あの頃のボクは自分が思うよりも子供だったのだと。
今頃になって思い知るはめになるなんて。
あの日の温もり
昔から姉はボクに「好きだ」と言っていた。
姉弟としてではなく、「アルフォンスが好き」なのだと言っていた。
だけどボクは何度言われてもその意味が分からず、随分と姉を悲しませていたと思う。
思えばあの頃のボクは、「男」と「女」の違いすら本から得た身体的な違いでしか理解していなかったのだろう。
姉弟の、家族の好きとは違うのだと言われても、それが友達の好きや動物を好きだと思う気持ちとの違いくらいにしか認識できなかったし、
ましてや恋愛感情の好きだなんて理解の範疇から越えていた。
ボクは割と早熟な子供だったと思うけど、姉はもっとそうだったという事なのだろうか。
その違いをあんなに早くから理解していたのだから。
あの後、ボク達は錬金術師としての最大の禁忌を犯し、その報いを受けた。
そうして体を失って、今まで当たり前のように感じていた事全てを失って、初めて気付いた事がある。
ボクの中での、姉さんという存在の意味。
いつも近くにあった温もり。抱き締めてくれた柔らかな手。
心地よかったそれら全てを失ったみて初めて、それが何よりも尊いものだった事を知った。
ボクの中をどれだけ占めていたのかを思い知らされた。
気付いてしまった気持ちを伝えるべきかどうかは随分と迷った。
だけどずっと正直な気持ちを言い続けていてくれた姉には、伝えるべきだと思った。
あなたが好きなのだと。そう初めて自分の気持ちを口にした夜。
姉として、家族としてではなく、あなたが好きだと伝えた夜。
最初意味が分からなかったのか戸惑っていた姉さんも、何度も好きだと言うとようやく理解してくれた。
大きな目が零れそうな程に見開いて、見る間に潤んでいく。
呆然としたように静かに涙を流したあの時の姉を、ボクは生涯忘れないだろう。
ボクの名前を繰り返し呼びながら、抱き付いてきた小さな体を受け止めたあの時の感動を。
ボクはきっと忘れない。
もっと早くに気付けばよかった。
生身の体をもっていたあの頃に。あなたを温かい体で抱き締める事が出来たあの頃に。
想いを返してもらえないのに伝え続けることは辛かったはずだ。あの頃に気付いていれば、あなたを悲しませずにすんだ。
でも、もしかしたらと思う。
もしかしたら禁忌を犯さずあのまま暮らしていたら。ボクはこの想いに一生気付かなかったかも知れない。
姉を姉としか見ることが出来ず、自分の本当の気持ちなんて理解できずにいたような、そんな気がする。
ボクはこの想いに気付けて良かったと、本当にそう思うから。
この体になったことは、そういう意味では悪くはないと思う。
取り戻そう、必ず。姉さんの体も、ボクの体も。
そうしてボクはあなたを抱き締めよう。
あなたが今まで与えてくれていた温もりを返せるように。
冷たい鉄の体、固い鞣し革の手ではなく。凍えそうな夜にあなたに温もりを返せる体に還ろう。
だって今、こんなにもあなたを抱き締めたいのに。
この体じゃあなたの温もりも柔らかさも匂いも、小さく洩れる吐息も流れる涙も触れられない、わからないんだ。
それがとても悔しくて、悲しい。
必ず取り戻す。姉さんの体も、ボクの体も。
そうしていつか新しく生まれる熱を、あなたと共に分かち合う。