長い事降り続いた雨がようやく止んだ朝。ボクは目覚めてすぐに外に出た。 木々に残った滴が透明に空を映している。 雨に掃除された空気は澄み切っていて、胸一杯吸い込むと体が綺麗になる気がする。 世界は今日もこんなに美しい。 ふと目に入ったジャスミンの葉に溜まった雨水が、光を反射してキラキラ光っている。 それがとても美味しそうに見えて、ボクはそっと手を伸ばし顔を近づけ、コクリと飲んでみた。 「うん、美味しい。」 「…何やってんだ。」 呆れたような声に振り返ると、やはりそこには呆れ顔の兄がいる。 「おはよう。兄さんも飲んでみる?」 雨と朝露のミックスブレンド。木の葉の器入り。 美味しいよと正直な感想を言ったのに、兄はますます呆れ顔になった。 「雨水飲むなよ。腹壊すぞ。」 「大丈夫だよ。こんなに綺麗なんだし。」 「綺麗に見えても空気中のバクテリアなんかがだなー。」 「もう、分かってる事敢えて言わないでよ。朝の良い気分がぶち壊しじゃないか。」 まったく兄はロマンというか情緒がない。そう言ってボクが怒るとへーへーと首を竦めた。 家へと戻りかけた兄が、ふと思いついたように振り向く。そのまま頭を掴まれて、驚く間もなくキスされた。 「ん…っ!」 するりと入り込んできた舌が、なぞるようにボクのそれに絡み付く。その熱い感触に背筋にゾクリと震えが走った。 一通り嬲られたあと兄さんが離れていく。少し荒くなった息を整えるのに必死だったボクに兄さんが一言。 「消毒。」 嬉しそうに言われて一瞬何の、と聞こうとして。すぐに兄の言っている意味に気付いた。一気に顔が赤くなる。 「しょ、消毒って!口の中にだって雑菌はいるんだからねっ!」 「おい、オレの口はバイ菌かよ…。」 ガックリと落ち込む兄さん。お前だって情緒無いじゃん、と文句を言われたけど知るもんか。外でキスしてくる方が悪い。 しかも朝っぱらから濃厚なのを。誰かに見られたらどうするんだ馬鹿兄。「朝の挨拶です」なんて言い訳もできないじゃないか。 それにしても焦った。赤くなった頬を早く戻したくて、ボクは無駄だと分かっていたけど手で扇ぎながら家へと入る。 でも混乱して咄嗟に出た言葉とはいえ、バイ菌扱いは可哀相だったかも。 仕方ないから朝食に兄さんの好きなキノコとベーコンのオムレツを作ってあげよう。 取り敢えずコーヒーを入れる為、ケトルに水を注ぎながら、ボクは朝食の献立を頭の中に組み立てていった。 朝食を終え兄さんを誘って買い出しにでも行こうかと考えてた頃郵便の束が届いて、ボクはその整理を始めた。 兄さんが国家錬金術師を続け、軍の仕事を手伝っている関係上、書類の類はよく届く。 それを単に事務的な物と、兄さんが目を通すべき物とに選り分けるのはボクの役目だった。 その中で異彩を放つ真っ白な上質の封筒を見つけ、ボクは小首を傾げた。 「招待状…?」 届いた封筒には、兄さんとボクの名前が連名で書かれてある。 しかも差出人が、今は大総統であるロイ・マスタング名になっていた。 「兄さん兄さん!こんなの届いたんだけどー!」 慌てて手渡すと、封を開け中身を確認した兄の顔が見る間に不機嫌になっていった。 手紙をテーブルに投げ出すと、そのまま電話へと向かってしまう。 放り出されたそれを手に取り見てみると、仰々しい書体が目に入った。 「シン国との国交友好条約締結記念パーティー?」 再来月にシン国とアメストリスとの間で正式に条約が交わされる。その日の夜に行われる親善パーティーへの招待状だった。 電話のボタンが壊れそうな勢いで兄さんがかけたのは、限られた人間しか知らない大総統執務室への直通番号だ。 最初出たのは筆頭補佐官であるリザさんだったのだろうか、兄は比較的穏やかだった。 だが次の瞬間には見るからに凶悪な顔になり、開口一番怒鳴り始める。 微かに聞こえてくるロイさんの声と、リビング中に響いている兄さんの声。それで大体の話は分かってきた。 