いつからだったろう、この想いは

いつからだったろう、貴方を愛したのは



許されるはずもないのにー













悲愛



















兄さんと共に無くした体を取り戻して、セントラルに居を構えて暮らし始めて1ヶ月

表面上は穏やかな暮らしを続けていた

だけど僕は気付いていた。兄さんが僕を見る眼差し

今までの様に慈しむような瞳の中に、時々影が過ぎる事を



僕は知っていた。その影の意味を

だけど駄目だよ、兄さん。それだけは駄目なんだ

僕らが僕らのままいられる為に





そう、思っていたのに

















「アル、話があるんだ」

いつもの昼下がり。いつものようにお茶を飲みながら他愛のない話の中で

兄が話を切りだした

その言葉の常にない堅い響きに、僕はギクリとする



「…何、兄さん」

その先を知っている気がしたけど。聞くべきではないという気がしたけど

まだ何も話していない兄さんに、聞きたくないなんて言えるはずもなくて



「俺な、体を取り戻す事が出来たら、こんな風に普通に暮らせるようになったら、

 お前に伝えたいと思っていた事があるんだ」



兄は真っ直ぐに僕を見ながら話した。その強い眼差しから目を逸らせない

心臓が早鐘のように鳴り響いて煩い



「ずっと前から言いたかった。でも言えなかった。アル、俺はお前がー」

「兄さんっ!!」

僕は堪らず目を逸らし、兄の言葉を遮った



「それ以上言わないで」

そう言うと兄はハッとしたように息を飲んだ



「お前…、いつから気付いてたんだ」

兄の声は鋭く、怒りも混じっているようだった。当然だけれど



「気付いていて、黙っていたのか」

兄が僕の腕を掴む。痛いくらいに

その痛みよりも何よりも、この状況が辛くて、僕は顔を顰めた



ああ、もう駄目なのだろうか。きっと元の僕らには戻れない

ならばせめて、兄を自分と同じ世界に引きずり込むような事にだけはならないように

貴方だけは、日の当たる温かな世界にいて欲しい

その為だったら僕はー



「気付いていたからどうだって言うの」

その声は意図した通りに冷たい響きを持って言葉になった



「実の兄が、実の弟に、普通じゃない想いを抱いてるって。そんな事に気付いたからってどうしろって言うの。

 僕の勘違いだったらと思っていたけど…、どうやら違ったみたいだね。

 兄さん、正気なの?僕らは兄弟で男同士なんだよ?そんなの受け入れられるはずもないだろ。

 だから黙ってたんだ。責められる謂われはないね」

何とか声は最後まで震えなかった。冷たく侮蔑を含んだ言葉

僕が兄さんにこんな事を言う日が来るなんて



「それがお前の答えか」

兄の声は冷静だった。もっと怒りで震えるかと思ったのに

怒って殴ってくれたら良かったのに



「…そうだよ。こうなった以上、もう一緒には暮らせないね。僕はこの家を出ていくから」

そうだ、これでいい。だけど本心はまったく逆の事を叫んでいた



離れたくなんかない。いつだって傍に居たい。貴方を見ていたい

だからこそ、少しでもこの瞬間を先延ばしにしたかった



心の奥底では、良いじゃないかと何かが囁く

本当はどうでも良いんじゃないのか。世間がどうのとか、兄の名誉とか

何も考えず二人だけでいられるなら、それで構わないはずだろう

兄の想いを受け入れてその身をさしだして

そうして兄を自分だけのものに出来るのなら、それで満足のはずだろう

兄を自分の所まで引きずり降ろせ。一生離れられないように



それは認めたくない、認める訳にはいかない。だけど僕の本音

心の奥底の、ドロドロとした僕の本性

それを必死に閉じこめる。兄を破滅へと追いやる僕の本性を





「…荷物、纏めるから。手を離して」

いつまでも僕の腕を掴んで離さない兄の手。痛くてもその温もりが愛おしかった

それでも離せと言わなくてはいけないの。どうして



「アル。本当の事を言ってくれ」

そう言った兄の声は、不思議なくらいに落ち着いていた



「本当の事って何を」

その落ち着きが恐かった。どうしてそんなに平然としているの



「さっきお前が言った事。お前の本心じゃ無いだろう」

「本心だよ。僕は兄さんの気持ちには答えられない」

「だったら」

一旦言葉を切ると、兄はもう片方の僕の腕も掴み、顔を近づけて問いかけた

「だったら、何故そんな辛そうな顔をする」

