沈む溺れる

そういや、今までは夜のお勤め後にプール入っちゃおうって思わなかったっけ?ん〜と、駆け回る時、横目にするプールに、いいなあ、くそう。とはよく思ってたよな。でもさ、小学生の体力じゃ身が持たないし、時音は真面目だから。今更、授業で入ってる時音に一緒にって言うのも変だよなあ。

「何あんた、まさかあたしの水着に興味あるとか言い出すの?良守のくせに!?」

なんて、冷たい目でにらまれそうだ。

この「良守のくせに!?」の前に、溺れてたの助けて貰ったくせにとか、びーびー泣く鼻たれ小僧だったくせにとかみたいな、色々痛い過去が含まれるっぽい。う〜ん、幼馴染みって、ヤな面もあるよな。は〜、と額に手をあてた。

 

影宮とかは、夜も入りたいとか思わないかな〜?体力余ってそうだし。やろーならパンツ一丁でもいいし。誘ってみよう。水着に、フカフカタオル。着替え一式。ビニール袋と装束用の風呂敷。わくわくしてご機嫌な夜。携帯に電話したら、「お前はガキか!?」と文句言われたけど舌打ちのあと「仕方ねえから付きあってやるよ」ってさ。いいやつだ。

元気に妖を退治し、いつもの解散時間。時音と斑尾達は呆れ顔をして帰って行った。多分、俺が女だったら白尾は残るって言ったかもだけど。更衣室の鍵をどうこうするのも面倒なんで、プールサイドで着替えればいいか、と腰掛けて二人を待っていると携帯の着信。

「あれ、影宮じゃん。ど〜したんだ?」

「悪い、俺の上役が急に来る事になったから俺等行けなくなった。でも、夜行から誰か行くらしいからそいつと遊んでくれ。」

「え〜なんだよ、そのガキ扱いは。ま、仕方ないか、また今度な。」

夜行から、誰かかあ。前家に来た時子供も結構居たっけ?妖まじりの子は普通に学校行けなかった子も居るみたいだし、プールって新鮮かも。いいんじゃね?中入らなくても、ホース持ってくりゃ簡単に身体洗って帰れるし。ムカデさんなら公共の乗り物と違ってそのままでも平気だろうしな。兄貴に言ってみるか?ただプールできるんじゃね〜の?ってさ。夜業の人たちだってココを守ってくれたんだから、いいよな。

ま、いいや。先に入らせて貰おうっと。明日も学校あるし。いつも見学組用の日除けのあるベンチの上にタオルに水着、帰りの服を並べるとばばっと着替えていく。装束を脱ぐと汗を吸って湿気が凄いので一旦隣りの空のベンチに広げておいた。水着だけになってざっと見下ろす自分の体は、相変わらず前から残った物と最近のが入り混じって傷だらけだ。普通の時間はどうやっても怪しまれるよな。鈍い自分でもそう思う。

ついさっきまで走り回ってたから準備体操はいいか。関節だけブラブラグルグルってやって、っと。

手首をふり、足首を軽く回す。前にここで、氷を操る妖と戦ったこともあったっけ、なんて思い返して、あんな能力の式が居たらもっと涼しくすごせるのにな〜なんてありえない事も考える。

さて、浅い方ってこっちだよな。背の順に並ばされてるのを見ている。中高両用のせいか、水底の高さが斜めなのだ。小さい方で、泳げない部類な自分は浅い方で遊んだのが無難だろう。うん。

 

「あ、そ〜だ。」

一人ってのも暇だし。式は浮くのか?なんて気になって一体だけ式を出してみる。プールサイドからちゃぽん、と滑り降りるよう水に入ってから来い来いすると、躊躇ったようにしたあとこっちにてこてこ歩いてくる。

あれ?濡れると不味いのかも?

