その光景が目に入った時、勝手に体が動いていた。
咄嗟に受け身は取れたけど衝撃は消えようもなく。胸に感じたのは息も詰まるような激痛。
その後少々の痛みはあったけど、病院に行くほどじゃないと思った。それは本心。
女神の涙
「でも間違いだったかな…。」
帰宅しても治まる所か強くなる胸の痛みにアルフォンスは顔を顰めた。
強打したとはいえすぐ起きあがれたし、打ち身だけだろうと思ったのだけど。
ずくずくと疼くような痛みは、どうも単なる打ち身じゃなさそうだ。
これは今からでも病院に行った方がいいんだろうな…。
アルフォンスがそう思った時、玄関のドアが勢いよく開いた。
「ただいまー、アル帰ってるのか?」
「ね、姉さんストップ!」
部屋に入ってくるなりいつもの様に抱き付こうとする姉にストップをかける。
目の前に差し出されたアルフォンスの待ったをかける手を、エドワードは不思議そうに見た。
「なに、この手。なんでストップなんだよ。」
いつもの挨拶を阻まれてエドワードは不服そうだ。
「いや、えっとボクも帰ったばかりでね。走ってきたからきっと汗くさいと思うんだ。」
「何だ、オレそんなの気にしないー。」
「う、つ…っ!」
無邪気な姉に抱き付かれて、それを受け止めたアルフォンスの胸に激痛が走る。
堪えきれずに洩れた声にエドワードは顔を上げた。
「アル…?」
「・・・・・・。」
その時、アルフォンスは声も出さずにその場に頽れた。
額には汗が滲み、顔色は真っ青で。どう見たって尋常じゃない。
「アル!アルフォンス!どうしたんだ、しっかりしろっ!!」
エドワードは動けない様子のアルフォンスを一旦近くのソファに寝かせると、すぐに医者を呼ぶため電話に駆け寄った。
「んで?どうしてこんな事になったんだ?」
ベッドの脇で仁王立ちになりながら、治療を終え横になるアルフォンスを見る姉。
一見笑っているようにも見えるのだが、口元は引きつっているし目は険しいし。
はっきり言って凶悪だ。立ち姿もやたらと男らしい。
「姉さん、ちょっと落ち着いて。」
「これが落ち着いてられると思ってんのか?」
ああん?と凄んでくる姉はまるでチンピラのようだった。
長年培った性格は簡単に変わりようがないし、こういう姉も好きなんだけど。
そろそろ年頃なんだし、せっかく見た目が良いのだから凄むのはやめて欲しいなぁ。
逆に見た目調っているからこそ、凄まれると迫力があるのだけど。
それはともかく心配をかけたのは間違いないのだから、理由はちゃんと説明しなくては。
アルフォンスは小さく溜息をつくと、事の次第を話始めた。
「帰ってくる途中、道に飛び出した女の子に荷車が突っ込みそうになったんだよ。それを庇ったら…。」
「自分が怪我をしちゃいましたってか。」
バツが悪そうに言う弟の途切れた言葉を拾って、エドワードは益々表情を険しくした。
「馬鹿かお前!荷車相手になに生身で対抗してるんだ、壁でも錬成すれば良かっただろ!」
「そしたら荷車に乗ってた人が、ぶつかって怪我したかもしれない。」
「な…っ!」
言葉を失い一瞬ぽかんとしたエドワードだったが、次の瞬間サイドボードを思いっきり打ち付る。
「姉さんっ!」
ギブスを付けて動きづらいのも構わず、アルフォンスは咄嗟にエドワードに腕を伸ばした。
その手をエドワードはパシッと払う。俯いてしまった姉の肩が小刻みに震えている事にアルフォンスは気付く。
「無茶、しないで。もう機械鎧じゃないんだから。」
もう一度そっと手を取ると、今度はエドワードも拒みはしなかった。顔は上げずにポツリと呟く。
「…お前の方が無茶した。怪我までしたくせに。」
子供のような口調で詰る姉。その姿がいつもよりも小さく見えて、アルフォンスは今更ながらに申し訳なく思う。
怒ってるんじゃない。悲しんでいるのだ姉は。そして恐がっている。
アルフォンスが怪我をした事、痛い思いをした事を悲しみ。
もしかしたらまた失っていたかもしれないという恐れを抱いている。
「姉さん…。」
手を引き寄せ、そっと胸に抱き寄せた。怪我をした部分が軋み痛みを訴えたが構わない。
「…庇うなとは言わない、お前にそれは無理だろうから。でもこんなのは嫌だ。」
真っ青なアルフォンスを見た時、頭の中が真っ白になった。
苦しげに顔を歪めて、苦痛に耐えていた姿。そんなのもう二度と見たくない。
アルフォンスの服を掴むエドワードの手に、シャツが破れんばかりの力がこもる。
「こんな思いはもうたくさんだ…!」
「姉さん、ごめん。ボクが悪かった。もう二度とこんな無茶はしないから。」
縋ってくるその体を強く抱き締め優しく背を撫でながら、アルフォンスは何度も謝り続けた。
失うことの恐さを、僕らは誰よりも知っていたはずだった。だからこそ自分を大切にしなくちゃいけなかったのに。
自分の為ではなく相手の為に。誰よりも大切なこの人を、悲しませない様に。
そんなこと、ずっと前から分かっていたのに。
他の誰かが泣く事になっても、後で後悔を引きずる事になっても。
この人を悲しませたり苦しませたりするくらいなら、そんな事どうだって良かったはずだった。
「約束するよ。ボクは姉さんをおいていったりしない。大切な貴女を一人残したりはしないよ。」
泣きそうな目で見上げてくる人に触れるだけのキスをした。額に、頬に、掠めるようなキス。
ゆっくりと瞼を閉じた姉の目から、一滴だけ、透明な涙が零れて落ちた。
それがあまりに綺麗だから、ボクは何だか苦しくなる。
どうしてこんなにもこの人は綺麗なんだろう。こんな綺麗な人、ボクは他に知らない。
ただ一人、ボクの愛する人。ボクにとっての創造主であり、女神よりも神々しい存在。
誰よりも近く、誰よりも愛しい貴女を守る為にボクは還ってきた。それを忘れちゃいけないんだ。
「傍にいるから。ボクは絶対に姉さんから離れない。それだけは信じて。」
何度も言い聞かせるように、ボクは姉さんに囁き続けた。やがて姉が静かに眠りにつくまで。
サイト2周年御礼企画その4 リクエストはミカさん
リク内容は
アル×エド姉でエドがアルを心配する
でした
いくつか書かれていた設定の内のひとつをベースに書かせて頂きました
本当はアル軍人設定です。姉は軍属のまま。
その辺書けなかったのは残念ですが、この後のリクエストの姉話は軍人設定で統一したいな〜
しかしどうしてか物凄くシリアスになってしまった気が…。
それよりもこのくさいタイトル…。どうしても他に浮かばなくってですね…。
でも兄さんならともかく、アルエドのアルならこれくらいクサイ(台詞)のも似合いそうだと…。
いやまあ、すみません。何か分からないけど謝っときます(笑)
ミカさん、うちのアルエド小説を好きだと言って下さってありがとうございます!
頻度はエドアルに比べると少ないですが、私もアルエド大好きなので今後も時々書きたいと思います
その際は読んでやって下さいね!