未来に咲き誇る花












食事がすんで部屋に戻ると、一人部屋に残っていたアルフォンスは窓にへばり付いていた。

その背中が心なしかウキウキしているように見える。


「アルフォンス、なに見てんだ。」

「あ、お帰り。兄さんも見てみる?」

首だけこちらを向けるアルフォンスに、だからなにを見てるんだと聞くと、嬉しそうに答えてきた。


「脅かさないようにそっと見てね。」

指さされた方向を見ると、隣の家の屋根で寄り添う二匹の猫。


「可愛いでしょ。さっきからお互いを毛繕いしてあげたり一緒に昼寝したり、すっごく仲いいんだ。」

恋人同士なのかなぁ、とウットリした声を出すアルフォンスに兄は呆れる。


「恋「人」じゃねーだろ。どっちも猫だ。」

「もお、変な所で揚げ足取らないでよ。兄さんったらロマンがないなぁ。」

だったら恋猫でもなんでもいいんだよ、とまた猫に目を向ける大きな鎧。

普段男らしい立ち振る舞いを心がけているが、この大きな鎧の中に閉じこめられているのは彼の妹だ。

あの悪夢のような晩、エドワードが無理矢理に引き留めた。ただ一人の妹。

いつも大人びて兄よりも兄らしいと言われるアルフォンスの、本当の性別を知る人は少ない。

こんな風に仲の良い猫を楽しげに見守る姿を見ても、誰もその中身が14歳の少女だとは思わないだろう。

少しだけ痛む胸を自覚して、エドワードは一言風呂に入ると妹に声をかけると、バスルームへと駆け込んだ。






風呂から上がってもアルフォンスは窓辺にくっついている。

まだ猫がいるのかと覗いてみれば、そこには何もいなかった。そろそろ辺りは薄暗く、見えるのは家の屋根ばかり。

半乾きの髪をガシガシとタオルで拭きながらベッドに腰掛けると、気付いたアルフォンスが立ち上がった。


「兄さん、そんなに乱暴に拭いたら駄目だよ。髪が痛んでしまう。」

アルはオレの髪がお気に入りらしく、その扱いに少々五月蠅い。


「男の髪が痛もうが構わないだろ。」

「男だろうが伸ばすなら気をつけようよ。せっかく綺麗な髪なんだから。」

小言を言いながら近づいてきたアルフォンスが、エドワードの手からタオルを取り上げる。

そして丁寧な仕草で髪をポンポンと軽く押さえた。その手付きは厳つい鎧からは想像出来ないくらいに優しい。

多少言葉使いが男っぽくても、こういう所は少しも変わらない。例え温もりがなくとも、誰よりも大切な。


「…猫、いなくなってたけど。まさかお前腹に隠してないよな。」

自分の考えを切り替えたくてわざとそんな事を言ってみる。


「やだな、そんな野暮な事しないよ。あんなに仲良かったのに、邪魔しちゃ可哀相じゃないか。」

じゃあ一匹だったらどうなんだ、と思ったがそれは言うのをやめた。


「誰かを好きになるって素敵だよね。それで相手にも好きになってもらえたら、きっと凄く嬉しいんだろうな。」

どこかぼんやりと言うアルフォンス。楽しげな妹の声が続く。


「狼ってさ、生涯パートナーを替えないんだって。鳥の中にもそういうのがいるみたい。」

そういやそんなのがいたな、と返すオレにアルフォンスが言う。


「そんな風に誰かと一生添い遂げるっていいよね。」

それは、誰と。未来のお前の横に立つのは。





ー10歳で鎧の中に閉じ込められた少女は、時に無邪気なまでに残酷だ。

夢見るように優しい声音で、考えたくない未来を綴る。

取り戻す、必ず。オレのエゴで鎧の体に縛り付けてしまった、たった一人の妹。その体は何に替えてもオレが取り戻す。

だけどその先の未来に、きっとオレは必要ない。



「…お前乱暴だからな。よっぽど心の広いヤツじゃないと、一生なんて付き合っちゃくれねーぞ。」