「ちょい待て」

結!とそいつを小さめの結界で覆ってやる。

「冷たいのはわかんね〜かな?」

結界ごとそいつを持ち上げてそっと水面に置く。どうなんだ?ちゃぷちゃぷと水面を浮いている。驚いたように手をあげ、腰を降ろすと嬉しいのか手を上下させる。

「む?丁度よくないか?これ。」

ビーチ板はいまいちだし。ボールとか浮き輪なんて今更用意できない。抱えたりできるじゃん。

「お前つきあえな!」

にっこり笑うと式の入った結界を掴み、プールの床を蹴り水面に伸びる。バタバタ足を動かすと前に進む。が、真っすぐ行かない。何でだろ。ムッとするけど仕方ない。すぐ諦めて今度は式を腹に乗せるみたいに抱えて上を見て水面に浮く。ひんやりした体が気もちいい。

あ〜、生きかえる〜。極楽極楽vv貸し切りじゃん。

父さんが冷える前に帰るんだよ、って言ってたし、プールってたまに唇真紫んなって、震え出すヤツいたっけな。そろそろ上がるか。その前に、一回潜ってみよう。

「あ、すいあつかかるのかな」

もう一重上から結界を張って、式と水中に潜る。風呂より抵抗あんのな〜。でも、なんか面白い感覚。

とん、と背が水面につく。へえ、水の中からの世界って透明で、ぐにゃってして、光見えるんだ。綺麗。

水の上で形成したやつを中に伸ばせば、酸素持つ間は水中にもぐったりできるよな。忍者みたいにさ。一旦顔を出し、二重結界から出した式を頭に乗せて新しい柱状の結界を作り、そのまま横へ倒れる。

「おお、面白いな。」

抱えた式も、同意してるらしく腕を軽くたたいてきた。

これで、魚居たらもっとすごいのにな〜。泳げなくてもいけるじゃん。

 

ひんやりした中、閉じたまぶたの裏に感じるゆらゆらする光が眠気を誘う。ああ、気持ちいい。力抜けるなあ。

どっか空気穴とか作っておけばさ、夏、水中昼寝とかありかなあ?くす、と笑おうとしたら何か水の中に小さな光るものが飛びこんできた。何だよ、って、これ。邪気がない。妖じゃねえのはいいんだけど、念糸〜!?まさか、爺が気付いてきやがったのか!?

「結界術を遊びに使うでない!」とか説教はごめんだ。仕方無く式を戻し、大きく息を吸ってから結界を解く。

ちゃぷ、と異質な音と、違う温度の膜に覆われるような違和感。あの黒い魚が泳ぐ、ざわっていう感じがする。爺じゃない。兄貴のだ。

 

姿勢を変えようと身じろぐ前に、腕や、胴に巻きついたそれに容赦なく引っぱり上げられる。

ぎゃ〜!!俺は魚か〜!!ひどい!!

いつもなら、逆らう動きをしたんだろうが、逆に不貞腐れて、体の力を抜いて陸に上げられる魚の気分になってみた。嫌味の一つってか、お小言言われるのかなあ。

水しぶきを上げ、打ち上げられるのがプールサイドだと痛そう、でも、抜かりない兄貴だから、まあ平気だろうと思った。ぼよん、と弾む結界で跳ね上がった先は兄の腕の中。

「良守!目開けろ。」

ぺちぺち叩かれる頬。わかったよ、あれ、兄貴の手、凄い温かくないか?

「まったく、お前は目が離せないな。」

背や腕を擦られる。

「・・・あったけ・・・」

「こっちは一瞬ゾッとさせられたぞ。お前は、加減てやつを知らないのか?水の中は気持ちよかったのかもしれないが、体温奪われるということは、それだけ疲労していくんだから。」

「そ、なの?」

ぼうっとして見える目つきの弟。肌は青白く、唇も薄紫色。夜のお勤め後に、式一体と結界を張りながら加減を知らず遊ぶとは。無邪気すぎるというか、まだ幼いというべきか。

 

上空で、へえ、生着替えかあ。いい時来たなあ。式なんかと遊んで、可愛いねえ。と悦に入り見下ろしていた。部下からの電話を受け、指示を与えてから見直した時にギョッとしたこっちの気持ちなんか分からないんだろうねえ。