『先日の電話の時伝えたはずだが?君もアルフォンスを連れて出席するようにと。』 「その時オレも言ったはずですがねぇ。誰がそんなの行くかよってな。」 つい先日、兄が大総統と電話越しにやりあってたのは知っていたが。 出ない行かないなんて言ってたから、急な会議でも入ったのかと思ってた。こういう事だったのか。 そんなに怒らなくてもいいのになぁと思いながら、ボクはキッチンへ向かった。だからその後二人がどんな会話をしていたのかは知らない。 そのままその場に残っていれば、止めることも出来たのに。その時のボクにはその後の展開を知るよしもなかった。 『君がそういう席が嫌いな事は承知しているがね。今回はリン・ヤオがシン国代表として来るんだぞ。知らない仲でもないだろう。』 向こうだって見知った顔がいれば気も楽になるだろうし、という大総統の言葉にエドワードはせせら笑った。 「あいつがこんな事で緊張するようなタマかよ。知った顔なんてあんた達で充分だろ。」 『…どうしても嫌か。』 「クドい。どうしてもっていうならセントラルには行っても良いが、パーティーには出席しない。」 その言葉にロイは早々に攻め方を変える事にした。もっとも有効的なそれに。 『そうか、それは残念だ。せっかくアルフォンスの麗しい姿を見れると思ったのにな。』 溜息混じりに言われて、エドワードが怪訝な顔になる。 その様子を感じ取って、電話越しのエドワードには見えないが大総統はニヤリと笑った。 『以前セントラルに来た時にぼやいていただろう。アルフォンスが女性らしい服を着てくれないと。 パーティーは国賓を招いての正式な物だ。女性の正装と言えばもちろんドレスだからね。もちろん君達だって例外じゃない。』 アルフォンスのドレス姿はきっと綺麗だろうなぁ、実に残念だと態とらしく言うロイの言葉を呆然と聞くエドワード。 ドレス…、アルのドレス姿。そんなの考えた事もなかった。 なにしろアルフォンスは今まで一度も可愛らしい格好をしてくれた事がない。 最近では辛うじてスカートも履くようになったが、カジュアルなものばかりだ。いやそれだって可愛いんだが。 妹にひらひらふわふわのワンピースを着てもらいたいって、兄の夢だよな。白とかピンクとか。なんであいつは叶えてくれないんだか。 元男として恥ずかしいのは分かるんだけど、絶対似合うから一回くらい着てくれたっていいのに。 拝んだってお願いしたって駄目だったアルフォンスの女の子らしい姿。しかもこんな時でもないと絶対着てくれなさそうなドレス。 うわ、こんな機会滅多にないぞ。ものすごく見たい! 「あーーーーっと、大総統?どうしてもって言うなら考えないでもないけど。」 急に態度を改めたエドワードに、電話越しにロイはほくそ笑んだ。 思惑通りだ、まったくこの兄は分かりやすい。まあそこが、小憎たらしいこいつの唯一の可愛げになってるんだが。 |
H18.10.30
あれだけ怒鳴っているから喉も渇くだろうと、お茶を用意していたボクの耳から兄の怒鳴り声が消える。 代わりに聞こえてくるのは、何やら打ち合わせしているような会話だった。 アールグレイのアイスティーを煎れてリビングに戻ると、メモを取りながら頷く兄さんの姿。 どうやら今の電話の相手はリザさんのようだ。ロイさんとの話は終わったのかな。 じゃあまた今度と電話を切って振り向いた兄さんにボクは紅茶を勧める。兄さんはテーブルにメモを持ったままやって来て腰掛けた。 「アル。あのな、再来月のこのパーティー、出席する事になった。」 「え?珍しいね。兄さんが折れたの?」 あんなに嫌がってたのにまさか引き受けるとは思わなかったので、ボクは純粋に驚いてしまう。 「まあ…な。今回のは国家間の重要な物だから、こっちも面子を揃えたいらしくって。」 向こうからも術師が何人か来るらしいと言われ納得した。 シン国には錬丹術がある。友好化に伴い、互いの術の知識も交換しあおうということか。 