ふと聞いてみたくなったのは、純粋なる好奇心からだった
confidential.talk
エドワードの査定の為、東方司令部を訪れていたエルリック兄弟
兄が査定を受けている間、少々暇そうだった弟を捕まえて仕事の手伝いを頼んだ
あの兄と同じ血を分けた兄弟とは思えないほど、素直で優しい気性の弟は快く承諾してくれた
国家錬金術師の資格こそ取ってはいないが、この弟は兄にも引けを取らない頭脳を持っている
有り難い事に溜めに溜めた仕事は順調に進んでいった。いっそずっと補佐官として残って欲しいくらいだ
そんな事を言おうものなら、あの兄が黙っちゃいないだろうが
気がつくと仕事を始めてから5時間が経っていた。そろそろ日も落ちようかという時間だ
手を付けていた書類を手早く片づけると、弟に「休憩しよう」と声を掛けた
「大佐は休憩して下さい。僕、続けますから」
お茶の準備を始めた私を振り返って、そう言う弟に笑って答えた
「君が続けてるのに、仕事を頼んだ私が休むわけにはいかないだろう。私の為に休憩に付き合ってくれないか?」
生身の肉体を持たないアルフォンスは、いくら根を詰めても疲れるという事がない
それは解っているが、こういうのは気分の問題だ
例えお茶を飲む事が出来なくても、一息入れるってのは人間なら当たり前の事だろう
無茶が効く身体だろうが何だろうが、そういう感覚も大事にして欲しいものだ
ああ、せめて弟に嗅覚ぐらい残っていればな。最近手に入れたこのフレーバーティーはとても良い香りがするんだが
きっとこの弟なら気に入るんじゃないかと思うんだが
二人分のティーカップをテーブルに運ぶ。綺麗な色だろう、と声を掛けると弟は少し楽しそうにそうですね、と答えた
「綺麗な赤ですね。あんまり見たことのない色だな」
「クランベリーとハイビスカスの赤だよ。落ち着いた色だろう」
今一番のお気に入りなんだよ、と言うと今度こそ弟は声に出して楽しそうに笑った
「大佐が自分でお茶を入れて飲むなんて思いませんでしたよ」
「意外かね?」
「かなり」
「まあ、普段はあまりやらないがね。結構好きなんだよ」
ゆっくりとカップを傾ける。程良い酸味が口に広がり、疲れを癒してくれる
深いワインレッドのようなその色は、見ているだけでも落ち着く気がした
「兄さん、大丈夫かな…」
大きな体躯に似合わない可愛らしい声でぽつりと呟くアルフォンス
「…心配かね?」
「いえ、あの心配っていうか。査定の方は大丈夫だと思うんですけど。今回は結構時間がかかっているなーって思って」
兄を心配しているのを気取られるのが恥ずかしいのだろうか
慌てた様子で捲し立てるアルフォンスの様子に自然と笑みが浮かんだ
「心配する事はない。たまたま今回はここで査定を受ける者が重なってね。時間はかかるかも知れないが…。
まあ、鋼のの実力なら何も問題はない。今回もすんなりパスするだろう」
それにしても、以前から思っていた事ではあるが
「君たち兄弟は本当に仲が良いな」
特殊な環境、特殊な経歴。同じ罪を背負い二人だけで生きてきた兄弟
並外れた絆で結ばれている事は知っている
だけど時々不思議に思う事があるのだ。どうしてこの二人は、ここまで相手を思いやる事が出来るのだろう、と
「喧嘩もしょっちゅうですけどね」
そう言いながらも、弟の声はどこか嬉しそうだった
「小さい頃から当たり前の様に二人一緒でしたから。村の友達と遊ぶよりも、兄さんと錬金術を勉強している方が楽しかったし。
母さんが亡くなってからは特に。たった一人の家族ですし」
「確かにそうなんだろう。だが、それを差し引いても君たちの仲の良さは特別だよ。
普段は生意気でこましゃっくれた鋼のが、君の事になると表情が変わる。年相応の顔にね。
そこまで感情を動かされるというのは、あの年頃なら彼女とかぐらいだろうな」
