貴方に触れていると、なくしたはずの感覚が甦るような気がします










触れさせて















僕の兄さんは物事に執着が無いというか、興味の無い事に関しては結構ズボラだ

本を読み始めると食事の時間さえ厭うし、何日もお風呂に入らなくても平気な顔をしている



…そりゃ、僕だって生身の身体だった頃は、兄さんと同じぐらい寝食を忘れて錬金術に夢中になっていたから

人の事は言えないのかも知れないけど

でもあの頃から、最終的にご飯の準備をするのも、布団に入るように促すのも僕の役目だった



今では僕は自分に必要が無い分、そういう事がさらに気になるようになった



だって今の僕は何日も食べなくても平気だし、眠る必要も無い

以前とは違って、お腹が減って耐えられなくなって兄さんを食事に誘う事も、

酷い眠気に襲われて兄さんにもう休もうと言う事も無いから



だから、放って置けばいつまでも、それこそ身体でも壊すまで本に熱中しそうな兄さんを諫める為に

僕は食事の時間や寝る時間を、多分人並み以上に気を付ける



本当は、兄さんがそんなに焦っている理由も解っている



だけど、そんな必要は無いんだよ。兄さんだけが焦らなくても良いんだ

そう言いたいけど言えない。却って兄さんを追い詰めてしまいそうな気がするから





今日もお風呂に入るのを渋る兄さんを、無理矢理風呂場に追い立てた所だ

折角ちゃんと宿屋に泊まれているのに、お風呂に入らないなんて勿体ないよ

僕らの旅は色々な事情で野宿になる事も多いんだから





兄さんが髪をろくに拭かずに風呂場から出てくる。金色の髪から滴がポタリと落ちている

これもいつもの事だった。いくら言っても、直らない

僕はいつも文句を言いつつ、本を読み始める兄さんの髪を後ろから丁寧に拭う

ろくな手入れもしていないどころか、かなり雑な扱いを受けているにも関わらず、兄さんの髪は香油でも塗ったかのように艶やかだ

世の女性達が聞いたらきっと憤慨物だろうな



文句を言ってはいるけど、本当はこんな何気ない時間が僕はとても好きだ

とても穏やかで優しい気持ちになれる瞬間

兄さんの髪に触れているのは本当の僕の指ではないけれど

確かに僕がここに居ると言うことを感じられる気がして。





ねえ、不思議だよね。誰に触れても一緒のはずなのに

街で知り合った子供達に触れていても、拾った可愛らしい子猫を抱いていても、この鉄の身体に留まる小鳥を見ても

嬉しかったり楽しかったりはするけど、でも違うんだ

こんな風にじんわりと温かな気持ちが沸き出してくるのは、兄さんに触れている時だけなんだ





これはどうしてなんだろう。たった一人の家族だからかな。たった一人の兄さんだからかな

考えたって仕方の無い事なのかも知れない

でも、もう少し考えたら違う答えが見えそうな気がするのは何故なんだろう










兄さんに触れていると、僕は僕であったんだと

そんな当たり前の事を思い出す



気が付くと指に絡めていた兄さんの髪のサラサラした感触

抱き合って眠った時の兄さんのぬくもり


ふとすれば忘れてしまいそうな、そんな大事な感覚を思い出す

忘れたくないのに忘れてしまいそうな事を、兄さんの存在だけが僕に取り戻させてくれる





他の誰でも駄目なんだ。どうしてかそれだけは解るんだ


兄さんじゃないと、駄目なんだ










髪を拭き終わると、兄さんは「サンキュ、アル」と言ったきり、また本に熱中しだした

僕はそれに苦笑混じりの溜め息を返し、今夜は何時に眠らせようかと明日の予定を考える

兄さんが眠った後、どの本を読もうかなと心の中で品定めしながら








ねえ、兄さん。貴方に触れているとなくしたはずの感覚が甦るような気がするんだ

忘れかけていた何かを取り戻せるような気がするんだよ





だから、お願い










貴方にいつも触れさせて



















Back