それには賛成だし、そういう場に兄さんが借り出されるというのもよく解る。兄さんがこの国最高の術師であることは間違いない。 「だからお前もそのつもりでいてくれ。明後日にでも服の採寸にセントラルに行こう。」 「採寸って、ボクも?」 「それ見ただろ。お前も招待されてるから。」 兄さんは招待状に目線を向けた。確かに招待状はボクと兄さんの連名できている。 「でもボクは国家錬金術師でもないのに。」 「昨年制定した新しい国家錬金術師法、あれの法案作りにはお前も参加しただろ。オレの助手扱いだったけど。 そうじゃなくてもオレと同レベルの術師なんてお前しかいないわけだし。錬金術師の代表として二人で参加しろって事らしい。」 それに正式な晩餐会だからな。パートナー連れで参加するのが慣わしだ。兄さんはそう言った。 慣わしだなんて言葉、兄さんの口から聞くと違和感ばりばりだった。いや、その前にパートナーって。そして採寸ってもしかして。 「あのさ兄さん。ボク凄〜く嫌な予感がするんだけど。」 恐る恐る見上げると、そこにはやけに機嫌の良さそうな兄の顔。 本人、一応にやけるのを我慢しようとしているらしいのだが。隠しきれない本心が顔と言わず全身から溢れている。 どう見ても昔から何度かみた、やな事考えてるいやらしい顔だった。長い付き合いゆえにそれで全て解ってしまう我が身が悲しい。 「冗談じゃないっ!ボクはセントラルになんて行かないからね、採寸なんてしないっ!!」 立ち上がって怒鳴るボクを、兄さんが変にキリッと真面目な顔で見詰める。胡散臭さ倍増だ。 「アル。仕立ててくれるのはリザさんが紹介してくれた店だ。腕も良いって太鼓判押してくれてたぞ。」 折角のリザさんの好意を無碍にするのか、と言われてボクは一瞬言葉に詰まった。 ここでそんな風にリザさんを持ってくるなんてずるい。ボクが(というかボクらが)彼女に弱い事、お互いによく解っている。 「それにリンがシン国代表として来るそうだ。きっとランファン達も来るぞ。久しぶりだしお前も会いたいだろ。」 懐かしい名前を出されて更に言葉に詰まる。会いたいか会いたくないかと言われたら、そりゃもちろん会いたいよ。 「…フォーマルスーツとかじゃ駄目かな。パンツスーツとまでは言わないから。」 タイトなスカートでもスーツなら何とか許容範囲だ。譲歩として言ってみたのに、兄さんは容赦なく首を振った。 「駄目駄目、国賓を招いての晩餐会だぞ。ドレスコードは男がブラックタイ、女はイブニングドレスだってさ。」 嫌だけどオレもタキシード着るんだし、なんて言われたって全然肯けない。 「ちなみにこれは大総統命令だからな。もう決定事項。いくらアルだって断れないぞ。」 そう言った時の兄さんのニヤリとした顔のいやらしさ。ああ、ムカつくったらありゃしない。 「開口一番怒鳴って断ろうとしてたのはどこの誰だよ!兄さんの馬鹿ーーーーー!!」 怒りのままにソファに置いてあったクッションで兄さんをタコ殴りにした。もちろんそれで堪えるような人じゃなかったけど。 ボロボロになって床に横たわる兄を見ながら、これからはウィンリィみたいにスパナを持ち歩こう、そんな密かな決心をしたボクだった。 |
H18.11.5
結局伝家の、いや国家の宝刀「大総統命令」を持ち出されては、一般庶民のボクに断る術はない。 渋々と兄さんに連れられてセントラルに赴き、仕方なしに採寸を受けた。 ドレスのデザイン画なんて見せられても、にわか妹のボクには選びようがなくて。その辺りはリザさんに任せる事にする。 忙しい彼女に面倒をかける事に申し訳なさもあったけど、何だか妙に嬉しそうにしているのは何故なんだろう。 下手をすると兄さんよりも喜々としている気がするんだけど。 普段キリっとしていて表情を崩さない彼女の、こういう所は珍しくて。ボクもささくれだった気分が和らいでいく。 