「ひどっ!ボクだって誰にだって乱暴なわけじゃないやい!」

「おいこら、見えねーだろうが!こういう所が乱暴っていうんだよ!」

怒ったらしいアルフォンスが、タオルでオレの顔を塞いでしまう。いつものような軽いじゃれ合い。

顔を覆う大きな手を無理矢理ずらして、その手を握った。一瞬だけ力を込める。


「…お前はさ、乱暴だけど優しいから。きっと良いヤツが見つかるよ。」

「兄さん?」

不思議そうに呼びかける妹を振り返り、オレはニッと笑ってやった。


「まあ例えどんなに良いヤツでも、オレの妹と付き合うからにはそれ相応の覚悟はしてもらうけどな。」

取り敢えず拳固の一発くらいは覚悟するように言っとけよ、というとアルフォンスは呆れたような声になった。


「兄さん、まるで頑固親父みたいだよ。」

「おー、頑固親父で結構。どのみちオレを倒せるくらいのヤツじゃなきゃ、お前と付き合うなんて無理だろ。」

「どういう意味だよ!それに兄さんより強い人なんて滅多にいないじゃない。」

無茶言うなぁと本気で呆れる妹。いいだろ、それが最大限の譲歩だ。

せめてオレより強いヤツじゃないと、許してなんかやれそうにないんだから。

と思っていたオレだったが、溜息混じりに妹が呟いた言葉に目を見張った。


「大体さ、兄さんが誰かに負ける所なんて見たくないよ。」

…おいこら、知らねえぞ妹よ。そんな事言ってたら、オレより強いヤツだろうが渡したくなくなっちまうだろ。

オレがみっともなくしがみついてでも離れなくなったらどうするつもりだ。ーそしたらお前はどうするんだろうな。

馬鹿な考えは表に出さず、オレは殊更軽い調子で笑って言った。


「だからお前は、精々黙ってオレに殴られそうな根性座ったヤツを見つけろよ。」

「そっちも充分難しいよ。兄さん、ボクに一生彼氏作らせないつもり?」

「その時は兄ちゃんの傍にずっといろ。一生面倒みてやる。」

「なに言ってるの。いつも兄さんの面倒をみてるのはボクの方じゃないか。」

冗談めかして言った言葉は本心だった。本気にはされやしないと思うから云えた台詞だったけど。

次にアルフォンスが言った台詞に、涙が出そうになった。


「でもずっと兄さんと一緒か。…うん、それも悪くないね。」





ー10歳で鎧の中に閉じ込められた少女は、時に無邪気なまでに残酷だ。

オレが渇望している事を知りもしないで、そんな事を平気で口にする。

そんな事言われたら、オレは。お前を手放せなくなっちまうだろう。その時後悔したって遅いんだからな。



乾いた髪を束ねようとする優しい手の感触に体を委ねて。

オレは泣きそうになるのを必死に堪えていた。


















サイト2周年御礼企画その7。リクエストはYahaneさん。

リク内容は
恋に恋する乙女な鎧妹にハラハラし通しのヤキモチ兄
でした

ほのぼの系、ってことだったのですが…、あれー?
シリアス切ない系?しかも妹じゃなくて兄さんが切なくなってる!
私にしては珍しい気がします。どうしてこうなったんだ?とても謎。

でもこれ、兄さんは人の気も知らないでと言ってますが、
妹さんだって「一生面倒みてやる、なんて簡単に言わないでよね、馬鹿兄」
と思っていると思われます。鎧妹だと自覚ありなので。どっちもどっち。

Yahaneさん、ハラハラというより鬱々した兄(笑)になってしまいました。すみません〜!
こんなんでも宜しければお受け取り下さいませ!


ついでに。
パートナーを替えない事で有名なのは鴛鴦やコハクチョウ、アホウドリなどです。

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