福音









「兄さーん、ご飯だよー」

下から呼ぶアルの声に、今行くと答えて俺は読んでいた本を閉じた

すでにこの本は何度も読んでいて、内容は完全に頭に入ってしまっている



そろそろ新しい本を仕入れに中央にでもいかないとな

そんな事を考えながら階段を下りてダイニングに向かうと、テーブルには温かな湯気をたてた料理が並んでいた


アルフィーネは料理が好きらしく、作ってくれる物は文句なしに旨い

お菓子なんかも得意なので、たくさん作ってはウィンリィやその子供達に持っていって喜ばれている


今日の料理もとても旨かった。贔屓目を除いてもかなり美味しい

だけど、ここ最近感じていた事が気のせいではない事にも気付いた



「なー、アル。お前好みが変わった?」

「え、なに好みって」

小さく小首を傾げながら不思議そうにエドをみる

「ここ最近さ、お前の味付け変わった気がするんだよな」

「え?本当?ごめん、美味しくなかった!?」

慌てるアルに違う違うと首を振りながら否定する


「いや、これはこれで旨いんだよ。それは心配するな。そうじゃなくて、お前どっちかというとしっかりした味が好きだったろ?

 最近のはあっさりした感じの味付けになってるんだよな。最初は気のせいかと思ったけど」

俺の言葉に、うーんと考えこんだアルは戸惑ったような表情になった


「言われてみるとそうかも知れないけど…。自分では解らないや。好みとかって変わるものなのかなぁ?」

「まあ最近暑いからな。あっさりした物が食べたくなるのは解るけど。ってまさかお前夏バテとかはしてないよな?体調悪くないか!?」

何やらいきなり心配し始めた兄に、それは無いから、と答えた


「確かにこの所暑いよね。そのせいなのかな」

「俺は美味いものが食えるならどっちでも良いんだけどさ。去年の夏は別に変わらなかったのに不思議だな」

「そうだね、去年よりはちょっと暑いけど、そんなに猛暑ってわけでもないのにね」





その時はそれで終わった話だった


まさかそれが、二人にもたらされた幸福を知らせる第一報だったなんて、気付くはずもなかったのだ















「ねえアル。ちょっと顔色悪いんじゃない?」

仕事を手伝ってくれている少女の顔色が、心なしか少し青白いような気がしてウィンリィは尋ねた

「え?顔色って僕が?」

きょとん、とした顔で聞き返すアルフィーネの顔色は、やはりいつもよりも血の気が引いて見えてウィンリィは驚いた



「アル、今日はもうこれで良いわ。ありがとうね。あんた家に帰って休んだ方が良いみたい」

「大丈夫だよ、ウィンリィ。僕別に体調崩してないし、それに今は入院患者さんもいて忙しいじゃない」

「そんな青白い顔して何言ってんの!充分手伝ってもらって助かってるんだから、こっちは気にしないで」

だから早く帰りなさい!と怒ったように言うウィンリィの口調は昔と変わらず、まるで妹(弟?)を心配する姉そのものだった


「一応うちの旦那に診てもらう?」

「良いよ、ちょっとムカムカするだけだし。診てもらう程の事じゃないよ」

「って何よ。自覚症状はあるんじゃないの!何で黙ってるのあんたはっ!」

「だから大した事じゃないんだって。昼ぐらいから、ちょーっと胃の辺がむかつくかなーってくらいで」


何でもないような事のように話すアルフィーネの様子に、軽い目眩を覚える



「とにかく、もう今日は帰って休みなさい。夕食も作っちゃ駄目よ。後で私が何か作って持っていくから」

途端にえーっと不満げな声が上がる。それを横目で睨むと、あははと少女は苦笑いを浮かべた

エドに迎えに来てもらおうかと言うと、すぐそこなんだし本当に大した事ないから、とアルフィーネ


その顔が急激に曇ったかと思うと、パッと口元を抑え、慌ただしく駆けだした



慌てて後を追うと、少女の姿は洗面所にあった

苦しそうに胃の中の物を吐き出す背をさすりながら、何と言うか女の感とでも言うのだろうか

ピンと来るものがあった



一通り吐いて少しは楽になったのだろう。涙目ではあったが顔色は少し良くなっていた

「ごめん、ウィンリィ。もう大丈夫だよ。吐いたら楽になっちゃった」

渡したタオルで口元を拭きながら答えるアルに、確かめるべく質問を投げかける



「ねえ、アル。あんた生理が最後にあったのっていつ?」