楽しみにしているよと言った大総統の、澄ました顔には心底むかつきやがりましたが。兄と違って気軽に殴れないのが辛い所だ。 何だかんだでドレスは仮縫いを経て予定通りに仕上がり、ボク達兄妹は晩餐会の当日セントラル入りした。 準備はホテルの部屋に美容師さんに来てもらって仕度してもらった。 髪を整えるだけじゃなく、お化粧までされて少し戸惑う。グロスとやらをたっぷりと塗られた唇が重い気がする。 用意が調ったからと吊して置いたドレスを渡されて、袖を通した。 サラリと軽いシフォンで幾重にも重ねられたアシンメトリーのスカート。イブニングだからと肩は当然オフショルダー、細いリボンで結んであるだけ。 まさか男に生まれたボクが、こんなドレスを着る日が来るなんて想像もしたことなかった。当たり前と言えば当たり前だけど。 慣れないボクでも歩きやすいようにと、少し太めのヒールにストラップ付きの靴を履き、肩にショールを掛ける。 細かく刺繍とビーズが散りばめられたショールも、肌を露出するのは嫌だろうとのリザさんの心遣いだった。その細やかな配慮が有り難い。 全ての仕度が調って鏡の前に立つと、そこにいたのは確かに自分なのに他人のような、不思議な存在だった。 「そのドレス、とても良くお似合いですわ。きっとパーティーでは注目の的になりますよ。」 自分の事でもないのに嬉しそうに言う女性に、ありがとうございますと答える。心から言ってくれている事は分かったので。 でもボクにはどうしてもそうは思えなかった。鏡の中に映るのは確かに少女。髪や目の色を覗けば、母によく似ている。 取り戻したのが女の子の体だった事は、もう自分でも納得したと思っていた。 最初は戸惑う事もあったけど少しずつ慣れてきていたし、全ての感覚が問題なく感じられる。それで充分なんだと。 何よりこの体で兄さんと愛し合い、抱き合う心地よさも女として愛する人を受け入れる喜びも知っているのに。 まだどこかでボクは、女性としての自分を納得出来てはいなかったんだろうか。複雑な気分で鏡を見て、慌てて首を振った。 こうして考えていたって仕方ない。理性で納得していたつもりでも、感情は付いてきていなかったのかも知れない。 それはコントロールできる事ではないし、時間が解決してくれる事だ。この体で生きていく事自体に何の不満はないのだから。 どんな姿になったって、性別が変わったってボクはボク。アルフォンス・エルリック。鎧の姿だった時もそれだけは変わらない。 片づけが済んだ美容師さんが部屋を後にするのに挨拶をして、ボクは小さなバッグを手に取った。その時扉がノックされる。 「アル?仕度はできたか。」 「今出ようと思ってた所だよ。」 返事をすると兄さんが部屋に入ってくる。ごめん、待たせたよねと謝りながら振り向くと、見たこと無いような兄の姿があった。 タキシードジャケットに立衿ヒダのシャツ。スタッド釦とダブルのカフスは艶やかな光を放つオニキス。 ポケットに刺したチーフは、ボクのドレストップと同じ素材のシルクでお揃いにしてある。 いつも見慣れている兄さんとはまるで違う人のようで、思わず見とれてしまう。 すると兄さんもボクを凝視している事に気付いた。というより固まってるような…。 ![]() 「兄さん?大丈夫?」 「え、ああ。」 近づいて兄さんの顔の前で手を振ると、今目が覚めたというように兄さんが目をパチクリさせた。何だろう、その曖昧な返事。 「仕度で疲れちゃった?まだ時間あるし、お茶でも飲んでから行こうか。」 部屋を出ようとしたボクを、兄さんの手が引き留めた。見上げるようになってしまった兄さんを思わず振り向く。 ボクを見る兄さんの顔には表情がなかった。訝しく思う間もなく、その腕の中にふわりと後ろ向きのまま引き寄せられて戸惑う。 「兄さん…?」 声をかけると兄は小さく身じろぎした。ゆっくりと体を離される。 「びっくり、した。いつもと全然違うから。」 「え?」 「似合ってる。