お隣の奥さんから大量の苺をもらった。見るからに美味しそうな真っ赤な苺。

そのまま食べるだけでは残ってしまいそうで、ジャムやお菓子を作ってみた。我ながら良い出来だ。

2つ作ったタルトのうちひとつは、お礼代わりにお隣へ。

もうひとつとスコーンは兄への差し入れにする事にした。軍へ仕事に行っている兄さんへ。

こんなのもたまには良いよね。






鼓動












「ああ、エルリック少佐なら射撃場にいますよ。」

「射撃場?」

軍へは何度も来ていたし、通行証も持っている。アルフォンスはまっすぐに兄の執務室へ向かった。

しかしいつもいるはずの机に兄の姿はなかった。

意外な言葉に驚くアルフォンスに、スミス少尉は言葉を続ける。


「こちらに戻られるのはもう少し後になると思います。射撃場に行かれるのなら、ご案内しましょうか?」

「いえ、大丈夫です。場所さえ教えてもらえたら自分で行けますから。」

ただでさえ私用で来たのだし、兄の部下に面倒はかけられない。


「これ差し入れです。よろしかったら皆さんで食べて下さいね。あ、一応兄の分を少しだけ残して置いて下さい。」

アルフォンスが差し出した紙袋を、スミス少尉が嬉しそうに受け取った。


「ありがたく戴きます、少佐が戻られてから。」

じゃないと後が恐いので、と少尉が笑って答える。

その言葉に、兄のシスコンっぷりは今更ながらに周知の事実なんだなと、アルフォンスとしては少々赤面するしかなかった。





屋内にも射撃場はあるのだが、今日兄がいるのは野外の方らしい。

野外射撃場は司令部の中でも外れの方にあった。言われた通りの道を進み、建物の外へと出る。

その途端、パァンという大きな音が建物に反響して響いた。

横にだけ高い壁があるだだっ広い空間。そこに立っていたのは兄エドワードとホークアイ大尉だった。

話し込んでいるようだし、邪魔しないように待っていよう。

そう思ったアルフォンスは、二人の目に入らないように近づいて、少し距離を置いた所で立ち止まった。

軍服に身を包み、銃を手にする兄の姿。

それが日常になってから、もうどれくらいの月日が流れたんだろう。

兄は家には銃を持ち込まなかった。本来なら常に携帯しなくてはいけないはずなのに。

だけどこうしてボクが軍を訪ねた時、あからさまに隠すという事もしない。

兄の中で何かの区切りはついているのだろう。だからボクも何も言わなかった。

大尉と話ていた兄は何度か頷くと、また的へと向かって銃を突き出し構える。

その横顔を、射抜くような眼差しを、ボクは久しぶりに見たと思った。



今こうして銃の訓練をする兄は真剣そのものだ。

以前まだボクらが旅をしていた頃、当時中尉だったホークアイ大尉に護身用に持たされた時の表情とはまったく違う。

違う、表情だけじゃない。顔つきとか、凄く大人になったからだ、こんなに違って見えるのは。

あそこにいるのは、本当にボクの兄さんなの?