その言葉に僕は唖然とした



「お前、言葉と表情が合ってないぞ。実の弟に想いを寄せる兄を軽蔑する顔じゃない。

 俺を軽蔑して家を出ていくと言うなら、何でそんなに泣きそうな顔をしてるんだ」



僕は、どうして

言いたくない言葉で傷つけたくない人に酷い事を言って。なのに

お願いだから兄さん。僕の嘘に騙されてよ。僕の嘘を見抜かないで



知らず、涙が零れていた。



「知らない!僕がどんな顔をしてたかなんて知らない!さっき言った事が僕の本心だ!!」
兄の腕から逃れようと、僕は闇雲に暴れた

「だったら何故泣くんだ、アル!」

「泣いてなんかない!離せよ!僕はここを出ていくんだから!」

「アル!!」

怒鳴り声と共に、僕の体は兄の腕の中に閉じこめられる。そうして一切の動きを封じられた

温かな兄の腕の中で、僕は、止めようもない涙を流していた



「何年一緒に居たと思ってるんだ。どれだけの時間を過ごしてきたと?

 お前の嘘なんて俺にはすぐ分かるよ」

兄の声は穏やかだった。抱き締める腕に力がこもる



「ど…して分かってくれないんだよ…。僕らは兄弟なんだよ…?

 兄さんは大丈夫だから。僕がいなくても生きていける。だから駄目だ、駄目なんだよ、兄さん」

頭の中はすっかり混乱していた。ただ駄目だという思いだけが渦巻いていた。

今ならきっと引き返せる。兄にだけは引き返して欲しい

自分には無理だけど。だって僕はきっと貴方がいなければ



心が、干涸らびて死んでしまう





「無理だ」

その時、僕を抱き締めたまま、兄さんはキッパリとした声で切り出した

「お前がいないのに生きていても意味がない。確かに生きてはいけるかも知れない。

 でもそんなのただ生きてるだけだ。死んではいないというだけだ。

 お前の存在が無ければ、呼吸ひとつにさえ意味がない。

 愛している、アルフォンス。ずっとお前だけを」



それはどんなにか欲しかった言葉。でも聞いてはいけなかった言葉

僕だって伝えたかった言葉だった



「アル。お前が何を思ってあんな風に言ったのか、少しは解っているつもりだ。

 だけどそんなもの気にしなくていいって言ったら怒るか?」

兄の言葉を、僕はただ呆然と聞いていた



「俺にはアルが居てくれたらそれで良い。周りが何と言おうと構わない。

 だからお前も俺を選んでくれ」

強引な言葉だった。僕の今までの苦しみすら受け付けない、兄らしい強引さだった。



その強さにいつだって惹かれていた



いけないという思いは未だ胸の中に燻っていたけれど。それでも

だって僕だってー



「とっくに選んでいたよ・・・」

ポツリと零した僕の言葉に、兄さんは腕の力を弱め、腕の中の僕を覗き込んだ。

見詰めてくる兄の姿に、微笑を返す



「だからこそ兄さんには僕と同じ道を歩いて欲しくなかった。日の当たる場所にいて欲しかった。

 その為だったら、何でも出来ると思っていたのに・・・」

その思いは今でも変わらないのだけど



「日の当たる場所なんていらない。アルと一緒にいられるなら、暗闇だろうと何だろうと俺には変わりない。

 どんな事があっても、俺はアルを手放せない。それはアルにとって辛い事かも知れないけど」

兄の言葉に、僕は小さく頭を振った


「辛くなんてないから、離さないで」

そう言うと、僕は真っ直ぐに兄を見た。

ずっと言ってはいけないと、自分の中で封印していた言葉。だけど言いたかった言葉



「兄さんが好き。貴方を愛しています」

その一言に今までの想いを全て込めた。そっと兄の背中に腕を廻す

そうしてさっきよりももっと強く激しく抱き締められた



兄が顔を埋めた肩口辺りから、温かい濡れた感触が伝わる

それを感じて、僕もまた泣き出していた



今まで言えなかった想いがようやく解放された涙だった



















僕は弱かった。最後まで強くはいられなかった

兄の為なら、きっと最後まで強くなくてはいけなかったのに

そうして拒まなければいけなかったのに



本当にこれで良かったのか、それは分からないままだったけど



それでも貴方が僕を望んでくれるなら


それだけで良いから。他に何も望まないから




僕をずっと、貴方の隣にいさせて下さいー























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