独占欲














「う〜〜、どうすんだよ俺…」


その時エドワードは珍しく迷っていた。そして困っていた

自分でもどうしたいのか迷っていたのだが、更に困った事に、いつもなら悩みも相談出来る弟に

今回ばかりは相談する訳にもいかないので、益々どうしようも無い

その時、ドアを軽くノックする音とドア越しの弟の声が聞こえた



「兄さん、支度出来た?そろそろ出掛けようよ」

「うわっ、アル!?すぐ行くからお前入って来るなよ!?」

「?うん、分かった。待ってるから」

そう言うとアルフォンスが居間の方へと戻っていく足音がした



「…えーい!女は度胸だっ!!」

この後の行動を考えると、物凄く似合わない台詞で決意を固めると、やっとそれに手を伸ばした

大切な思い出のそれに











今日はアルフォンスが体の全てを、エドワードが右手左足を取り戻して初めて軍部へ赴く日

3ヶ月ほど前に、人体錬成の為の理論をほぼ完成させた二人は、

それを実行に移すまでの纏めの研究の為にセントラルに居を構えた



そしてやっと2日前に錬成に着手し、二人の悲願は達成されたのだ

その後、体におかしい所は無いか、欠けているものはないかなど確かめ合い、錬成の完璧な成功を確認した



ウィンリィや師匠達には取り合えず電話で知らせた。本当に心から喜んでくれていた

そして今一番近くにいる軍部の連中に会ってから、他のみんなに会いに行こうと決めたのだ



同じセントラルに住んでいながら、軍部の連中とは1ヶ月以上会っていない

まだ錬成が成功した事も知らせていない

それは「無能のやつが驚いてマヌケ顔を晒す所を見たい」という姉の希望だったが





居間のソファで新聞を捲りながら姉の支度を待っていたアルフォンスは、背後に馴染んだ気配を感じて振り返った

「・・・・兄さん?」

今、見ているのは幻か願望ではないだろうか。僕はちゃんと起きているの?

思わずそう思ってしまうのも無理はない

惚けるアルフォンスが見たもの、それは見覚えの有る白い服を着た兄、いや姉の姿



「・・・着てくれたんだ。懐かしいね、それ。やっぱり凄く似合ってるよ」

そう言ってアルフォンスは、驚きの表情から穏やかな笑みへと顔を綻ばせた

弟の言葉と表情に、何だか照れくさい気持ちでエドワードも笑う



「もう旅もしなくてもいいからな。姉に戻ろうかと思って」



旅の間、汚したりしたくなかったその服は、ずっとホークアイ中尉に預かってもらっていた

そしてセントラルに居を構えた時に、返してもらっていたのだ



女物の服なんてこれしか持っていない。だけどアルフォンスが本来の姿を取り戻して、自分も手足を取り戻して

それを世話になった人達に、報告に行く為訪れるなら。自分も女性に戻るなら


この服を着るのが一番相応しいと思ったのだ


そう、弟が自分の16歳の誕生日に贈ってくれたそれ

特別な日に着る真っ白なワンピース



「兄…、姉さん。綺麗だよ。着てくれて凄く嬉しい」

そう言うと、アルフォンスは自分よりだいぶ小柄な姉の体を抱き締めた

その温かな抱擁に、途端に嬉しさと切なさが混じり合った涙が零れる



こうして触れられる。互いの温かさが伝わる

吐息が体に触れる。涙が頬を伝う



ひとつひとつの、生きていれば当たり前の事が、こんなにも嬉しい







名残惜しげに抱擁を解いたアルフォンスは、涙に濡れた姉の目尻を指で拭った

「目、真っ赤になっちゃたね」

「顔洗ってから出掛けないとな」



お互いの顔を見詰めながら、照れくさくて笑った










 





その時、僕の中に芽生えた感情は、それまで知らなかったものだった

自分でも戸惑う程に、それは薄暗く生々しく激しい感情の波だった



以前僕が贈ったワンピースを身に纏った姉の姿

綺麗だと思った。本当に綺麗だと思った

僕はこんなに眩しく輝く存在を他に知らない



こんなに美しい姉の姿を、みんなに見て欲しいと思った

同時に

こんなに美しい姉の姿は、誰にも見せたく無いと思った



それは相反する感情。どちらも偽りではない、自分の中の真実

そして全てを理解する。自分が姉に向けていた想いにつけられるべき名を



僕が鎧の体だった頃。魂だけの存在だった頃

ある意味とても純粋な存在だった僕は、姉に対しても純粋な感情しか持てなかったけど


こうして肉体を得た今、魂だけの存在だった時には感じる事も無かった感情が湧き上がる



誰にも見せたくないと思った

閉じこめて、誰の目にも触れないように閉じこめて

そうして僕だけを見ていて欲しいと思った

ー僕だけのものにしてしまいたいと思った



それは体の奥深くから伝わる衝動。肉の体を持つからこその情動



幼い頃体の全てを失った僕には、知り得るはずも無かった

魂だけの僕には、気付くはずも理解出来るはずも無かった

でも今の僕には解る。それを否定する気にもならなかった


だって今までもこれからも、姉の存在が僕の全てなのは変わり様が無いから


例えそれがどんな名を付けられる想いだとしても

周りから見れば、許されない想いだとしても

僕が僕として生きていく為に、何よりも必要な感情だと解るから





その時僕は受け入れた。自分が姉を愛していた事を

姉としてではなく、一人の女性として愛していた事を

今までもこれからも、ただ一人貴女を愛し続ける事を





アルフォンスは自分の感情の全てを理解し、



真っ白なワンピースを着て、自分の腕の中で涙を流す愛しい人を抱き締めた














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