半年ほど前、オレ達は悲願を達成する事が出来た。
取り戻したアルの体は痩せて弱っていたけど、辛抱強く訓練しながら食事量を増やし、今はだいぶ回復していた。
そうしてようやく許可が下りた一時退院。
…だからその日は多少浮かれていたのだろう。アルフォンスも、オレも。
ありがとうの言葉を君に
「うわあ、ここがこれから住む家かあ。」
玄関に入った途端、アルフォンスが感嘆の声を上げる。
セントラル司令部の程近く、近所には市場もある便利な街。
アルフォンスが入院していた病院からも近い場所にあったこのアパートに、オレは家を借りていた。
もちろん将来的にはアルも一緒に住むつもりだったから、多少は広めの作りを選んでいる。
いずれアルが本当に退院出来たらリゼンブールに戻ってもイイのだが。暫くはセントラル暮らしの方が都合が良い。
「お前の部屋は一番奥の右手のドア。一通りの家具は揃えたけど、足りない物があったら買いに行こう。」
ぽやんと家を見渡すアルの手からさっさと荷物を奪い取り、オレはアルの部屋の扉を開ける。
慌てて付いてきたアルフォンスは部屋を見て、あれぇと変な声を上げた。
「おかしいな、兄さんが揃えてくれたにしちゃ、スッキリして趣味がイイや。」
「お前、言うに事欠いて失礼すぎるぞ。」
不機嫌に言うと、だってどんな部屋でもいいように覚悟してたんだけど、と言いながらアルが部屋に入ってきた。
オレはわざと乱暴な仕草で、アルフォンスの荷物を中央に置く。
「選んだのは殆どウィンリィだよ。この間1週間来てただろ?その時に頼んだんだ。」
「ああ成る程。それなら納得。」
頷きながら大袈裟に納得してみせるアルフォンスに、こんにゃろ、と思わないでもなかったのだが。
昔だったら速攻出ていた手は、今は出せない。殴るなんて無理だ。
それは長年異世界に囚われていた体が弱っていたせいもあったがー。エドワードは改めてアルフォンスの姿をジッと見た。
細い体躯。それは仕方ない。オレと栄養を共有していた体は、極端に痩せ細っていた。
これでもようやく「少し痩せ気味」くらいの域まで達したのだ。
長い髪。これも取り戻した当初に比べるとだいぶ切った。でも10歳の頃に比べると随分長い。
あの頃弟は常に短髪だった。弟、だったから。
やっとの思いで取り戻したアルフォンスの体は女性体になっていた。今のアルフォンスは弟ではなく妹だ。
何故そうなったのかは分からない。もしかしたらあの過酷な状況の中、少しでも安定した性になっていたのかも知れないが。
最初オレの戸惑いは大きかった。当のアルフォンスは尚更だろう。
だけどアルフォンスは全てを穏やかに受け入れた。性別は変わっても、ボクの体である事は間違いないからって。
アルは強い。格闘技がどうのよりも、その精神が誰よりも強い。それは妹になっても変わらない。
いやむしろ、女性体になってそれが揺るぎないものへと変わった気もする。
居間へと移動し、アルフォンスに温かい飲み物を出してからオレは言った。
「アル、疲れただろ。オレは晩飯を買いに行って来るから、少し休んどけ。」
今まで一人だったし、毎日アルの病院に行ってたから、食事は適当に済ます事が多かった。
それでもきのうの内に少し食材を買ったのだが、新鮮な方が良いものはまったく買っていない。
アルは牛乳好きだし買っとかないとな。…オレは飲まないけど。
手早くコートを着たオレの言葉に、アルフォンスが慌てて言った。
「兄さん、買い物ならボクも行きたい。晩ご飯もボクが作るよ。」
「あ、何言ってんだ。退院初日に無理する事ないだろ。」
本当はお祝いにどこかの店に連れて行こうかと思っていた。だけど今日は疲れたはずだ。
そういう外食の楽しみは後日ゆっくりとしていけばいい。軍の連中もお祝いしてくれるって言ってたし。
だから今日は家でテイクアウトでのんびりと、と思ったのだが。
「前何度か病院に持っていっただろ、チキン料理の美味い店。あそこで色々買ってくるから。」
「でも市場も近いんでしょ?だったらボクが作りたいよ。…そりゃ、あの店ほどは美味しく作れないと思うけど。」
ソファに座ったアルが上目遣いにこちらを見ている。その子犬のような目はやめてくれアル。兄ちゃんそれに弱いんだ。
「入院中仲良くなった女の子やおばさん達にね、色んな料理のレシピ聞いてたんだ。手軽に作れるのもあるんだよ。
あと旅してる時教えてもらったのもあるの。兄さんが美味しいって言ってたご当地料理。」
いつか兄さんに作ろうと思ってたんだ。とアルフォンスは嬉しそうに笑った。
旅をしていた時って、お前ひとつも食べられなかったのに。
オレが美味しいって言ってたのを、わざわざ教えてもらってたのか。
正直言ってオレは旅をしていた時、どこの料理が美味しかったのかなんて覚えちゃいない。気にもとめていなかった。
ただオレの体を心配して、食事をしろというアルフォンスに少しでも安心してもらいたくて。
オレが美味いと言うと、アルが少しでも安心するのが分かったから。味なんてどうでも良くて。
それなのにお前はそれを気に留めて、こうして元に戻れたら作ろうと思ってたのか…?