凄く綺麗だ、アル。」 ボクを見ながら口元を押さえ、少し照れたように言う兄さんの姿に、何だかこちらまで照れくさくなってしまう。 不思議だ。さっき美容師さんに似合ってると言われた時は、複雑な気持ちにしかなれなかったのに。 兄さんに綺麗だと言われて嬉しいって思っているボクがいる。兄さんがそう言ってくれるなら、この姿も悪くないって、そう思える。 この違いは何だろう。ボクってこんなに単純だったのかな。 好きな人に褒めてもらえた、それだけでこんな風に喜んでるなんて。 「ありがとう。兄さんも格好いいよ。…ちょっと惚れ直したかも。」 「アル…。」 いつもだったら恥ずかしくて言えないような台詞が、口から自然と出てきて自分でも驚いた。 普段とは違う格好で、家ではない所にいるからなんだろうか。 兄さんの手が腰にまわり、当たり前のように顔が近づいてきてー、ボクはハッとしてその顔を手で遮る。 「おい、アルフォンス。」 不機嫌そうな兄の声に慌てるけど、駄目なんだって今は! 「お化粧が取れちゃうでしょ。ボクじゃ直したり出来ないんだからね。」 今はおあずけ、そう言うと兄がにやける。今はなんだな、今は、と繰り返し後ろで呟く人を置いて、ボクは部屋から出た。 後で、帰ってきてからなら良いよ。だって本当はボクだってキスしたかったんだから。 |
H18.11.9
晩餐会は賑やかで豪奢なものだった。 大総統であるロイさんと、シン国代表であるリンが簡単な挨拶をしてパーティーが始まる。 その様子を脇で見ていたボクと兄さん、そしてリザさんの元へ壇上から二人が降りてきた。 「久しぶりだネ二人とモ。元気にしてたカ?」 軽く手を挙げながら笑うリンに、ボクも笑って答える。 「うん、こっちは相変わらずだよ。リンも元気そうで良かった。ところでランファンは?」 「どこかでこっちを見張ってくれているはずだヨ。出席しろと言ったんだが、自分は護衛だからと譲らなかっタ。」 「ランファンらしいね。後で会えると良いんだけど。」 思わず苦笑するボク。こんな風に変わらない所を見れて安心する。喜ぶボクを見ながら大総統が何故か感心したように頷いた。 「それにしてもそのドレスは君に良く似合っている。なかなかの見立てだ。」 横にいるリザにそういうと恐れ入ります、と頭を下げる。 そんな彼女のネーミングセンスを思い出しながら、ロイは少々苦笑いした。名前と服のセンスとは別物らしい。 「本当にナ。これだけの人の中で、かなり目立っているゾ。」 「…そうかな。ボク自身は着慣れなくて居心地が悪いんだけど。」 感嘆するように褒められてもやっぱりイマイチ納得できない。目立つと言えば大総統と、その横にリザさんが並べば抜群に目立つ。 あとは兄さん。会場入りした時から兄さんが人目を惹いているのをボクは気付いていた。熱い視線は周りのご婦人方の物だ。 「自覚がないというのも罪なものだ。今度私からも君に似合いそうな服をプレゼントしようか。」 「それはイイ。じゃあ我が国からも民族衣装を贈ろウ。女性用の衣装は美しいゾ。」 「いや、それは遠慮しときます…。」 異国の美しい民族衣装。見る分には楽しいけど、自分が着るとなると話は別だ。 それにあれってシン国の女性のような、綺麗な黒髪だから似合うんだと思う。ボクみたいな金髪だと浮いてしまいそうだ。 げんなりするボクを置いて、ロイさんとリンは二人で何色の服が良いとか盛り上がっていた。 そんな二人にリザさんが「それくらいになさったほうが。」と声をかけた。 その言葉にこちらを見たロイさんが、苦笑して肩を竦める。 「止めておこう。私達がアルフォンスにどんな衣装を贈った所で、絶対着せるものかという顔したのが横にいる。」 「ああ成る程。アルフォンスへのプレゼントは鉄壁のガードを潜らないといけないのカ。それは難しそうダ。」 横?ガード?目をぱちくりさせたボクの横から、低い声が響いて来た。 「分かっているなら止めときな。