きっと将来恋人が出来ても立場は弱いだろう。そう言った瞬間「恋人…」と弟が呟いた
「…そうですよね。いつか兄さんにも恋人ができるんですよね」
「あの豆っぷりだとまだまだ先の事だろうがね」
それに今はそれどころじゃないだろうし。兄も弟も。さらに兄には別の問題も
しかし、急に弟の雰囲気が暗くなったのは気のせいだろうか
「…何か気に障る事があったかな?」
「あ、違うんです。気に障る事なんて全然。ただ…」
「ただ?」
弟の言葉を繰り返すと、少し頭を傾げながら「笑わないで聞いてくれます?」と不安そうに聞いてくる
その様子が表情の無い鎧だというのに、随分年相応の子供じみていて可愛らしく思えた
偶には子供相談室も良いだろう。そこに少々の好奇心があった事は否定しない
「内容にもよるが、努力しよう。話してごらん」
促してやると、躊躇いながらも弟は「僕、最近変なんです。」と話し始めた
「僕たちの幼馴染みにウィンリィっていう女の子がいるんです。いっつも兄さんと喧嘩ばかりなんですけど、仲が良くて。
僕、以前は兄さんとウィンリィはお似合いだなって、そう思ってたんです。
なのに最近はその事を考えると何だか嫌な気持ちになって…。
僕達が身体を取り戻して、旅を続ける必要が無くなって。そしたらきっと僕達は今の様にはいられない。
兄さんとも別々な道を歩き始めるんだろうか、将来兄さんはウィンリィと結婚するんだろうかって考えるんです。
考えると、とても変な、嫌な気分になるんです」
「アルフォンス君…」
「こんなの変ですよね。兄弟だからっていつまでも一緒にはいられないし、いずれ別々の道を歩き出すのなんか当たり前の事なのに。
僕、身体が成長する事がなくなって、魂まで成長しなくなったのかも知れません。
きっといつまでもあの時の、10歳の子供のままなんです。だから子供みたいに兄さんを取られるのを怖がってるんだ」
辛そうに話すアルフォンスに胸を突かれる気持ちだった。この子がこんな想いを抱えていたとは…。だが
「気にする事はない」
そう言った私の言葉に、俯き加減だった鎧がカシャンと小さな音を立ててこちらを見た
「君は確かに成長している。無邪気だった子供の時とはまったく違うよ。
大好きで大事な存在を、奪っていく人間に対して平気な者などいない。それが例え彼女でもね。
それだけ君にとって鋼のが特別な存在だということだろう」
「…それで良いんでしょうか?」
「それで良いんだよ」
君はもっと色んな事に執着した方が良い。肉体を持たず、三大欲求すらない君は
何かに執着する事すら無くなったら、それはもう人では無いのだから
綺麗すぎる魂は、俗世に留まってはいられないだろう。その想像は少し恐い
断言した私をじっと見ていた弟から、ホッとしたような雰囲気が伝わる
「ありがとうございます、大佐。そう言ってもらえて何だか気分がスッキリしました」
「私で役に立ったかな?」
わざと少し軽い調子で言うと、弟は嬉しそうに頷いた
「とても。正直、大佐がこんなに優しいとは思いませんでした」
「おや、それは心外だな。私はとても優しい男だよ。」
「女性に優しいのは知っていましたが」
「言うね、君も」
こちらとしても、意外だったんだよ。まさか私が子供の悩み相談にのるなんてね
しかも、君が正直に全て話してくれた事が嬉しいと感じるなんて
意外と自分は子供好きだったのかな?
その時遠くからバタバタと威勢の良い足音が聞こえてきた
規律の厳しい軍内で、それを無視して走る存在などそうはいない
「兄さんだ」
そう嬉しそうな声を出す鎧を見ながら、もう少し残っている仕事をちらりと見た
さて、仕方ない。兄にも何とか手伝ってもらうとするか
ぶら下げる人参を用意しないとな。ついでに兄からも話を聞いてみたいものだ
そんな事を考えながら、飲んでいたティーカップを片づけた