平行線
「アルフォンス、好きだ」
いつものように、当たり前のように、愛の言葉を口にする兄
そんな兄を、僕はやや呆れたように見返した
「兄さん、いい加減に諦めないの?」
読んでいた本を閉じ、溜め息をつきながら言う。それでも兄は平気な顔だ
「諦めたりするわけないだろ。何年越しの想いだと思ってる」
腕を組み、口の端を上げながら平然と言う兄
やだな、こんな表情。似合いすぎてて嫌だ
「威張って言うような事じゃないと思うんだけど…」
だってこっちが本当に単なる兄弟として接してくれていると思っていた子供時代や
触れる感触すらなかった鎧時代にも、兄がそんな風に僕を見ていただなんて
そんな事を体を取り戻してからずっと聞かされ続けてる僕の身にもなって欲しい
「俺にとっては威張れる事だ。ずっと脇目も振らずにアル一筋だぞ。けなげだろう?」
「自分で言っちゃう辺り、全然けなげとは程遠いね」
大体、兄さんにそんな言葉、見事に似合わないし。対極の位置にいるし
「前から言ってるけどね。僕は兄さんを家族としては大好きだし尊敬してる。
だけど兄さんと同じような意味で、兄さんを好きになる事はないよ」
「そんなの分からないだろ。今は違っても将来の事なんて誰にも分からないじゃないか」
「普通の男女間の事ならね。でも僕らは兄弟で男同士だ。ありえない」
「でも俺はお前を好きになった。だったらお前が俺を好きになる確率だってゼロじゃない」
ああ言えばこう言う。兄と説弁合戦しようとしたって、所詮無駄な事か
無駄に頭だけは良いんだから
「それで?そのゼロじゃない確率に望みを残して、来るかどうか分からない未来を待つの?
諦めて新しい道を目指した方が、よっぽど建設的だと思うんだけど」
「だから俺は諦めないって。お前のいない新しい道なんて俺には何の意味も無いからな。
それよりお前こそ、そろそろ諦めて俺の気持ちを受け入れてみないか?」
「嫌だね。何で僕が諦めるのさ。いくら言われたって僕の気持ちは変わらないよ」
僕は兄を正面から見ながら言った
「僕は兄さんが大事だよ。誰よりも幸せになって欲しいと思う。
でもそれはたった一人の家族として、今まで苦労した兄さんにはもう苦しんでほしくないからだ」
真剣に言う僕を、兄も黙って見ていた
「いくら兄さんが僕を望んでも、僕は答えられない」
いっそ挑むような目で僕はハッキリと言った
言い切った僕に兄は無言で近づいてきた。見た事の無いような無表情な顔で
ハッとして立ち上がろうとした僕を、兄は両手でソファに縫い付けた
「…今はそれでもいいさ」
座った僕を体でソファに封じ込めて、上から鋭い眼差しで兄が見下ろしてくる
「でもいつか絶対俺を好きだと言わせて見せる。俺にはお前しか必要ないんだから」
言いながら兄が僕の顎を掴んだ。近づいてくる端正な顔。見慣れたはずの兄の顔
何をしようとしているのか、分かっているのに。僕は咄嗟に振り払う事も兄を殴って逃げる事も出来なくて
ギュッと目を瞑って、ただ固まる事しか出来なかった
唇すれすれに感じた兄の吐息
それはやがて遠ざかり、頬と額に柔らかな感触が降りた
兄が離れていく気配に、僕は目を開けた。するとそこにはいつものように不敵に笑う兄の姿
「覚悟しておけ」
そう言うと、兄は部屋を出ていった。後に残された僕はようやっと詰めていた息を吐き出した
体中から力が抜けていく
「…恰好つけてんな、ばーか。馬鹿兄」
ズルズルとソファにのめり込みながら、いなくなった兄に悪態をつく
いくら待っても無駄だと言ってるのに。どうして僕に執着するんだ、あの人は
僕の気持ちは変わったりしないのに。兄さんの想いに答えたりなんかしないのに
なのにどうして、触れて離れていった唇の感触に胸が熱くなる
「…僕は兄さんを好きなんかじゃない」
絶対絶対、好きなんかじゃない。あの人は僕の兄だ。たった一人の大切な家族なんだから、だから
「好きになったりするもんか…!」
すでにその言葉は暗示のように、自分に言い聞かせる言葉になっている事に
…歯止めを掛けなければならなくなっている事に、アルフォンスは気付いていなかった