熱-ほてり-
アルが風邪をひいた。体を取り戻してから初めての病気だ
高熱が続くし、咳も酷いし。俺は気が気でなくて
朝から晩までアルに引っ付いて看病の日々を送った
最初は水分を摂る事すらやっとだったけど、何とか熱も下がり始めたアルは食欲も出てきて
アルほどは上手に作れないけど、俺が用意したオートミールや摺ったリンゴを食べられるようになってきた
こうなると回復も早いだろう。俺は内心ホッと胸を撫で下ろしていた
それでも時々苦しそうな咳をする時があって。その度にアルの背をさすってやる
代わってやれたらいいのに。何度そう思った事か
アルは体を取り戻してそう間もないんだぞ。体力だって完全じゃないんだ
二人ともちゃんと気を付けてたつもりだったけど、それでもひく時はひくんだよな
でも咳も、まだ苦しげなものだけど、最初の頃の息も出来なさそうな酷い咳ではなくなっていた
ようやっと止まった咳に、アルフォンスがホッとしたような息を吐く
喉が痛いだろうと思ったので、俺は水を飲まそうとアルフォンスの顔を覗き込んだ
それがある意味失敗だった
涙がこぼれ落ちそうに潤んだ瞳
少しだけ苦しげに顰められた眉
濡れてぷっくりとした唇と、時折覗く赤い舌
蒸気した頬はリンゴのように赤い
…俺、最低かも。病人相手になんて事考えてるんだ
あー、でも何でこんなに色っぽいんだよ!
マジで可愛すぎるって!可愛いなんて言ったら怒るけど実際そうなんだから仕方ないだろ
その真っ赤なホッペ見るとつい舐め回して食べたくなる。食いてー、今すぐ食いてー
いやだからそーいう事考えてたら駄目だって。余計な所に熱が集まってくるし
ってかすでにもうヤバイ気がする。駄目だ他の事考えなきゃって、無理だ。目の前のアルで頭は一杯だ
大体好きな相手のこんな姿を見て、平常心を保てるヤツなんているのだろうか
いないよ、いない。そんなヤツ男じゃないね。男として終わってる。不能だ無能だ
俺はまだ若いんだ。どっかの誰かとは違うんだ。アルからお許しがあれば一日中だって何なら毎日だって…
…マジやばい。本気でやばい。俺ピンチ
流石に病人に手を出したら駄目だろ。悪化させたらどうするんだ
あんなにキツそうだったのが、ようやっと少しだけ良くなったんだから。長引かせたらアルが苦しむだろ
だけど苦しそうな表情が色っぽいんだもんなぁ。罪作りだよなぁ
「兄さん…?」
「うわっ!」
呼びかけた途端ビクリと体を震わせて、慌てたように返事する兄に、アルフォンスは不思議そうな顔をする
「ごめん。何だかビックリさせちゃった?」
「い、いや良いんだ。ちょっと考え事してただけだから!それより喉痛いだろ?」
内心の動揺を悟られまいと平然を装って水を差し出すと、アルフォンスは素直に受け取りゆっくりと水を口に含む
そしてふうっと溜め息を吐きだした
必要なくなったコップを取ろうと手を差し出すと、アルフォンスがじっと俺を見詰める
その心の奥まで見透かされそうな大きな目に、先程まで疚しい事を考えていた身としては何だか落ち着かなくなってくる
「ええと、アルフォンスさん。何か兄ちゃんに頼みでもあるのかな?」
恐る恐る切り出すと、アルはううん違うんだよ、と慌てたように首を振った
「大した事じゃないんだけど…」
ちょっと言い淀むアルフォンス。それでも一呼吸置いて話し出した
「体を取り戻して初めて体調崩したでしょ?何か柄にもなく不安になっちゃってさ。
でも兄さんがずっと傍にいて看病してくれたから、凄く心強かったんだ。
だから…、ありがとう」
そう言ってアルフォンスは小首を傾げて照れくさそうに笑った
その姿に、エドワードの何かが外れた
「兄さ…」
体を引き寄せ抱き寄せて、その唇を塞ぐ。言葉の余韻はお互いの口内に溶けた
熱の為にいつもより熱い舌を引きずり出し、思う通りに蹂躙する
上顎をなぞると、閉じこめた体がビクリと震えて俺のシャツの裾を握り締める
その弱々しさすら堪らなく愛おしい
名残惜しげにアルフォンスを解放すると、何度も息を吐きながら力を失った体がエドワードにもたれ掛かる
弟の重みを受け止めゆっくりと背中をさすると、アルフォンスの呼吸が少しずつ整ってゆく
…本当はもっともっと触れたかった。キスだけではなくその先まで
すでに知り尽くした体をもっと暴きたかった
それを何とか残っていた、なけなしの理性で押し留める
「ごめん、いきなり」
「…謝らなくていいよ」
「うん、キスした事は謝らないけど、でも疲れさせちゃっただろ。…もう一眠りしろよ。次起きたらもっと良くなってるから」
「兄さんも少しは休んで。ここ数日ろくに寝てないでしょ」
「ちゃんとお前が寝てる時に俺も寝てるよ。心配するな」
やっと寝ようとするアルフォンスを支えながら、ベッドへと横たえる
その体に布団をかぶせると、頬や髪を撫でる。その感触に身を委ねたかのようにアルフォンスが静かに目を閉じた
「おやすみ、兄さん…」
そんな小さな声と共に、アルフォンスの意識はゆっくりと眠りへと引き寄せられて、やがて安らかな寝息が聞こえてくる
だいぶ回復してきてるんだ。今夜ぐっすり眠れれば、明日はきっと良くなっているだろう
だけど、それにしても
「危なかった…」
心底からの呟きが、つい口から洩れてしまう
あそこで手を出してアルの状態が悪くなっていたら、なんて考えたくもない
あー、でもな。限界が近いのは確かなんだから
「風邪が治ったら手加減無しだ」
兄の密かな決意を知らずに、アルフォンスは久し振りの深い眠りの中にいた