「アルー、ただいまー!」

いつものように乱暴に玄関を閉める音と、自分を呼ぶ声

間違いなく兄の帰還



「兄さん?お帰りなさ・・・」

台所からヒョイと顔を出したアルフォンスだったが、兄のその手にある物を見て言葉を切った








溺愛症候群











「兄さん、またなの…」

ウンザリとした様子で自分を見上げる弟の言葉に、エドワードは口をへの時にして不機嫌になる

その手には大きな紙袋がいくつも提げられていた。中身は見なくとも分かる



兄は人体錬成後、10歳の体に戻った弟に、あれやこれやと何かしてやりたくて堪らないのだ

これもそのひとつ。街で洋服屋を見かけると、必ずと言っていいほど買い込んでくる



「何だよ、良いじゃねーか。折角生身の体があるんだから、今まで着れなかった服を買ったって」

服なんて腐るもんでも無いし、いくらあっても良いだろ、なんて言う兄に呆れた弟の声



「兄さんの気持ちは嬉しいよ?だけどこんなにたくさん、僕一人でどうやって着れって言うの!?

 もうクローゼットにも入らないくらいなんだからねっ!」

「だったら収納増やすか」

「そういう問題じゃないだろ!!」



言っても聞かない兄の性格を熟知してる弟は、溜め息をつきつつ紙袋の中身を畳み始めた

しかし手際よく畳んでいた手が、一枚の服を手に取った途端に動きが止まった

その目が段々と胡乱な目つきに変わる。そしてその一枚の服を両手で兄に突き付けて聞いてみた


「兄さん、これウィンリィにはちょっと小さくないかな?」

「何言ってんだ、アル。何で俺があいつに服を買わなきゃいけないんだよ」

「…じゃあ、ピナコばっちゃん?ちょっと派手だと思うんだけど」

「お前、ばっちゃんの年考えろ。そんなピンクのヒラヒラしたの着たら犯罪だろ」

「そのピンクのヒラヒラしたのを、誰に着せるつもりで買ってきたのかな?」

「アルフォンス君」

至極当然、と言った口調で言い切る兄の姿に、呆れを通り越してカラ笑いが出る



「そのアルフォンス君は知ってるとは思うけど男なんだけど」

「当たり前だろー。いくら俺でも弟の性別は間違わないぞ。昨夜も触ったし」

ゴホン、と咳払いをしつつ。余計な事は良いから兄さん



「だったら何でスカートなんて買ってくるのさ!」

「アルに似合いそうだったから」

きっぱりはっきり断言即答。言っている内容がこれでさえなければ、いっそ清々しいのに



「僕、男だから。スカート履くなんて変な趣味はないよ」

「いーじゃんか、物は試しって言うだろ。一回履いてみよ、な?」

「試す必要無いし。試す気も無いし」

「何でだよ、こんなに可愛いのに。絶対アルに似合うって!」

必死に力説する兄の姿に、カラ笑いさえ引き攣る

こんなに真剣な表情、久し振りに見た気がするから尚更だ



「兄さん、今年の残暑は厳しかったから、ついに頭湧いちゃった?

 それとも天才と何とかは紙一重のライン越えちゃったのかな?」

「お前な、にこやかに酷い事言うなよ」

「今僕が目にしている現実よりはマシな気がするけど。

 たった一人の兄が真の変態だったって知るよりは、まだ狂ったと思っていたいな」

「何でだ。可愛い服を可愛い弟に着て欲しいって言ってるだけだろ。変態だなんて失礼な」

「どこの世界に弟にスカートを着れと強要する兄がいるんだよ!」

「ここにいるだろ。ほーら、アルフォンス君の目の前にー」

兄が最後まで言い終わる前に、アルフォンスの右ストレートが兄の顔面に決まった

兄の体が見事に後ろに吹っ飛んでいく



「こっのウルトラ変態馬鹿兄!日頃からエッチでスケベで年中盛ってどうしようも無いとは思ってたけど!

 ここまで変態だったとはさすがの僕も思ってなかったよ!!」



拳を震わせながら仁王立ちするアルフォンス。吹っ飛んだ兄は一瞬気を失いかけたが、すぐに立ち直った



「アルっ!いきなり殴る事無いだろう!」

「兄さんが言っても分からないからだろ!!」

くそぅ、打たれ強くなりやがって。全然堪えてないな、これは



体格差もあるので、いくらアルフォンスの格闘術が秀でていても、威力自体はどうしても弱まる

その事が今とても悔しい

鎧の時だったらもっと懲らしめる事も出来たのにっ!(←下手をしたら死にます)



アルフォンスは無言でエプロンを外し始めた。几帳面な彼にしては珍しく、ポイッとテーブルにそれを投げかけると

そのままスタスタと部屋を出ていこうとする

その姿に兄は慌てた。これは拙い。怒ってるのかも




「アル、アルフォンス!どこに行く気だよ!?」

「何処だって良いだろ。兄さんには関係無い」

その冷ややかな視線と声に、弟の本気を感じ取ったエドワードは一層慌てた



「アルフォンス、兄ちゃんが悪かった!二度とスカート履いて欲しいなんて言わないから許してくれ!!」

兄の必死な声に、アルフォンスが振り向いた。しかしその顔は冷たく眼差しは鋭い

うわ、怒ってる。本気で怒ってるよ、俺ピンチ!

内心冷や汗かきまくりの兄を睨み付けながら、アルフォンスがいつもよりも1オクターブ低い声で話始めた



「本当に?もう2度と馬鹿な事言わない?」

「言わない言わない!アルが嫌がる事は言わないから!!」

ブルブルと首を振りながら必死になる兄。アルフォンスはこの機会だからと許す為の条件を追加する



「もう僕の服を勝手に買ってきたりしない?」

「え、そ・それは…」

兄は狼狽えた。アルの服を選ぶのは外に出た時の唯一の楽しみなのだ

これが無いと仕事でアルと離れる事さえ億劫になる



悲しげな顔になる兄を見て、アルは小さく溜め息をついた。兄が自分の為に服を買ってきてくれるのは嬉しいのだ

それを兄が楽しみにしている事も知っている。…仕方がないなあ



「服が欲しい時にはちゃんと言うから。兄さんの仕事が休みの時に、一緒に買いに行こう」

譲歩しながらの提案に、兄の顔がパッと破顔する



「一緒に買い物?それなら良いぞ!アルとデート出来るなら、普段は我慢するからっ!!」

「デートって…、ただ服を買いに行くだけだよ?それに兄弟で出掛けるのにデートとは言わないんじゃ…」

「兄弟だって恋人同士が一緒に出掛けるならデートだろ!」

今にも鼻歌を歌い出しそうなくらいに上機嫌になる兄を見て、アルフォンスはビックリした



兄さんってば、そんなにデートしたかったのかな。別に僕も嫌いじゃないんだけど

…兄さんが人前でも構わずキスしようとしたり、抱っこしようとしなければ




うーん、これは。デートと引き替えにすれば色々頼み事聞いてくれそうだなー

良い取引材料見付けちゃったかも













アルフォンスの怒りが修まった事と、デートが出来るという目先の喜びに囚われたエドワードは

弟が内心ほくそ笑みながら少し物騒な事を考え始めている事など、気付くはずも無かった




















Back