通りすがりの恋人達









私がその人に初めて会ったのは、ようやく暖かな風が吹き始めた4月。

いつものように愛犬と共に散歩に来た公園でのことでした。



この公園を散歩に利用する愛犬家同士、顔を合わせては他愛もないお喋りをするなか。

その人はいつの間にか旧知の仲のように、自然とその輪に溶け込んでいきました。

私はこうして時々会えるだけで充分だと思っていたのです。


いつものように散歩仲間が集まっていたその日、何気なく会話する中でその話題は出ました。


「おれ、この間見ちゃったんだよね。」

「見たって何を?」

彼を見ながらニヤニヤと話すロバートを、アルフォンスさんが不思議そうに見ています。


「水曜日の昼過ぎに、図書館近くのベーカリーカフェで女と一緒だっただろ。

 後姿で顔は見れなかったけど、あれ彼女か?」


ロバートの言葉に、一瞬ドキリとしました。彼はなんだ、という顔になって。


「それだったら僕の姉だよ。あそこのランチは姉のお気に入りでね。よく行くんだ。」

笑いながら言う彼に、ロバートはつまらなさそうに言いました。


「姉さんかよ、何か良い雰囲気だと思ったのにな。じゃあ、今彼女はいるのか?

 アルフォンスならもてるだろう?」

その言葉に、彼の顔に少し困ったような表情が浮かびました。

でもそれはほんの一瞬で、すぐにいつもの彼に戻り。

そうして足元に寄って来た、ロバートの飼い犬のチムの頭を優しく撫でながら話始めました。


「一生かけて幸せにしたい人ならいるよ。」

そう言う彼は、少し目を伏せとても穏やかな顔をしていて。


「好きだとか愛してるとか、そんな言葉だけでは表現しきれないくらいに特別な人。

 だから幸せになって欲しいし、僕もその人と幸せになりたいと思ってる。」

僕はその人といられるだけでも、充分幸せなんだけど。と彼は微笑みました。

その笑顔を見て、これは自分が入る隙間はないと思ったのです。

普段からよく笑う人でした。優しい表情を見せる人でした。そんな所にも惹かれたのだけど。

だけど今のは違う。普段の笑顔とはまったく違う。

幸せがこぼれ落ちそうな、そんな笑顔。見たことのない表情。


「きっと綺麗な人なんでしょうね。」

私がそう言うと、彼は嬉しそうに頷きました。


「綺麗だよ。姿形とかだけじゃなくて、心がね。誰よりも綺麗なんだ。

 ずっと守られてきたから、これからは僕がその人を守りたい。」

その言葉を聞いた時私の中に渦巻いたのは、見た事もない相手への嫉妬であり、羨望であり、憧れでした。

この人にそこまで想われる事への妬み、羨ましさ。

でもその人は恐らく、今まで見た事もないくらいに美しい人なのでしょう。


「なーんか惚気られちゃったな。今度紹介しろよ。」

そんな美人、ぜひ見てみたいと囃し立てるロバートに彼は微笑んでいます。

その時でした。


「アル!」

よく通る声が彼の名前を呼び、驚いたようにアルフォンスさんが振り向きます。


「姉さん?どうしたの。」

姉さんと呼ばれたその女性はとても小柄で、彼より年下に見えました。

彼が数歩歩み寄る間に駆け寄ってきたその人は、さして息も切らせずアルフォンスさんを見上げます。


「ロイから連絡があった。セントラルに戻ろう。」

「ほんと?解った。ごめんね、呼びに来させちゃって。」

ーその時、私の胸はまたドキリと脈打ちました。


目の前で会話を交わす二人は、男女の違いはあってもよく似た造作をしています。

同じ色の目と髪、確かに二人は姉弟なのでしょう。

ならばあの一瞬、お互いを見た二人の表情は。

謝りながら姉を見たアルフォンスさんの優しい目。

姉と呼ばれる人の、眩しそうに見上げた眼差しはー。


「みんな、この人がボクの姉さん。姉さん、この方達が…。」

「お前がよく話してた犬愛好家の人達か。アルフォンスが世話になったな。」

「じゃあ、ボクらは用事が出来たんで失礼するね。姉さん、急ごう。」

あっという間に風のようにいなくなった二人を、ただ呆然と見守るしかありませんでした。その時は。





数日後、アルフォンスさんとそのお姉さんが、二人してとても優秀な国家錬金術師だと知りました。

とくにお姉さんは、最年少で国家錬金術師の資格を取った「鋼の錬金術師」だという事も。

どうやら二人はセントラルを拠点として、あちこち旅をしているらしいという事でした。

思い掛けず有名人と仲良くしていたという事実にみんなが沸き立っている頃。

私は最後に会ったあの日、あの二人の間に感じ取った濃密な空気の事を考えていました。


他の誰も気付かなかったのなら、私の勘違いかとも思いましたが。それは違うはず。

アルフォンスさんがお姉さんを見た目は、あの時と同じ。

『一生かけて幸せにしたい人ならいるよ』と語っていた、あの時と同じ目。優しく優しく、相手を愛おしむ眼差し。

それを当たり前のように受け止めたお姉さん。その横顔は本当に綺麗で。

ーきっと綺麗な人だろうと、私が想像した通りの人。

私だけが気付いたのは、多分、私がアルフォンスさんを好きだったから。





驚かないと言ったら嘘になるのでしょうが、私は自分でも意外なくらいにその事実をすんなり受け入れていました。

色々と問題はあるのかも知れないけど、それはあの二人が一番解っている事。

それでも惹かれ合い、あんな風に愛し合える相手とずっと供にいるあの二人が、私はとても羨ましかった。

アルフォンスさんに惹かれていた心は、ほんの少しだけ痛んだけれど。でも不思議と辛いとは思いませんでした。

それはきっとあの二人が、これからも幸せなのだろうと。これからも二人でいるだろうと。

ごく自然にそう思えるからなのでしょう。





二人はあちこち旅をしていて、時には外国にも行っていると噂に聞きました。

セントラルと故郷以外、同じ土地にまた訪れる事も滅多にないようです。

ならもう二人に会う事はないのでしょうか。

それは少し寂しい気がしましたが、その方が良いのかもとも思います。

この先いつか、二人の消息くらいは風の便りに聞こえてくる事もあるでしょう。それで充分。

今もどこかを旅しているかもしれない二人を思い、私は今日もあの公園へと出掛けます。

いつものようにみんなと会う為に。そして時々はあの二人の事を、みんなと思い出す為に。





















第三者から見た二人を書きたくなって思いついた話。
なので文体も少し変えてみました。ニュアンス的にアルの一人称も「僕」になってます。
そしてアルは姉さんしか眼中にないため、結構酷いヤツになってます(笑)
軍部以外の第三者視点で、ギャグ無しシリアス。たまには良いよね、という事で。


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