思い返せばボク達は、本当に仲の良い姉弟だった。
幼い頃から不在だった父に、家族としての思慕は薄く。
ボクと姉の世界は、優しい母と一つ違いの姉弟、この三人で完結していて。
他にも大好きな人達はいたけれど、それでも比べようもなく大切な人は決まっていた。
だからだと思っていたんだ。姉が、ボクに固執するのは。
二人の「好き」の違い
「アルが好きだよ。」
いつからか姉の言葉に含まれる意味が変わってきた。
『好き』という言葉自体はお互いよく口にしていた。それは母が生きていた頃から。
幼馴染みの彼女にだって言っていた、気持ちが温かくなる呪文。
でも今姉が口にする『好き』はそれとは違う。
「ボクも好きだよ。」
ボクが応えると姉は複雑そうな顔になる。ボクの『好き』は以前とまったく変わらない。
それが不満なら『好き』だなんて言わなきゃいいのに。
でも姉さんは言い続ける。姉弟としてではないという『好き』の言葉を。
姉弟としてではない『好き』の言葉の意味と重みを、知らないはずはないのに。
言い続ける姉がボクには解らない。
「姉さんはたった一人の大切な家族だから。」
だから大好きだと告げれば、姉は途端に険しい顔になった。
「何だよそれ。家族じゃなかったら好きじゃないってことか。」
「そうは言ってないよ。だけど姉さんは紛れもなく家族だもの。」
「オレはお前が家族じゃなくても好きだ。弟としてだけじゃなく、アルが好きだ。」
真っ直ぐにボクを見るその目は、射抜かれてしまいそうに強くて戸惑う。
自分の想いに正直な、嘘の見えない揺るぎない視線。
ボクはその目にとても弱い。昔から、それは変わらない。
それでも考えだけは変えようがない。
「何て言われたってボクには解らないよ。ボク達が姉弟だって事は変わらないんだから。」
多分ボクも、姉さんが家族でなく赤の他人でも好きだと思うよ。
だけどその時の気持ちが、今ウィンリィに対して好きだと思うのと違うかどうかはわからない。
ウィンリィは大事な幼馴染みで、でも姉さんを好きな気持ちとはまったく違う『好き』だ。
それがどう違うのかと言われたら、それはもう家族で姉さんだからとしか言えない。
姉さんが姉さんじゃなかったら、こんなに好きとは思わないのかな。
でも今、間違いなく姉さんは姉さんで、ボクはそんな姉さんを大事だと思うのに。それだけじゃ駄目なの。
「それとも姉さんはボクと姉弟な事が嫌なの?」
ボクの言葉に姉の顔色が変わった。見たことの無い表情のまま固まる。
「ね…えさん?」
血色を無くし、青というより真っ白になってしまった顔色にボクは戸惑う。
近寄って肩を揺さぶると、ようやく姉が反応を示した。
「バ…、ア…。」
「バ、ア?」
発せられた言葉は途切れ途切れで意味を成さない。
聞き返そうと姉の顔を覗き込むと、見る見るうちにその顔が真っ赤になるのが分かる。
真っ白が真っ赤に。急激な変化に驚くボクの頭を姉がポカリと殴った。
「痛っ!!何するんだよ!」
頭を押さえながら姉を睨みつける。だがその姉の顔を見て、ボクは一瞬怒りを忘れた。
「馬鹿アルって言ったんだよ!お前と姉弟なのが嫌な訳ないだろ!」
ブルブルと震える手を握り締めながら、真っ赤な顔をしてボクを見ている姉。
「オレはお前と姉弟で良かったって思ってる。」
それは怒っているという表情ではなく。今にも泣き出しそうで。
「だけど、アルが好きなんだ…。わかってる、お前を困らせてるって事は。
でも言わなきゃパンクしちまいそうで。凄く苦しいんだよ…。」
「姉さん…。」
その顔が一瞬、ボクの知らない人のように見えた。
悲しいとか辛いとか苦しいとか、そういうのだけじゃなくて。こんな姉は見たことがない。
そんな顔をさせているのがボクだと思うと、胸が痛くなった。
「いいよ、姉さんの思うとおりにしていて。」
そう言うと、少し俯き加減だった姉が顔を上げた。
「今のボクは、いくら姉さんに好きだって言われても応えられない。将来応えられる日が来るのかも分からない。
だけど姉さんのこと、誰よりも大切だって思う気持ちは変わらないから。だから、言うくらいならいいよ。」
姉の言う事は理解は出来ない。どうしたってボクにとって姉は姉で、それは変わり様のない事実だ。
だけど姉の想いが間違ってるとか、いけない事だとは思いたくなかった。
理解できないというだけで全てを否定したくはない。姉がどれほど真剣なのかは分かるから。
それなら今はこのままで。困る、というのは確かだけど、嫌なわけではない。不思議とそれは本心だ。
将来、ボクも姉さんのように誰かを想う日が来るのだろうか。
それが姉さんなのか、他の誰かなのかは、今のボクにはわからないけど。
姉さんじゃないとしたら、今こんなに姉さんを大事だと、好きだと想う以上の気持ちを、別の誰かに抱く日が来る…?
それはとても不思議な気がした。
ボクの言葉に姉さんが小さな声で「ごめんな、アル」と呟く。
その顔が、とても寂しげな笑顔だったから、ボクは思わず抱き締めたくなったのだけど。
今、そうしちゃいけない気がして、伸びかけた手をギュッと握り締めた。
2周年御礼企画その8。リクエストはかおさん
リク内容は
アル←姉エド片思い話
弟に恋愛感情をストレートにぶつけるエドとそんな姉の気持ちが理解出来ないアル
でした
こういう話は書いた事ないな〜書けるかな〜と思いながらチャレンジ。
でも錬成後でここまで擦れ違うと辛いので、過去話です。
幼少という程幼くはないな。母錬成直前くらいでしょうか。
この時期女の子は成長早いけど、男の子はまだ子供だし。
一つ年上のエドの方が早く自覚してだだろうな、という感じです。
でもアルも自覚するのは時間の問題って気がする。
うちのアルは鎧になっちゃうとそのまま自覚無しで育ちますが、
姉さんの気持ちを知ってて傍にいたなら、自覚しちゃいそうですね。
このアルが鎧の時に自覚する話も書いてみたい気がします。いつか書けるといいな。
かおさん、面白いリクエストありがとうございました。
初チャレンジだったので上手く書けなかったかもですが、どうぞお受け取り下さいv
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