水底に沈み、目を閉じた良守。結界も張っているようだし、そう時間は経っていないのは分かっている。なのに、ゆらぐ水面の下の肌は恐ろしく青白く見えた。だから、守らなければならない存在の危機か、と一瞬焦ったのだ。反面・もう一人の自分は、水着姿もいいけれど、惜しいかな、装束のまま沈んでいた方が絵になったんじゃない?目を伏せた顔は静かな、綺麗なもので、己に冷気か水を操作する異能があったなら、そのまま時を凍らせて連れ去ってしまおうか、なんて人攫いの犯罪者な思考を巡らせていたのだから。

誰も見ないお前なら安心できるだろう。でも、俺を映してくれないのはつまらないし、目を合わせて反応する様は可愛くて、いとしくて、面白いのだ。世話は焼けるけれど、良守は自分を一番楽しませてくれる存在。

 

さて、どうしたものかな。腕の中の子供は冷え切ったままだ。このまま家に連れ帰るか。気に入っている黒髪を気遣い一度簡単に水道の温いお湯で手早く洗ってやる。ぽたぽた水が滴り落ちる髪をちゃんと拭いてやらないとな、と抱き上げてベンチに歩き出すと烏森内に身内の気配を感じた。

おやおや、覗きねえ。ただの好奇心か、あるいは無意識に良守に惹かれ組かなあ。監視を頼んでるからそこそこ側に張りついて貰わなきゃ困るけど、必要以上に近づかれても邪魔だし。少しだけ牽制しておこう。根は純粋な子達だから。ちょっと見せてやれば逃げるでしょう。

膝の上に横抱きにして濡れた髪をバスタオルで拭き、腕や背も軽く擦ってやる。

「どうしたの、大人しいね。」

「たまには、いいじゃん。なんか、なつかしいかんじ。」

まだ色の悪い唇でへへっと笑う。

「そうだな。父さんとかわりばんこに良守のお風呂当番だったからね。でもさ、小さい頃みたいに誰彼構わず笑いかけちゃいけないよ。お前、上級生のお姉さんに迫られたけど、もっと大変なことになったらどうするんだ?」

「うぇ、知ってるんだ。」

「あまり可愛い顔してるとさ、食べられちゃうよ?」

滑らかなひんやりした頬を挟み顔を近づけていく。

「くうって、そりゃ、三日月傷のあるヤツだけだろ?」

「今はね。でも、油断して何かあったら。お仕置きするよ。」

「なんで、そうなるんだよ。こうゆうのは、兄貴以外しねえよ。」

冷たい両手が手首に添えられる。じっと見上げてくる瞳に笑って見せると嬉しそうに笑みをうかべる。

「じゃあ、お前だけ良くしてあげるから大人しくあっためられなさい。」

「え?ん、ん〜!!」

唇を塞ぐと一瞬文句みたいに唸る。無理に割り入らず触れ合わせて、待ってやれば綻ぶ。薄く開かれた奥へ引っこもうとするのを追って舌を入れるとぎゅっと目を閉じる。着物の袖を掴む指先もなんだか必死で可愛い。

 

こうなったのはわりと最近のことだ。良守が14の時。義務教育は後一年位とか、いや、自分が手を出してはいけない。見守っていよう、とは思っていたはずなんだけどね。悪口ばかりで邪険にしてみせる弟も、憎からず思っていたと知っては、ね。我慢できなかったわけだよ。まあ、良守の体にかかる負担が大きいので理性のフル動員で、休日前以外はお預けってところ。

プールの水がたてる小さな水音に混じるそれに、目許を赤らめてるくせに首と肩に手を回してきた。

鼻にかかる甘えた響きの声が漏れ、ひっこみながも応えてくる舌を捉え、やわらかな耳を弄りながら角度を変えてかわす深い口付け。小さく震え出す肩、この子の体の中で熱があがり、溶け出し始めているのがわかる。