お前らが寄こした服なんて、絶対アルには着せないからな。」 「これだからな。独占欲も程々にしないと狭量な男は嫌われるよ、鋼の。」 「そんな淡白な質にはなれないもんでね。これでも押さえてる方だ。」 「確かにナ〜。昔のエドなら問答無用で殴りかかってきそうダ。でも並の男ならお前に睨まれただけで戦意喪失だろウ。」 「睨まれてビビるような並の男がアルに粉かけようとするなんて、100万光年早い。」 「並の男が駄目なら、我々なら粉をかけても良いという事か。」 「それ、下手すりゃすっげー自惚れた台詞だぜ大総統。まあ命が惜しくないならやってみな。」 聞いているこっちは頭痛がしてきそうな軽口の応酬。でも言いながらも兄さんの顔は楽しそうだった。 何だかんだ言ってこの二人には気を許してるんだなぁと微笑ましい気持ちになる。 ふとロイさんの横にいるリザさんと目が合う。仕方ない人達ね、というように軽くウィンクされて、ボクもつい笑ってしまった。 |
H18.11.14
国賓や国の重鎮を招いての席で、あまり身内だけで会話もしていられない。 二人と別れた後兄さんとボクは、シン国の錬丹術師達と今後の事について話あった。 錬金術と錬丹術、双方の特性を活かしつつ上手く融合させる為に出来る事を考える。 結局まずはお互いの国に特使を派遣し、数年後その特使を集めて研究機関を立ち上げ合同で運営するという方向を定めた。 満足したようなシン国の術師に挨拶をして別れる。これで一応このパーティーでのボク達の役割は終わりだ。 「お疲れさま。結構話が進んだね。」 「そうだな。近い内にこっちでも誰を派遣するか検討しないと。」 その時兄さんが歩みを止めて、ボクの顔を覗き込んだ。。 「アル。お前、足を傷めたか?」 う〜ん、気付かれちゃったか。自然に横を歩いたはずなのに、兄さんはボクの微かな変化に気付いてしまう。 「大丈夫だよ。傷めたって程じゃないから。」 苦笑しながら答えた。ただ新しいヒールだったし、少しだけ靴擦れみたいになってる気はする。ちょっとだけ足首も痛い。 「無理すんな。ーちょっと大人しくしてろよ、アル。」 「え?うわ、兄さんっ!」 いきなり抱えられて焦ってしまう。抱えられて、というかこれは紛れもなくお姫様抱っこというやつでは…。 「ちょっと兄さん、ボク歩けるってばっ!降ろして!!」 「駄ー目。お前が何でもない振りしてる時ほど厄介なことはないからな。そこのテラスに行くまでだから我慢しろ。」 足の状態確認したら放してやると言われても…。今視線を集めまくってるこの状況をどうにかしたいのにっ! どうしてこの人、こういう事衒いもなくやっちゃうんだろう。普段は意外と恥ずかしがり屋な面もあるくせに。 暴れたって放してくれそうにない事を悟って大人しく兄の肩に腕を回した。暴れる方が目立つし、この上落ちたら大変だ。 アルフォンスを抱えたエドワードは、自分達に集まる視線を物ともせずさっさとテラスに行く。 置かれている鉄製のテーブルと椅子。白いガーデン用のそれに座らされた。するとそのまま兄さんが屈み込む。 ストラップを外して靴を脱がされた。踵を見た兄さんが眉を軽く顰める。 「やっぱり靴擦れになってるな。救護室行くか。」 「このくらい平気だよ。もうすぐパーティーも終わるし、ホテルに帰ったら消毒するから。」 でもなぁと渋りながら兄さんはもう片方の靴も脱がせてくれた。脱いだ靴の上に足を放り出す。 先の尖った窮屈な靴から解放されてホッと息を付いた。女の人って色々と大変だ。 その時風が吹いて兄の長い髪を揺らした。急に秋めいているこの頃の風はだいぶ涼しい。 「テラスだと少し冷えるな。」 そう言って兄さんはジャケットを脱ぎ、ボクの肩に掛けてくれた。 「ボクは大丈夫だよ。兄さんが寒くなるじゃない。」 「オレはシャツ着てるから大丈夫。お前は薄いのばっかだろ。良いから着とけ。」 そのまま兄さんはテラスに肘を乗せもたれ掛かった。