…やばい、妹に泣かされそうだ。どうもアルの体を取り戻した時号泣して以来、涙腺が弱くて困る。
「わかった。ただし今日は簡単な料理だけにしようぜ。オレも手伝うから。」
そうしてオレ達は久しぶりの我が家での食事を、手作りの料理で祝う事にした。
市場での買いだし中、アルフォンスは本当に楽しそうだった。
珍しい食材を見つけてはオレを呼び、美味しそうな物を見つけては食べたいねとオレの腕を引く。
一度に買うのは無理だぞ、腐らせちまう。と言ったオレの言葉に残念そうに頷いて。
そんなアルを見るのはオレも嬉しかった。今、アルは思う存分世界に触れている。
物に触れる感触、、嗅げなかった匂いを嗅ぎ、そして好きな物を食べる事が出来る。
入院していた時だって、少しずつ固形物を食べられるようになる姿を見るのは感動物だったけど。
今こうして外の世界にアルフォンスは、本当に生き生きしていた。
結局その日、二人で作ったのは牛肉のワイン煮込みだった。
煮込み時間という手間は掛かるが手順と味付けは割と単純。見栄えもなかなかに豪華となれば、祝いの料理には最適だ。
それに新鮮な野菜のサラダと、バケットにガーリックを塗って焼く。二人とも大満足の夕食だった。
食後のデザートは美味しいと評判のケーキ屋で買ってきた、チョコ・トリュフとミックスベリーのタルト。ーそして。
「早くこれ飲もうよ兄さん。ボク、楽しみにしてたんだ。」
アルが手に持ってきたのは、一本のワインだった。
それは先程料理に使うワインを買いに行った酒屋で、美味しいからと勧められて一緒に購入したロゼ・ワイン。
アルフォンスがグラスを用意する間に、慣れないながらもコルクを開ける。
素人でも使いやすいというシャープナーを買ったのは正解だな。何とかコルクを崩さずに開ける事に成功した。
「綺麗だねぇ。瓶もピンクで可愛いし。」
注がれるワインを見るアルは、好奇心旺盛な子供の様な目をしていた。
「お祝いだから買ったけど少しだけだぞ。体だって本調子じゃないんだから。」
グラスに半分ほど注いでアルフォンスに渡す。最初に釘を刺しとかないと、こいつ多少浮かれ気味だからな。
アルフォンスは礼を言いながらグラスを受け取り、心配性なんだから、とにこりと笑った。
程良く冷やしたアイスワインと呼ばれるそれは、酒屋の店主が言っていた通りとても濃厚な甘さと程良い酸味があった。
初心者にも飲みやすいし、食事には向かないがデザートと一緒に飲むなら最高というのも肯ける。
「凄い、デザートワインってこんなに甘くて美味しいんだ。」
「普通のワインはもっと酸味が強いよな。さっき料理に使った赤ワインもそうだったし。」
「そうだね。それにちょっと渋かったかも。ワイン通の人はそういうのが良いんだろうね。」
ボクはこっちの方が良いな、とアルフォンスがグラスを傾ける。その意見にはオレも賛成だ。
どこぞの無能辺りに聞かれたらお子さま扱いされそうだが、オレ達にはまだこっちの方が合っているのだろう。
仮住まいとはいえ、やっと帰って来れた家。幸せそうなアルフォンスの笑顔。
それらにすっかり気が弛んでいたオレは、アルフォンスが軽快にグラスを傾けるのを止める事すら忘れていた。
気が付くとアルは見た目にも分かる程ほろ酔い加減で、心なしか頭がフラフラと揺れている。
しまったと心中で呟いても遅い。ピンク色のボトルは殆ど空になっていた。
オレも飲んだが、どう考えても半分以上はアルフォンスが飲んでいる。
まだ本調子ではない痩せたアルフォンスには、適量以上のアルコールだろう。
「アル?眠いんならもう寝ろよ。ベッドは用意してあるから。」
「ん〜、ベッドぉ?」
アルがぼんやりと顔を上げてオレを見る。その目は半分伏せられ、今にも閉じてしまいそうだ。
駄目だ、こりゃオレの言葉も通じてないだろう。
小さな溜息ひとつ、オレは立ち上がるとアルフォンスの横に立った。
「ほら、立てよ。手貸してやるから。」
目の前に手を差し出したが、アルはうんと小さく頷くとそのまま俯いてしまった。
「ったく、しょーがねーな。飲み過ぎだぞ、お前。」
