離さないで側にいて
















「ちょっと買いすぎたかなぁ。」

腕にくい込みそうな荷物をちらりと見て、アルフォンスは呟いた。

今日は天気が良かったので、午前中から買い出しに出掛けてみたのだが。

どうにも重いものばかりを買い込んでしまった。



「でも調理用のワインは底をつきそうだったし、黒スグリのジャムなんて滅多に売ってないし。」

必要なものや欲しいものばかりだから仕方ないが、瓶物や水物だから嵩張る上に重い。

家まで大丈夫かな、と思いながら袋を抱え直すアルフォンス。

その姿に気付いた一人の人物が、彼女に声をかけた。



「アルフォンス、一人で買い物か?」

「あれ、将軍こそお一人でどうしたんですか?」

「今日は休みでね。天気も良いし、散歩がてら出掛けてみようかと思ってな。」

声をかけてきたのはロイだった。見慣れた青い軍服ではなく、ラフなシャツ姿。


…なんかいつもより更に若く見る気がするけど、それを言っちゃいけないよね。


そんな事を思っていると、荷物を軽々と取られてしまった。



「あ、良いですよ!凄く重いんだから。」

「重いから持つんだろう、君よりは私の方が力がある。遠慮は無用だ。」

荷物を抱えながら、そうか、鋼のは今日は休みではないものな、なんて言ってる。



「君の横には必ずあれがいるものと思っていた。」

「そんな、兄さんだって仕事があるし、そんなにずっと一緒ではないですよ。」

「それもそうなんだが、思い込みというものだな。」

ハハハと笑いながら言うロイ将軍。ふとこちらを見ると、にこやかに。

「ところでアルフォンス。私は少々咽が渇いているのだが、ついでにお茶に付き合ってくれないか。」

ボクはちょっとだけ考えて、良いですよと頷いた。











「将軍は大人ですよね。」

冷たいグレープフルーツティーを飲みながら、唐突に話すボクに彼は不思議そうな顔をした。

「まあ年も30を越えているし、それなりに人生渡り歩いているから大人と言えると思うが。何だね、突然。」

「だって荷物を持ってくれたり、お茶だってボクが咽が渇いてると思ったから誘ってくれたんでしょう?」

さっきのボクは重い荷物で汗をかいていた。額にも滲んでいたはずだ。

「大人というより紳士的と言って欲しいが。だが私が飲みたかったのも本当だよ。こんな風に出歩くのも久々なのでね。」

ロイはアイスコーヒーをミルクとシロップ両方入れて飲んでいた。結構甘党なんだよね、意外と。

「鋼のだって、君相手ならそれくらいの気遣いはするだろう。」

「何でここで兄さんが出てくるんです。」

「君が比べる相手など、他にいないじゃないか。」

「…兄さんはいつだって優しいですよ。だってボクはたった一人の家族だから。」

少女の言葉にロイは驚いた。もしかすると、あれはまだ手を出していないのか。

全てを取り戻して普通に暮らせるようになって結構経つというのに、お互いの気持ちを知らないまま?