ありがとうと言って、ジャケットを引き寄せる。 兄さんが着せてくれたジャケットは、心地よい温もりがあった。 上着を脱ぐと、兄さんのスタイルの良さが益々際だつ。細腰をカマーバンドがより一層強調してスッキリ見せている。 姿の格好いい人だなと素直に思った。立ち姿が様になるし、黙って立っているだけで自然と目が行く。 こんな華やかな場所でも誰よりも目立つ人だ。 どうして、と思った。 どうして兄さんはボクを選んだんだろう。軍でも街でも凄くモテてること、ボクは知っている。 幼い頃二人して淡い恋心を抱いたウィンリィは、誰の目も惹くような美しい女性になった。 きっとどんな女性だって兄さんを本気で拒むなんて出来ないはずだ。望めば誰とだって愛し合える。 なのに一番厄介な事ばかりのボクを、どうして好きになったの。望んでくれるの? 兄さんはいつも他の誰よりもお前じゃなきゃ駄目なんだって言ってくれる。 それはボクだって同じ気持ちで、じゃあどうして兄さんじゃなきゃ駄目なんだって聞かれても答えに困るけど。 どんなに愛したって愛されたって、心から満たされていても繰り返し湧いてくる疑問。 兄妹であるという繋がりが消える事はない。消えることなんて望んでいない。 だからこそ払拭する事は出来ない思い。生きてる限りボクはその事を考えずにはいられない。 ボクであなたを幸せに出来るかな。幸せになって欲しいんだ、誰よりも。 …愛して、いるから。 開いたままの扉からは、ワルツの音色が聞こえてくる。どうやらダンス・タイムに入ったようだ。 硝子越しに見えるのは煌びやかなシャンデリアの明かり。その下を熱帯魚のようにヒラヒラと舞う紳士淑女達。 「お前も躍りたいか?」 その様子をぼんやりと見ていたボクに、兄さんが声をかけてきた。それに小さく首を振る。 「ううん、ここの方が落ち着くし。ボクは兄さんとのんびりしてる方がいい。」 早く家に帰りたいなと思った。兄さんとボクの家に。 眩いばかりのシャンデリアも、ホテルみたいに豪華な家具もいらない。心から落ち着けるあの家に帰りたい。 兄さんとボクがいて、二人だけで。それが当たり前のボクらの家。今朝出てきたばかりなのに妙に恋しい。 「オレもだ。…家に帰るのは明日まで無理だけど、今日はこのままホテルに戻っちまおうか。」 言葉と共に膝下に兄さんの手が差し入れられる。また抱え上げられてボクは慌てた。 「待って、このまま帰る気?せめて誰かに伝えとかないと心配かけちゃうよ。」 ボクがそう言うと兄さんは一瞬考えて、ボクを横に抱えたまま椅子に座り直した。 そしてパシンと手を叩き右手の機械鎧の指先を錬成させると、続いて胸元から取り出したポケットチーフを紙に錬成する。 「…機械鎧を炭に錬成するなんて、ウィンリィに知られたら殺されるよ。」 機械鎧のカーボン成分だけを指先に集めたのか。比率が変わっちゃうじゃないか。 「ちょっと指先だけだろ。すぐ元に戻すし。」 何やら書いていた兄さんはこれで良し、と満足そうに言うと紙を床に置き、その上にボクの靴を乗せた。 「ちょっと兄さん。靴が無いとボク歩けないんだけど。」 「そんな足で歩かなくていい。お前はオレが連れて帰る。アルの足を痛める靴なんか捨てていけ。」 嬉しそうに言われてボクは溜息をついた。抱えて帰ろうっての?ほんとに馬鹿なんだからこの人。 溜息は出るけど拒もうとは思わないボクはもっと大馬鹿だけどね。 テラスの端を階段に錬成して、ボクらはパーティーを後にした。微かに聞こえるワルツの音楽を背後に聴きながら。 靴を残して消えるなんて、まるでシンデレラみたいだ。そう言ったら、12時に消えるなんて許さねぇぞと言われた。 王子様と一緒にパーティーを抜け出す成り立てのシンデレラ。 ボクはボク、アルフォンス・エルリックのまま、あなたにとってだけの女の子になる。 兄さんの腕の中なら、魔法が解ける日はこない。 |
H18.11.19