永劫



















また…あの夢だ


知らぬ内に流していた涙で濡れる目元を、そっと手で押さえる

それは彼女…アルフィーネが物心ついた頃から、いやきっと胎児であった頃から見続けている夢


自分ではない、だけど確かに自分もある人間の夢

自分の前世の、夢


それが自分の前世なのだと解ってから、すでに数年の月日が流れていた

夢の記憶は少しずつ場面を変え、以前よりは鮮明になりつつある



前世での自分は錬金術師だったらしい。その記憶が甦り、記憶を元に勉強して今ではかなり錬金術を使えるようになった

前世での自分が何かしらの罪を犯したらしい事も思い出した。その為にずっと旅をしていた事も


だけど肝心の事がどうしても思い出せない

ーいつも一緒にいてくれる、金色の髪と瞳の男の子の事が、どうしても



どんな時も傍にいて、笑って怒って

ずっと旅をしてきたその存在


彼は自分の何なのか。どんな繋がりを持つのか。そして彼が何という名で、自分を何と呼んでいるのか


それすら解らないのに、自分が相手にどんな感情を向けていたのか

その想いだけが鮮明に甦って、それが愛しくも辛い



その時の自分の全て。たった一人大切な人

言葉では表せないくらいに、かけがえのない存在



貴方は誰なの。私の何?

せめて名前だけでも思い出せたら。そうしたらもっと何かが変わりそうなのに



今日見た夢の内容を反芻してみる。何か手懸かりがないか

まだ少し起き抜けでぼんやりとした頭の中で考える

そしてある事に気付いて、アルフィーネは飛び起きた



今日見た夢の中で出てきた新聞。列車の中で男の子が広げていた新聞の一面を、自分はただ眺めていた

そこに書かれていた日付はー、私が生まれる2年前だ!



心臓がドクドクと波打つのが判る。手にじっとりと汗をかいていた。気付いた事の大きさに





ー今までこの過去の記憶が、一体どれくらい前の物か分からなかった

町並みや風物から、何百年も前では無いとは思っていたけれど

だけどもし、何十年どころかそれこそ私が生まれる直前の事なのだとしたら?



あの男の子はどう見ても10代だった

ならば、もしかしたら今も、

今も彼が生きているなんて事があるのだろうか?

会えるかも知れないなんて考えるのは早計だろうか?



その可能性に行き着いてしまった。駄目だ、もう駄目だ

会いたい、今すぐにでも会いたい

夢の中だけではなく、貴方に会いたい。会って触れて貴方の存在を直に感じたい



「会いたいよ…。誰か、誰でも良いから、私をあの人に会わせて・・・!!」

焦がれる想いに胸が張り裂けそうになりながら、アルフィーネはベッドの上で泣き伏した









会いたいという想いを募らせたまま、時は少しずつ流れていく

少女は15歳になっていた



そして運命は大きく動き出す




















それは突然の訃報だった




仕事で西部を訪れていた両親が、列車の脱線事故で還らぬ人となったのだ

余りに突然の出来事で呆然としている自分を、村の大人が付き添って西部へ連れて行ってくれた



そこで見た両親の遺体

酷い脱線事故で、かなりの人が犠牲になったと聞いていた

それでも、真新しい棺に入れられた二人の顔は穏やかで

清められた姿はまるで眠っているようだった



父は背中に、母は首筋に、折れた材木や割れたガラスが突き刺さり絶命したらしい

だけど二人はお互いを庇い合うかのように、しっかりと抱き合っていたのだと、

身元確認を済ませた後、軍の若い軍曹らしい青年は言った



両親は、娘の自分から見ても仲の良い夫婦だった

ちょっとおっちょこちょいの母と、いつも穏やかで母に弱い父

いつも笑い合って明るい両親だった



父は母を守り満足したのだろうか。母は父の胸で死ねる事を喜んだのだろうか

そうして二人はー、共に逝ったのだ。死が二人を引き離す事を拒んで



悲しかったけど、辛かったけど

どこかその二人の死に様が、これ以上ないくらいにらしい気がして

それでも、もう会えないのだと思うと、勝手に流れ出す涙を止める術を持たなかった






村で葬儀を終えても、ぼんやりと空を眺めている事が多くなった娘を、村人達はそっと見守った

彼女には誰よりも心強い騎士がいる事を知っていたので





「アルフィーネ!ここにいたのか!」

「マシュー…?」

自分を呼ぶ耳慣れた声に振り向くと、そこには兄妹のように一緒に育った幼馴染みがいた


暖かい風の吹く春の草原。そろそろ日も暮れそうな時間に息せき切ってやってくる

その手には薄くて大きな紙袋があった

穏やかな表情で近づいた彼は、そっとその紙袋をアルフィーネに手渡した



「マシュー、これは何?」

「アルの好きなものだよ。開けてご覧」

その言葉の通りに袋を開けた少女の目に入ったのは、一冊の写真集だった

捲ってみると、どうやらそれは自然写真集らしく、あちこちの綺麗な風景が写し出されていた

一面の菜の花。白い波飛沫をたてる大きな滝のあるどこまでも深い森。白い砂浜と空色の海



「綺麗…」

その溜め息が出そうな程に美しい写真に、思わず見取れて呟く少女をマシューは嬉しそうに見る



「この村もまだまだ緑が豊かで綺麗だと思うけどさ。世の中にはこんなに素敵な場所が一杯あるんだよな」

「本当にね。見てマシュー、この雪山。こんなに雪が積もったら、きっと凄く寒いんでしょうね」

冬の一番寒さの厳しい時期に、たまにだけ雪の降るこの村で過ごしてきた自分には想像も出来ない世界

この世界はこんなにも広い


自分を気遣ってくれているマシューの気持ちが嬉しくて、アルフィーネは久し振りに穏やかな気持ちでページを捲った

その手が一枚の写真で止まる



震え出しそうだった



それは何処にでもありそうなごくありふれた、この村にも少し似た雰囲気の風景

少し小高い丘から写したのか、見下ろしたようなアングルで撮られた空となだらかな大地

それでも、それだけで彼女には充分だった。見間違えるはずがない!



此処だ、此処だったんだ、以前の私が生まれ育った所は!

やっと手懸かりを見付けた…!!



隅から隅まで写真を見ると、端に書かれていたのは「初夏のリゼンブールにて」の文字



「私、行かなきゃ、此処に。リゼンブールに!」

「え?アルフィーネ!?」

唐突に立ち上がり、リゼンブール行きを宣言する少女に驚くマシュー

自分を呼ぶその声に振り向く事もせずに、アルフィーネは走り出していた






そこに行けば会えるかどうかなんて分からない

それでも行かなくてはいけない。そんな衝動が自分を突き動かす


今は小さな欠片でも良い。貴方の事が少しでも分かるかもしれない

そうやって辿っていけば、もしかしたらいつか会えるかもしれない

その可能性があるだけでも充分だった



会いたい。貴方にこんなにも会いたい

過ぎ去った前世の記憶の中、いつも傍にいてくれた

夢でも会えると嬉しくて、でも目が覚めると寂しくて

ますます貴方が恋しくなった



現実の私に残されたのは、目を閉じると浮かんでくる貴方の姿と貴方への想いだけ

貴方を愛してる気持ちだけ

それだけが今の私を支えている








待っていて。もし貴方が今もこの大地の何処かで生きているのなら








きっと私は貴方に辿り着いてみせる















そうして少女は一歩を踏み出した

螺旋曲がった運命の輪を、知らず自ら修正していく為の大きな一歩をー
























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