それともうひとつ、今のアルフォンスの台詞はー。



「家族として優しくされるだけじゃ不満のようだね。」

ロイの言葉に、アルフォンスはパチクリと瞬いてから大きく目を見開いた。

そのままうっすらと顔が赤く染まっていく。



「何を言うんですか将軍!不満なんてあるはずないでしょう!?」

「そうだな、不満というのとは少し違うな。不満があるとするなら、いつまでも気付いてくれない鋼のの鈍感さか。」

ハッキリと言うと、アルフォンスが何か言いかけたかのように口を開いたが、結局そのまま溜息をついた。



「ボク、そんなに分かり易いですか。」

「一部の人間にはそれなりに。」

誰でも彼でもバレバレという訳ではないというフォローのつもりだったのだが。

一部の人間が誰達を指すのか察したらしいアルフォンスが、ガックリと頭を垂れた。

バレバレというなら兄の方なんだがな。それなのに当の新米妹は気付いていない。難しいものだ。



「同じ家に暮らしていて、想いに気付いてもらえないのは辛いんじゃないか?」

好きな人とひとつ屋根の下。しかも相手は実の兄で。気持ちは伝わらないし、伝えるのも躊躇うだろうし。



「それでも、側にいたいと願ったのはボクですから。」

その少し切なげな微笑みをみて、ロイはひっそりと心の中で兄を詰った。同時に二人の為に願った。



…罪作りだな、鋼の。恐がってないで、早く伝えてやれ。

君の幸せと彼女の幸せは、ずっと昔から繋がっていたのだから。






その時の二人はまったく気付かなかった。カフェから少し離れた場所に佇む人影があった事を。















「・・・・・・何だねこれは。」

「見りゃ分かるだろ。」

乱暴に机の上に置かれた書類を見る。確かにこれはどう見てもこれは転勤願いだ。



「分かるからこそ聞いてるんだ。何か不満でも?」

「あんたが上司って事以外には、大した不満は無いさ。」

「なら、何故今更。」

「…少しセントラルを離れたくなった。あんただって前、他の司令部にも手駒がいた方が良いって言ってただろ。」

「言ったな。だがそれが君である必要はない。君にはここでやってもらいたい事がまだまだ残っている。」

「それは他の司令部にいても出来ることだ。」

「出来るかもしれんが効率は格段に下がる。大体、アルフォンスは承知しているのか。」

彼の大切な妹の名を出すと、途端に視線が鋭くなった。

独占欲の固まりのようなこの男は、我々がその名を口にするだけでも機嫌が悪くなる。

だが気のせいだろうか、今日は殺気めいたものまで感じたような気がした。



「アルにはまだ話してない。今日の事も言わないでくれ。」

2〜3度は冷えたんじゃないかという部屋の空気に気を取られ、鋼のの発言を理解するのが一瞬遅れる。

アルには話してない、え、話してないって。



「彼女も連れて行くんじゃないのか。」

ありえない、この超ブラコン、もとい超シスコン兄貴が。アルフォンスをセントラルに残す気か?



「せっかく大学に通ってやりたい事をやってるんだ。アルはここに残った方が良い。だから。」

そこで一旦言葉を切ると、キュッと唇を引き結んだ。その表情に目を奪われて動きが止まる。


「俺がいなくなったらアルを頼む。…あんたになら任せられるから。」








鋼のが部屋から出ていった後も、私は暫く呆然としたままだった。情けない話だが。

何だ今のは、本当にあれは鋼のなのか。よく似た別人だったんじゃ。

本人だとすると何があったんだ、天才と何とかの紙一重を越えてしまったのか、何か悪い物でも食ったのか。

アルフォンスを残して一人で余所に行きたいだと。しかも私に大切な妹を頼むだって?

あんな台詞、あれが正気なら死んでも口にしそうにない台詞じゃないか。



どうにも解らん事ばかりで頭は混乱するばかりだ。そしてあの時見せた表情。

何かを堪えているかのような、悔しさと苦しさが混じり合った苦悶の表情。あんな顔は初めてみた。

豆だった頃の悔しい時の顔とはまた違う、男の色香も混じった表情だった。


あんな顔も出来るようになったんだな。もう青年といっていい年だもんな。

そんな事を考えて、自分の思考にハッとする。いかん、何を感慨に耽ってるんだ。



少し頭を振って改めて考えていると、どうにも納得いかない。

特に最後の台詞。あれは単に保護者としてアルフォンスを頼むという意味だとは思うのだが。

その前に感じた殺気や、色香を漂わせた苦悶の表情と合わせて考えるとどうも違った意味にも取れる。

それこそまさかと思うが。



だがあれが何でそんな考えになったのか、何の誤解をしているのかは知らないが。もし私が感じた通りだとすると。

…この誤解が解ける事で、あの二人が変わる可能性はないだろうか。






とにかくどちらにせよ、鋼のの頼みを聞いてやる訳にはいかない。

悪いとは思ったがこの自体を打開出来る人物の助けを借りる事にして、電話に手を伸ばした。














玄関に兄の気配を感じて、アルフォンスは無言で立ち上がった。兄が呼び鈴を鳴らす前にドアを開ける。

それに少し驚いたエドワードだったが、アルフォンスの表情を見て眉を寄せた。妹の顔は堅く強張っている。



「アル、どうしたんだ。何かあったのか?」

「あったと言えばあったね。…兄さん、話がある。」

そのままアルフォンスは兄の腕を掴み、居間へと引っ張っていった。

ソファに座らせ用意していた紅茶を手早く煎れて兄へ出すと、自分も向かいに座った。



「兄さん、転勤願いを出したって本当なの。」

アルフォンスの言葉に、エドワードは一瞬息が止まりそうになる。

どうしてそれを…、等とは考えるまでもない。



「あいつ、アルに喋っちまったのか。」

それなりに信頼して頼んだのに、俺が甘かったのか。

「将軍は、兄さんを余所にやる気はないって。目の届く所にいてもらわないと、何をしでかすか分からないってさ。
 だからボクから此処に留まるように説得して欲しいって頼まれた。」

