた。端から見ると紛れもなく恋人同士にしか見えないだろう

無邪気なアルフォンスの様子に、微かに苦笑いしたエドワードがぽつりとこぼす



「傍にいて欲しいのは俺の方だよ」


「兄さん、何か言った?」

「いや、別に」

不思議そうに見上げる少女の頭を乱暴に撫でると、もう、髪がくしゃくしゃになっちゃうでしょ!と言いながら楽しそうに笑う



「あ、でも兄さん。僕本当にこのままの体でも良いんだよ?」

「それは駄目。お前はちゃんと本来の姿に戻るんだ」

「本人が良いって言ってるのに。別に不便もないし慣れたし、悪いもんでもないんだけどなー」

「お前がそのまんまだと、俺がヤバイの」

「何それ?」

兄の台詞の意味が解らずキョトンとするアルフォンスに、いーから帰るぞ、と促した




嬉しそうに頷くその様子の愛らしさに、エドワードは自分の理性の限界を感じ始めるのだった




















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