そのままにしておいてもどうにもならなそうだったので、オレはアルを横抱きに抱き抱えた。
ここ半年の療養中こういう事は何度もあった。アルの面倒を人任せには出来ない。
完全介護の病院だったから大抵の事は看護士がやってくれたけど、力仕事的な事はオレがやっていた。
最初の頃から比べると、アルの体はだいぶ肉がついて重くなっていた。それでもまだ平均的な女性の体型には遠い。
だけど少しずつ、頑張った分確実にアルの体は健康を取り戻していく。
腕の中の軽い体。でも確かに生きている温かな体。性別は変わってしまったけど、そんなの問題じゃない。
アルがいる。ここにいる。それだけが今のオレにとって、何よりも重要な事だ。
抱き抱えたまま部屋のドアを開けて、きのう整えておいたベッドにアルフォンスを横たえた。
いきなり女の体になってしまったアルでも違和感なく使えるようにと、クリームイエローで揃えられた室内。
ピンクとか可愛らしい色は入っていない、温かで落ち着いた色合いはアルフォンスに似合いそうだ。
揃えてくれたウィンリィに感謝しつつ、エドワードはベッドの横に座るとアルフォンスを眺めた。
「ん…、兄さん…?」
閉じられていた目が少し開いてオレを見た。気持ち悪くないか、と声をかけると大丈夫とアルフォンスが答える。
「なんかさー、すっごく気分いー…。」
「そりゃ、あんだけ飲めばな…。」
今は気分が良くたって明日は二日酔いだろう。苦笑いしてオレはアルフォンスの頬にかかっていた髪をのけてやる。
そのままその柔らかな髪を何度か撫でた。すると半開きだった目が開いてオレをまっすぐ見上げてきた。
「アル…?」
「うん…、あのね兄さん。ボクねぇ、今すっごく幸せ。」
オレを見る蜂蜜色の瞳が潤んで溶けている。その艶やかさと言われた言葉に、胸が一瞬締め付けられたような気がした。
「旅をしてた頃だってね、ボク結構幸せだったよ。兄さんと一緒だったしさ。」
でも今は最高に幸せなんだー。と、どこか舌足らずに話すアルフォンスに、何とも言えない感情が込み上げてくる。
「…そっか、良かったな。アルが幸せならオレも嬉しいよ。」
弱くなった涙腺を叱咤して何とか堪えながら、アルフォンスの頭を撫で続けた。
その内またアルの目がとろとろと溶け出してしまう。
「…ありがとう、兄さ…ん…。」
僅かに微笑みながらそう言うと、アルフォンスの目は完全に閉じた。
どうやら寝入ったようだ。朝まで目は覚めないだろう。
「ありがとう、だってさ。」
それはオレの台詞だってーの。エドワードは苦笑するとその場に座り直した。
傍にいてくれてありがとう。きっと辛かったはずなのに、諦めないでくれてありがとう。
幸せだと言ってくれてありがとう。オレの弟に生まれてきて、ありがとう。
その全てでオレを救ってくれた、愛しいという気持ちを教えてくれた。お前という存在に、ありがとうと言いたい。
眠るアルフォンスの幸福そうな寝顔。ずっと見ていたい、なんて駄目かな。
ゆっくり休ませてやりたいし、部屋を出て行かなくてはと思うのだが。
どうしても離れがたくて、エドワードは飽きる事無くアルフォンスの寝顔を眺め続けた。
サイト2周年御礼企画その1。リクエストはくまはちさん。
リク内容は
弟でも妹でもいいので【甘えたさんなアル】
もうベッタベタに甘えさせてやってください。
との事でした。
理由はやきもちでも酒の勢いでも可との事だったので
以前アルエドでアルが酒に酔ったのは書いたなと思い、今度は妹でお酒ネタです。
変態兄さんにすると裏行きになりそうなので、ストイックでイイですよと気を使って頂きました(笑)
なのでストイック、というか兄妹共に無自覚になってしまいました。
久しぶりに兄妹をじっくり書けた気がします。
恋人同士の二人より、妙に甘い気がするのは気のせいでしょうか?(笑)
あ、でも甘えてる描写が少ないかな?どうでしょ?
くまはちさん、素敵リクエストありがとうございました!
途中同盟アルエド小説と平行して書いた上に、ちょっと長くなったのでお待たせしてすみません;
変態兄さん同盟共々、これからもどうぞよろしく〜v