どうして貴方だったんだろう
たった一人、失えないと思えたのはー
必然
「どうして…」
「…アル?」
自分の思考に囚われていた僕がふと漏らした小さな呟きを、兄は聞き逃さなかった
情事の後の気怠さのまま、ベッドの上で胡座をかく兄の足を枕に横たわっていた僕は
視線を上げて兄を見上げて微笑んだ
「どうして兄さんだったんだろうって考えてた」
そう言うと兄は不思議そうな顔をした。それに苦笑しながら僕は続ける
「この世界にはたくさん人がいて。大好きな人達もいっぱいいて。
それなのに愛しいと心から思えるのは兄さんだけだなんて。どうしてだろうって」
そっと下から延ばした手が兄さんの手に捕らわれた
そのまま捕まった僕の手ごと頬に擦り寄せたりするから、
そうした時の兄さんの顔はとても綺麗だから、なんだか切なくなって、困る
貴方の温もりをこうして感じて
貴方の熱を毎夜受け止めて
欲しいと思うのも欲しがって欲しいと思うのも兄さんだけで
他の誰にもこんな感情は抱けなくて
たった一人、自分でも貪欲な程に求めるのが、どうして兄さんなんだろう
こんなにも愛したのは何故なんだろう
その時、兄が捕まえた僕の掌にキスをした
そのままゆっくりと舌を這わせられて、僕は小さく震えた
指と指の間を舐められて、指先まで嬲られた時には堪えきれなくて声が出る
そんな僕を兄は嬉しそうに見詰めている
やっと兄が口付けを止めた時には、僕は少しだけ荒い息を吐いていた
「どうしてとか考えても仕方ないだろう?」
兄が優しく僕の髪を撫でながら言った
「理由を無理矢理に付けたら付けられるのかも知れないけど。
そんな必要は無い。俺はアルがアルだから愛しい、ただそれだけで充分だよ」
優しい言葉。耳に心地よい兄さんの声
こんな風に二人で居る時、兄さんの表情がこんなにも柔らかい事なんて、誰も知らない
僕だけが知る兄さんの顔
「そうだね。僕も兄さんが兄さんであれば、それだけでいい」
きっとそう言う僕の顔は、恍惚とした表情をしていたかもしれない
目の前の兄の姿が愛しくて愛しくて、光り輝くように眩しくて、僕は目を細めた
本当は理屈なんて考えなくて良いものなんだろう、こういう事は
だってこうして触れるたび、その姿を見るたびに、何度も貴方を好きになっていく
もう今だって頭の先から足指の先まで、兄さんでいっぱいで苦しいほどなのに
それでも一秒ごとに想いが募っていく
不思議だけど、不思議なまま謎のまま、分からないでも良い事だってあるのだろう
好きの気持ちは見えないけれど、確かに僕の胸の中に存在しているのだから
こうして二人でいる時、どうしようもなく幸せで
抱かれていると触れた所から伝わる熱が、生きている事を実感させてくれる
大好きな人はたくさんいて。幸せになって欲しいと願う人達もいて
それでも失えないと、そうなったらきっと気が狂うと思うのはたった一人
兄さん、貴方だけなんだ
人から見れば間違っていると非難されるのかもしれないけど
僕らはまた禁忌を犯しているのかもしれないけど
それすら、もうどうだっていい
神にならとうに見放されている僕達だ
地獄へなら堕ちたって構わない
だって堕ちるなら兄さんと一緒だから
二人いられるならきっと、どんな所だってそこが天国になる
「愛してるよ、兄さん」
そう言うと、嬉しそうに兄が笑った
貴方のその笑顔が、好き
好きになった事。どうしてではなくて、それはきっと僕らにとっての必然