「アルの頼みでも今回は聞けない。俺はセントラルを出たい。」

「どうして、だったら何処に行きたいの。ボクは兄さんの行きたい所なら何処だって着いていくよ。」

「駄目だ。アルはちゃんと大学に行って勉強するんだ。お前だって大学は楽しいって言ってたじゃないか。」

「楽しいよ。でも大学なんてどこにだってある。何もセントラルにいなきゃ勉強が出来ない訳じゃない。」

「今アルが通っている大学が国の最高峰だ。あれ以上にレベルの高い設備の整った所は他にはない。
 だからアルはここに残って自分のやりたい事を続けろ。お前の事はリザさんにでも頼んでおくから。」

兄の言葉にアルフォンスは驚きを隠せなかった。

転勤したいという事を相談されなかったと知った時から、もしかしたらと思っていたけど。



「兄さんが離れたいのは、セントラルじゃなくてボク…?」

その瞬間、兄の顔がサッと強張ったのをアルフォンスは見逃さなかった。それは肯定と一緒だ。



「…知らなかった。ボク、そんなに兄さんの負担になってたんだね。離れたいって思うくらいに。」

「それは違う!俺はお前から離れたいわけじゃない!!」

「だってそういう事でしょう?…そうだよね、ずっと兄さんボクの為に大変だったもんね。」

どうしよう、体が震え出しそうだ。一気に血の気が引いていくのが自分でも分かる。

泣いてしまいたかったけど泣くわけにはいかなかった。ここで涙を見せるのは卑怯だ。



「アル、本当に違うんだ。俺はお前を負担だなんて思った事は一度もない。」

「でも連れて行ってはくれないんだね。」

そう言うと、兄の顔が辛そうに歪んだ。

負担に思ってなくても離れたいと考えてる事は確かなんだ。そう思うと胸が苦しい。

それでもボクにも譲れない所はある。



「ごめん、それでもボクは兄さんと一緒にいたい。我が侭だって分かってるけど、離れたくない。
 だからボクから離れたいならはっきりそう言って。じゃないと承知出来ないよ。」

ボクの言葉に、兄さんは少し戸惑ったような顔になった。



「アルはセントラルを離れても良いのか?別れたくない人とかいるんじゃないのか?」

「友達と別れるのは寂しいよ。でも兄さんと離れる方が嫌だ。」

「いや友達とかじゃなくて…。こ、恋人とかさ。」

ちょっと躊躇いながらの兄の言葉に、ボクは首を振って否定した。


「恋人なんているはずないよ。兄さんはボクにそんな人がいると思ってたの。だからセントラルに残れって?」

兄は躊躇いがちに頷き話し出した。


「アルは俺の身の回りの事とかやってくれてるだろう。自分の大学もあるのに。
 そういう事してたら、自分のやりたい事とか、好きな相手と付き合ったりとかろくに出来ないんじゃないかって。
 俺と一緒だとアルはどうしても俺の心配しちまうから、だったら一度離れた方が良いんじゃないかって思ったんだ。」

「兄さんはボクに気をまわしすぎだよ。ボクは充分やりたい事やってるよ。大体好きな相手ってどういう事。」

「…例えばロイの野郎とか。」

「将軍?兄さんどうしてそういう発想になるの!?」

「だってこの間見たんだよ、お前とあいつが楽しそうにお茶してるの。」

言われてボクは眉を寄せた。お茶、お茶って…。あ、そういえば。


「3日前の事かな。あれなら偶然街で会ったからお茶しただけだよ?通りかかったなら声をかけてくれれば良かったのに。」

「声なんかかけられなかったよ。お前赤くなったり慌ててたり、凄く話が弾んでそうだったから。
 だからもしかして、アルはあいつの事好きなんじゃないかって。」

「兄さん飛躍しすぎだよ。話が弾むって、あの時は兄さんの…」

「俺の?俺がどうしたんだよ。」

促してもアルフォンスは答えない。少し俯き加減になった顔が心なしかいつもより赤い。



「何だよ、俺には言えないような事話してるのか。」

やっぱり、という口調の兄は不機嫌そのものだった。どうしよう、誤解はされたくないけど本人に言うのも躊躇う。

でも今日はちゃんと話しとかないと。兄さんと離れたくないのなら。



「あの時は兄さんの事でからかわれてたんだよ。…いつもボクが兄さんの事ばかりだから。」

恥ずかしそうに視線を逸らして、真っ赤になって話すアルフォンス。その姿と言葉にエドワードはドキリとした。


いつも俺の事ばかりだって?それにさっきのアルの言葉、俺と離れる方が嫌だって言った。一緒にいたいって。

アルのそれは兄妹としての感情だと思うけど。それでも期待してしまう。



今ならこの想いを伝えられるんじゃないだろうか。ずっと言えずにいた言葉を。



「…俺、この3日間ずっと悩んでさ。アルがあいつと付き合ってるんだろうかとか考えて、すっげー悔しかった。
 いや、本当は相手があいつだろうが誰だろうが俺は許したくないんだ、認めたくない。」

