だから貴女に敵わない
朝食の支度の為、キッチンに立っていたアルフォンスは背後に気配を感じて振り返った。
誰だと思う事もない。この家には自分以外には一人しかいないのだから。
何より、馴染んだ愛しい気配を間違えるはずもない。
「姉さん、おはよう。」
「ああ、おはようアル。」
いつものように交わした朝の挨拶。その微妙な違和感にアルフォンスは気付いた。
姉の声に少し力がない気がする。単に寝ぼけているとかとも違う。
そう思って顔を見てみると、心なしか青ざめている気がした。
「姉さん?ひょっとして具合でも悪いの?」
言葉と共に近づくと、姉の頬に手を当てた。普段よりもひんやりとしている。
それもそのはず、髪の生え際辺りに脂汗とも冷や汗とも分からない汗が滲んでいた。
「何でもねーって、アルは心配症だな。」
苦笑いする姉に、ちょっと怒鳴りたくなる。この症状は何度か見てきたから大体の検討はつくけど。
「姉さん、こんな時には無理して起きて来なくて良いんだよ。いつも姉さん重いんだからさ。」
黙っていると無理をしかねない姉に敢えて言った。自分の状態を悟られて、エドワードが口を尖らせる。
「だってこんなの病気じゃないし。寝込む程の事じゃないんだから、大げさな事言うなよ。」
「そんな顔色して何言ってるの。病気じゃなくても体調が悪い事には変わりないだろ。
いいから部屋に戻ってよ。朝食は出来次第運ぶから。食欲はある?食べられそう?」
「…本当はあんまり食欲ないかも。」
「じゃあパンはやめてオートミール作るから、少しでも食べて。その後は休んだ方が良いよ。」
「だけどアル、俺今コーヒー飲みたい。」
「今日は刺激物は駄目。どうしても飲みたければ後でカフェオレ煎れようね。」
言いながらグイグイと背中を押されてダイニングを追い出されて、エドワードが渋々部屋へと戻っていった。
その後ろ姿を見送りながら、体が温まるポタージュでも作ろうと考えるアルフォンスだった。
「あー、食った食った。もう満腹だ。」
「良かった、これだけ食べられたら大丈夫だね。」
「だってすっげー美味いんだもん。アルは料理上手だよな。」
体調不良の姉の為にアルフォンスが用意したのは、カリフラワーのポタージュと玉子とタマネギのキッシュ。
それとメイプル風味のオートミールに、鉄分補給の野菜ジュースだった。
「それは姉さんとボクの味覚が合ってるんだよ。いくら上手でも好みが合わないと食べられないし。」
「いや、お前の料理なら大抵のヤツの舌に合う。アルは良い嫁さんになれるぞ!」
「嫁さんって、せめてお婿さんにならないかな…。」
げんなりとそう言ってからふと思う。悪戯を思いついた子供のように、アルフォンスが嬉しそうに笑った。
「ねえ、お嫁さんだろうがお婿さんだろうが、もちろん姉さんがもらってくれるんだよね?」
ヘ?とアルフォンスの言葉を聞き返し、一瞬の後意味を理解したエドワードの頬が真っ赤に染まった。
「な、何言ってんだよアル!!」
「もらってくれないの?ボクは姉さんをお嫁さんにもらうつもりなんだけど。」
サラリとそんな事を言われて、ますます慌てて真っ赤になるエドワード。
そんな姉の顔を、アルフォンスが覗き込んだ。
「姉さん?」
にこにこと嬉しそうな弟に、観念したようにエドワードが叫ぶ。
「〜〜〜〜〜っ!分かったよ、お前は俺が嫁さんにもらってやる!」
「やっぱりお嫁さんなんだ…。どうしてお婿さんにならないかな。」
「良いんだよ、お前そんなに可愛くて料理上手なんだから、絶対お嫁さんなの!」
「可愛いって、男に対する褒め言葉じゃないよ。大体姉さんの方がずっと可愛いのに。」
「だからお前、どうしてそういう台詞をサラリと言えるんだ…。」
恥ずかしさの限界に達したエドワードが、ついにベッドに突っ伏した。
その姉の髪を撫でるアルフォンス。優しい動きに気持ちが安らいでいく。
どんなに体調が悪くても、アルフォンスがいてくれたら平気。
痛みも何もかも忘れられる。
かつて弟が鎧の体だった頃。それでもその存在が側にいるだけで全てを乗り越えられた。
今はさらに失われていた温もりまで側にある。いつでもその存在を確かめる事が出来る。
それは何という幸福なんだろう。
この手の温もりがあれば、どんな事があっても大丈夫なんだから。
「いつか…。」
「え?」
エドワードの小さな呟きにアルフォンスが聞き返した。
自分を覗き込む弟に微笑み返し、エドワードが告げる。
「いつか、アルの子供が産めるといいな。」
自分をこんなに幸せにしてくれたアルフォンスに、同じくらい、それ以上の喜びと幸福を。
大切なお前に、家族を増やしてやれたらと願う。
「姉さん…。」
アルフォンスがゆっくりと覆い被さってきて、強く抱き締めてくれた。その背を抱き返す。
「あ、もちろんお前が産むんでもいいぞ!」
なんたって、俺の嫁さんだもんな。そう言うとアルフォンスが少し体を離すと姉の顔を見た。
そして堪えきれなかったのか、プッと吹き出す。
「まったく、姉さんには敵わないよ。」
嬉しさと喜びとで一杯の想いを分かち合うため
そっと顔を近づけると、何度も何度もキスをした。
ボクは一生、貴女には敵わない
サイト1周年企画その拾五。リクエストはともこさん。
リク内容は
・女の子の日に突入した姉さん。いつもながら痛みが強い。
・アルは真っ先に姉の調子が悪いことに気付いて心配する。
・「アルの子供産めたら良いな」と発言する姉さん。
・アルは驚くがそれ以上に嬉しくて姉ちゃんをギューっと抱きしめる///
・姉の調子がよくなる日までイチャイチャする姉弟♪
でした。
姉さんは本当に重そうだよな〜なんて思いながら書いてました。
ついでにカリフラワーのポタージュ食べたくなって作ってしまった。
良いな〜姉さん、一家に一人アルが欲しい今日この頃です。(笑)
ともこさん、リクエストありがとうございました!
本当にお待たせしてしまいましたが、(2ヶ月近く…?)どうぞお受け取り下さいませ!