「え、ウィンリィ、いきなり何言い出すのさ」

「いいから答えなさいって。大事な事よ」

「大事な事って、何が…」

あ、っと小さな声が洩れる。どうやらその可能性に彼女も気付いたようだ



「ウィンリィ、まさかそれって」

「多分ね」

さあ、診察決定ねー!とウィンリィはアルフィーネの腕を取り、喜々として診察室へと引っ張っていった


















『あんた、アルを迎えに来なさい』

一方的に話して一方的に切られた電話に、訳も解らずとにかくウィンリィ宅へと駆けつけた





「アル!!」

ドアを勢いよく蹴破るように開けると、そこにはウィンリィとアルフィーネの姿



「エド!もうちょっと静かに入って来れないのあんたはっ!!」

「お前な!あんな理由も話さずに、いきなりアルを迎えに来いなんて言って電話を切っといて、俺が慌てないとでも思ってるのか!?」

「思ってないわよ。っていうかあんまり想像通りのリアクションなんで呆れてるぐらいよ」

目の前で喧嘩を始めた二人を、どう納めたものかと途方に暮れるアルフィーネ

取り合えず、あのー、兄さんと声を掛けると、物凄い勢いでエドワードが振り向く



「アルっ!どうしたんだ。どこか具合でも悪いのか!?」

何しろエルリック家とこの家は目と鼻の先のご近所さんで、しかも日が暮れて危ないという時間でもない

別にウィンリィの家に行ったアルを迎えに来ることなど日常茶飯事だが、何か無い限り迎えに来いなどと電話が来るはずがないのだ



「今は良くなってるわよ。でも念のためにね」

「だからどうしたんだよ。どっか悪いのか!?」

平然と話すウィンリィに噛み付くように聞く兄。その姿を見て、ウィンリィはニヤッと笑った

…人が良い、とは間違っても言えないような顔だった



「まあそれは、ここで私が話す事でもないしね。家に帰ってアルから聞きなさい」

そう言うとウィンリィはエドワードに夕食の入ったカゴを渡すと、二人を家から追い出した










家に帰り着いても二人は無言だった

エドワードは家までアルフィーネを抱えて帰ろうとしたのだが、それは即座に却下された

訳が解らなかったが、兎に角アルフィーネが体調を崩したらしいのは間違い無いので、寝室へと連れて行く

そうしてベッドに横たわったアルに問いかけた



「なあ、アル。さっきのウィンリィの話はどういう事だ?…お前、何か病気なのか?」

心底心配しているのがハッキリ顔に出ている兄を見て、申し訳ないような気持ちになる

だけど、どう切り出して良いものか。何だか気恥ずかしい気もするし

しかしこのまま兄に心配をかける訳にもいかない

アルフィーネは心の内で決心すると、あのね、と小さく呟いた



「病気じゃないんだよ」

「病気じゃないなら、何だっていうんだ?具合が悪くなったんだろう?」

納得してない様子で聞き返すエドワード。当然と言えば当然だろう


「具合が悪くなったのはそうなんだけど、病気じゃないの」

要領を得ないアルフィーネに、エドワードは戸惑う



「アル、それじゃ解らないよ。一体どういう事なんだ?」

兄の促しに、アルは少し頬を染めて答えた



「赤ちゃんがね、出来たみたい」



考えてもいなかったその言葉に、エドワードはあんぐりと口を開けた





「・・・・・赤ちゃん?」

「そうだよ」

「誰に」

「僕に。って次に誰の、とか言ったら殴るからね」

「そんな事言わねーよ!・・・でも本当に?」

「本当に。心音、確かめたよ。もうすぐ2ヶ月だって」

まだどこかポカン、とした表情のエドワード。大丈夫なんだろうか



「もしもし、兄さーん?」

目の前で手を振ってみる。するとその手をエドワードが捕らえると、そのまま横たわるアルフィーネに静かに覆い被さった

体重をかけないよう慎重に、そしてこれ以上ないほどに優しく抱き締める



「どうしようアル。俺すっげー嬉しい」

微かに震えたその声は、疑いようも無い程に歓喜に満ちていた

兄のその言葉が嬉しくて、アルは目を閉じた。幸せすぎて、目頭が熱くなっていく




そっと兄の背に回した手に力を込めて、未だ動かない彼の人を抱き返した







































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