まるで、違う男の人のようだなんて。どうしてそんな風に思ってしまうんだろう。


ドクンドクンと、自分の中で脈打つ鼓動が響いてくる。

体全てが心臓になってしまったような、そんな錯覚。

何だか苦しい。強すぎる鼓動で息が上手く吸えていないみたいだ。

息苦しくて握り締めた拳は汗を掻いている。頬が熱い気がする。熱でも出たみたいに。

自分に何が起こっているのか分からなくて戸惑うしかない。

一度この場を離れよう、そう思っても。何故か兄さんから目が離せない。





その場に立ち竦むボク。射撃を終えたのか、兄がイヤーマフを外した。

それを置こうと振り向いてー、顔を上げた兄の目が、驚いたようにこちらを見たのがハッキリと分かる。


「アルっ!!」

一瞬だけ、来ないで欲しいと思った。そんな事を思う自分に驚く。

でもこちらに駆け寄って来る兄は、ボクが良く知っている兄さんでしかなくて。

そう思ったら呪縛されたように固まっていた体から、すっと力が抜けていた。


「どうしたんだよ、来てたなら声かけてくれれば良かったのに。」

あっという間に近づいてきた兄は、息も切らせず訊ねてくる。


「あ…、えっとね。苺をたくさん貰ったから、差し入れにお菓子作って持ってきたんだ。」

ボクの言葉に兄が途端に嬉しそうな顔になった。


「ラッキー!オレ今腹減っててさぁ、部屋に戻る前に何か食っていこうかと思ってたとこなんだ。」

何しろ2時間ぶっ通しで訓練してて、と疲れたように言う兄に、アルフォンスも驚いた。


「2時間も?それはお腹が空くよ。あ、ホークアイ大尉こんにちは。大尉もご一緒にいかがですか?」

兄の後ろから近づいてきたホークアイが、アルフォンスに微笑みかけた。


「こんにちはアルフォンス君。あなたと会うのも久々だし、ご一緒したいのはやまやまなんだけど…。」

少し考えるように口元に手を当てて、大尉は軽い溜息をついた。


「やめておくわ。2時間野放しにしておいた人の事も気懸かりだし。」

「あー、確かにあいつ今頃喜々としてサボってそうだよな。悪い大尉、手綱離させちゃって。」

でも助かったよ、とエドワードが言うとホークアイ大尉は構わないのよ、と返す。


「サボって後で大変なのは将軍自身ですから。」

その平然とした言葉に、アルフォンスは後から将軍の部屋で繰り広げられるだろう惨劇を正確に予想した。





「でも兄さん、射撃訓練わざわざ大尉にお願いしてるの?」

執務室へ戻る途中、疑問に思って兄に尋ねてみた。軍にはそれぞれ専門の教官がいる。銃器の扱いについてもそうだ。


「んー、まあな。やっぱ人並み以上に上手くなりたくって。」

上手くなるには、誰よりも腕の立つ人にご教授願うのが一番手っ取り早い。


「銃なんて下手に扱っていい武器じゃない。上手であれば態と狙って急所を外す事も出来る。」

大尉と同じまでは無理でも、可能な限り近づきたいと兄は言った。

前を見ながら言う兄は、またさっきと同じ様な厳しい顔になっている。


そうだ、とアルフォンスは思い当たった。

こんなに真剣な兄の顔、この生身の体になってから初めて見たんだ。

体を取り戻して以来、兄はいつだって幸せそうに笑っててくれたから。

その時また先程の兄の顔を思い出して、アルフォンスの胸がドクンと鳴った。



どうしてこんなに胸が騒ぐんだろう。

いつもと違うから?鬼気迫るような鋭い眼差し。あんな表情、旅をしていた頃だって滅多に見た事なかった。

でも…、まるで別人のようだったけど。…格好良かったな、兄さん。



軍という組織にいる以上、誰かを傷つけずにいようなんて無理だ。逃れようもなくその時はやってくる。

その時に自分の未熟さから誰かの命を奪ったりしないようにと、兄は自らを鍛えているんだ。

錬金術の研究だって手を休めたりしていない。それは手伝っている自分がよく知っている。

日々厳しいくらいの鍛錬だってかかしていないのを、ボクは知っている。

全ての道に妥協しないで、自己を高める努力を惜しまない兄さん。自分に厳しい兄さん。

そんな不器用な生き方しかできない兄さんを、ボクは格好いいと思う。

でもそれならどうして。そんな兄さんを見ていただけなのに、こんなに胸が苦しくなる?



この感情がどういうものなのか、自分の気持ちなのに分からない。

落ち着かないような、どこかむずむずするようなもどかしさはなに。





今までとは違う感情に、アルフォンスは漠然と何かが変わりそうな予感を感じた。

それは本当はもっと以前から育ちつつあった想いだったのだけど。

二人がその事に気付くのは、もう少し先の話になる。


















サイト2周年リクエスト企画第2弾
ご申告はかやま明さん

リクは
エドアル(妹)で、兄さんは軍部でソコソコの地位で働いてて、
ふとした時に射撃訓練している兄を見てときめいちゃうアル…
みたいなお話が読んで見たいのです!
との事でした

…最初このリクを見た時は、もっとラブコメ風な話をイメージしてたのですが
書き上げてみたら妙にシリアスっぽい上に、無自覚な二人になりました
というか続き物?みたいな感じで終わっててすみません;
今の所続きはまったく脳内にありません!(爆死)
でも何気に第1弾リクと同じ二人設定だったりします

かやまさん、お待たせしましたがこんなんでもよろしかったでしょうか?
またチャットで遊んで下さいね〜♪

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