その言葉にアルフォンスがパッと顔を上げ視線を戻した。二人の視線が絡み合って止まる。


「アルの為に離れないとと思ったけど、離れたくなんかなかった。でもこのままじゃなにをしでかすか自分でも分からなくってさ。」

アルフォンスの胸が早鐘を打つ。ドキドキと苦しくて、いっそこの場を逃げ出したいくらいだ。


「決意はしたけど、それでも側にいたかった。アルの側にいたかったんだよ。」

真剣な目でアルフォンスをみつめ、そこで一度言葉を切り息を吸い込んだ。伝える事に対する躊躇いはまだある。

アルフォンスを傷つけてしまうかもしれない言葉だ。これを言ってしまったら、もう兄には戻れない。

それでも伝えたい。我が侭でもなんでも、俺にはアルしかいないのだから。


「俺はアルフォンスが好きだ。お前を愛してる。家族としてだけじゃなくて、ずっとお前だけが大切だった。」



兄の言葉はゆっくりと時間をかけてボクの中に染みわたった。夢みたいだけど夢じゃない。

ボクも伝えなくちゃ、早く早く。心ばかりが焦って、どう伝えたら良いのか分からない。

だから震えそうな体を叱咤して立ち上がり、向かいに座っていた兄の元へいく。

伸ばした手を取られた瞬間、足に力が入らなくなってその場に座り込んだ。兄の膝に顔を埋める。

少し固い綿の感触の向こうに感じる温もり。先程ボクの手を取ったその手は、かつてボクの為に失われていたものだった。

今更ながらその温もりが愛しくて涙が出そうになる。

伝えなくちゃ、この気持ちを。貴方をこんなに愛しいと思っている事を。



「大好きだよ。」

兄の膝に顔を埋めたまま、ボクは目を閉じて告げた。今までとは違った意味を込めて。

「兄さんが好き。ずっと前から貴方だけを愛してる。」

震える唇で告げる、初めての告白。ちゃんと伝わっただろうか。

その時、兄がボクの髪に触れた。優しい仕草で撫でてくれる。その優しい動きに思考がとろりと溶けそうになる。



「アル。」

呼ばれて顔を上げると、嬉しそうに微笑む兄がいた。ボクの髪を一房取って、それに口付ける。

その仕草に頬に熱が溜まるのを感じた。

両脇に手を差し入れられて、体が浮く。そのまま兄の膝の上に座らせられた。

間近になった兄の顔は、本当に嬉しそうで。ボクは急に兄に言われた事、自分が言った事を思い出して、さらに赤くなる。

そんなボクを兄はそっと抱き締めてくれた。



「どうしよう兄さん、嬉しすぎて言葉にならない。」

「それは俺も一緒だよ。何て言ったら良いのか分からない。でももう離れようなんて考えなくていいんだな。」

「うん、二度とそんな事考えないでね。」

すると兄が微かに笑いながら、分かったと言っておでこにキスをしてくれる。

その感触に目を閉じると、そのまま唇が降りてきて。そっと唇を掠めていった。



転勤願い、撤回しないとな。そう言う兄の胸の中で。

ボクは今まで感じた事のない程の幸福の中に浸っていた。











翌日。転勤願いを撤回しに行った兄はボクに話した事を詰り、当然のように将軍と喧嘩になったみたいだけど。

「ありえない誤解をした君が悪い。結果として上手くいったのなら感謝して欲しいくらいだ。」と言われて。

珍しく言葉に詰まって真っ赤になっていたらしい、というのは後でリザさんに聞いた話。




























サイト1周年企画その拾弐。リクエストはかなたさん。

リク内容は

・エドアル(人体練成後妹)
・なかなか告白ないエドにいらいらしたアルが、焼きもちを焼かせるためにロイとデートする!
・エドは二人の幸せを願い家を出て行く…。さてどうするアル?!
・最後はラブラブで

でした。


えーと、ロイさんとのデートは偶然という事になっちゃいました;
その他にもリク通りにはなってませんが、最後ラブラブは大丈夫なんじゃないかと;;
かなたさん、だいぶずれちゃいましたが、それでもよろしければお受け取り下さい!
随分とお待たせして申し訳ありません〜;


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