だから今日もとても幸せ
「ほらアル、あ〜んしてみろ。」
目の前の嬉しそうな兄の言葉に、アルフォンスは口を開いた。
すると程良く温くなったオートミールが口に入れられる。
ゆっくりとそれを噛み締めて少しずつ嚥下するその様子を、エドワードは顔を弛めながら見守った。
取り戻してすぐの頃、この病院に入院した頃のアルフォンスは殆ど寝たきりだったのだ。
それが今は軟食とはいえ食事を取ることが出来る。それは目覚ましい回復だった。
まだ体は痩せているし固形物は取ることが出来ないけど、それが出来るようになるのだって時間の問題だろう。
こうして毎回の食事をアルフォンスに食べさせるのも、本当は看護士がしてくれるらしい。
だが完全介護の病院にも関わらず簡易ベッドを持ち込んだ兄は、喜々として弟の面倒をみている。
それは端から見ると「弟思いの優しいお兄ちゃん」と映るらしく、大抵の人(特に女性)は微笑ましく見守っていた。
一部の人間(特に軍関係)からすれば、それは微笑ましいなんてレベルの話じゃなかったが。
「美味いか?」
兄の問いかけにアルフォンスはコクンと頷いた。
長年真理に囚われていた体は弱り切っていて、彼は色々な不便を強いられている。
ひとつには極端な筋力低下があった。
起き上がる事すら一苦労する程、アルフォンスは全身の筋肉という筋肉が痩せ細ってしまっている。
人の体は動作のひとつひとつが筋肉によって機能している。
だから当たり前の仕草ひとつ取っても、今のアルフォンスには難しい事があった。
今はまだ言葉を話す事だって辿々しい。だが兄弟にとって意思の疎通さえ出来れば何でもない事であった。
それらの障害は日々きちんと食事を取り、リハビリをする事で回復すると主治医から太鼓判を押されている。
アルフォンスにとって大変な事もあるし、痛い事も辛い事もあるだろうけど。
それは全て生身の体で感じる苦労だ。そして必ず克服出来る苦労だ。だったら何を嘆く事があるだろう。
だから兄弟は幸せだった。何も知らない人が見ればそうは思わないかもしれないが、それでも幸せだった。
…彼らをよっく知る人達からすれば、少々気味が悪いくらいに兄は浮かれて弛みっぱなしだったけど。
最初の頃は残し気味だった食事も、この頃は全部食べきる事が出来る。
空になった食器を見て、兄は満足気に頷いた。
「今日も三食全部食べたな。えらいぞ、アル。」
頭をわしわしと撫でられて、アルフォンスがエヘヘと綻んだような笑顔になった。
少し照れたような、花が零れるような、そんな笑み。
こういう表情を見る度に、エドワードは何とも言えずに言葉に詰まる。
エドワードにとってアルフォンスは、ただ一人愛すべき存在だ。
大切だと思える人は他にもいるけど、無条件にここまで愛せるのはこの弟だけ。
たった一人の家族だからとか、長い間その体に触れる事が出来なかったとか。
色んな理由を付けようと思えば、それなりにこじつける事はできるのだろうけど、そんな事はこの兄には関係ない。
ただ大好き。ただ大事で大切で失えなくて、ただひたすらに愛しい。それだけだ。
こんな自分の感情は行き過ぎているんじゃないかと悩んだ時期はとうに過ぎた。
弟が大好きで何が悪い!大切なんだから仕方ないだろう、文句があるならかかってきやがれ!
本気でそう思っている兄だったが、人間兵器である国家錬金術師に喧嘩を売るような人間は滅多にいないだろう。
しかもそんな開き直った弟馬鹿に喧嘩を売るような物好きはきっといない。
(例外的に、暇潰しのネタに詰まった某准将ならそれも有り得るかもしれないが)
夜の病院は夕食を終えてしまうと途端にする事がなくなる。
大体の人が暇を持て余すこの時間、それも兄弟にとって至福の時だ。
昼間は治療やリハビリなど、それなりに人に囲まれる時間が多いが、この時間は二人だけになる。
アルフォンスの髪を丁寧にブラシで梳いて寝仕度を整え、ベッドに入って取り留めのない話をするのが兄は好きだった。
少し低めの簡易ベッドからアルフォンスを見上げると、弟も体を少しこちらへ向ける。
「明日からリハビリ、少しハードになるな。」
兄の言葉にアルフォンスは頷いた。今まではベッドの上での軽い筋力トレーニングだったが、明日からは違う。
歩き出す為の本格的なリハビリが始まるのだ。
「無理はするなよ。キツかったら途中ででも止めるんだ。お前、変に生真面目だから心配だよ。」
弟が結構負けん気が強く、根性がある上に弱音を吐かない性格なのを、長い付き合い上に兄は熟知している。
周りから見ればそれは兄にも言える事でよく似た兄弟と言えたけど、兄にその自覚はない。
そんな兄の心配げな顔に、アルフォンスはゆっくりと答える。
「だいじょうぶ、だよ。頑張るけど、焦ったりはしないから。」
少しずつ、辿々しいながらも言葉を話すアルフォンス。それでも最近はだいぶ舌がもつれなくなって、言葉がハッキリしてきた。
「時間ならたっぷりあるんだし、…兄さんも、ついていてくれるんでしょ?」
柔らかく微笑みながらアルフォンスが言う。兄さんが一緒なら大丈夫だと。その言葉と笑顔に、胸が熱くなった。
「…ああ、ずっとついてるよ。お前がウザイって言っても離れないからな!」
その言葉にアルフォンスは小さく笑った。とても楽しそうに。
今日もアルは回復してる。オレを見て嬉しそうに笑ってくれる。
だからエドワードはご機嫌だし、兄弟はとても幸せだった。
サイト2周年御礼企画その5。リクエストはムッキーさん。
リク内容は
年の差エドアル(弟)
まだ身体を取り戻したばかりで入院中のアルと兄さんの甘あまな話
砂糖吐くぐらいの勢いでお願いします!!(笑)
との事でしたv
甘あまになったかなぁ…。兄さんがデレデレはしてるんですけど(笑)
こんなにデレデレしてるくせに、実は二人とも無自覚っぽいですよ?
兄さんも行き過ぎだと自覚してるものの、まだ兄弟愛だと思ってるみたいです。
気付いちゃったら冷静に色んな世話は出来ませんから、アルが自分で身の回りの事を
出来るようになるまでは気付かない方が良いものと思われます(笑)
リク内容全てお応え出来たとは思いませんが、頑張って書きました。
ムッキーさん、こんなんでよろしければお受け取り下さいませ!