ちゅっと音を立てて目許や額までキスの雨を降らしてやると、甘える子猫が母猫に顔舐めされるみたいにされるまま。それでも、物足りなくなったのか良守から俺の唇を舐めあげ、そのまま潤む目を細めて強請るからまた塞いでやる。

少し遠くで、慌てた小さな気配が、なるべく物音を立てないよう慌てながら去っていく。おやおや。でも丁度いい。これ以上は見せたくない顔だからさ。

「良守、キス好きだよね?上手くなってきたし。」

重なり合った唇を離し、間近な目線で問いながら濡れた薄い唇を親指の腹でぬぐうとカプッと甘噛みされる。

「急かさなくてもわかってるよ。」

まだ細い首筋から胸元で尖り出した小さな突起まで指ですっと辿ると、脚がびくっとする。背に回した手で水着をずらすと外気に晒され緩やかに上を向くのをやんわり手のひらに納める。

「んっ・・あにき・・」

周りに誰も居ないけれど、防音の結界を張った。

「お前疲れてるだろうからね、今晩は良だけ楽にしてあげよう。」

座っていた背の無いベンチから立ち上がり、途中で水着を脱がした弟を座らせその前に膝をついた。

良守が敏感なのか、自分が巧みなのか。跳ねる脚をやんわり抑えながら咥え込むと上がる甘い声。仰け反り、爪先が背を押してくる。歯を軽く立ててやれば悲鳴じみた嬌声と同時に溢れさせ、弛緩する。

あっけなく飲み干されて、意識を飛ばししどげなく投げ出された身体。

 

あちこちに残る傷と、側でずっとしていた微かな水音にふと思う。

烏森が暗い森でなく、海、水の領域に在ったなら、この子は今しがたの行為でない意味で、喰われるモノにされたかもしれない。水に棲むものの血肉は長寿を与える、などと言われているから。家の一族も、それを得たものだと思い込まれれば、オリジナルでなくとも、少しでも力が得られるとされれば、妖、更には異能でない人からも狙われるだろう。そうなったら、他者を傷つけたがらない弟は五体満足で居られたかあやしい。結界術を使えば水にも入れるようだが、本当に、陸を選んでくれたことは感謝しないといけないのかな。

でも、もしここが海の世界なら、どうしただろう?誰かに奪われて、喰われてしまいそうな状況だったら。

「そうでも、お前は俺のだよね。もう手離せないんだ。」

ああ、でもかと言って食べて自分のものにしたら、己の一部に溶け込んだ良守しか無くなってしまう。それは嫌だなあ。なら、一緒に沈んでしまえばよいのかな。強がっても、この子はさみしがりだから。

濡れたままの髪を指先で撫でる。乾いて少しふわふわなのも好きだけれど、艶々してぺったり大人しい濡れ髪もそれなりに好きだ。兄バカだろうが、弟に嫌いなところって、無いんだよね。もう少し自分の身体を大事にしてほしいとは思うんだけどさ。

「ん・・あれ?」

「ああ、いいよ。家まで送ってあげるから、眠いだろう?」

眼を開けても、またすぐ眠りに落ちそうな弟にそう言うと、ありがと、と小さな声で答えて静かな寝息にかわった。そのまま寝る服らしいTシャツと膝上丈のパンツを着せてやる。投げ出されたままの装束を包み、両腕で良守を抱き上げた。家を出る前に比べれば大きくなった、でも同年代と比べると小さい部類だろう。このままでも充分可愛いけど、少しは罪悪感みたいの感じるしねえ。もう少し育つといいなあ。







天然保護同盟」様にて残暑お見舞い企画として9月末まで配布されていたのを強奪。
弟の生着替えを上から視姦してる兄が変態すぎて素敵です(褒め言葉)。
罪悪感感じてる割に手を出してる辺り、言い訳しようのない変態です(褒め言葉)。
さりげに閃や秀に牽制してる辺りも流石の頭領。惚れるよまっさん!

蒼井さん、リンクや別件も含めてありがとうございますv今後ともよろしゅうに〜!


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