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良守と誰か 黒良注意報
「勝手にしやがれ」
この想いはどうせ、どんな形に収束したとしても救われない。
兄弟で男同士で好きだの愛してるのだの、どう考えたって不毛すぎる。
だけど仕方ないじゃないか。
そりゃ俺だって昔はね、何度も思い直そうとしたさ。あいつに憎まれてるって思ってたし。
嫌いな相手に好かれる事くらい、相手にとって苦痛な事もないだろう。
憎まれてるなら、こっちだってせめて懐かないでいてやらないとさ。
周りをまとわれつかれたって、向こうだって迷惑だと思うだろう?
でもそうじゃなかった。
まったく、お互いに対してだけ素直じゃないなんてさ。
似てるって言われたのなんて眉くらいの、全然似てない兄弟なのにさ。
こんな変な所だけ似てるのな。そんでまた俺達兄弟なんだって自覚すんの。
こーいうのって何て言うんだっけ?堂々巡り?八方塞がり?
どう足掻いても結局血の繋がった兄弟でさ。
でも、その事がどうしようもなく嬉しいんだよ。俺ってば。最悪な事に。
救われない最たる原因がそれだってのに、一番大切な事なんだよね。
ま、ぶっちゃけて言えば、兄妹でも姉弟でも姉妹でも、さらに言えば親子でも良かったかもね。
あいつとこの体にある繋がり。目に見えない形のそれが重要なんだから。
どんな風に転んだって、この繋がりだけは消えないだろ?
想いは繋がってるように見えるけど、返してもらえてるように思えるけど。
永遠を信じられる程には純粋じゃないんだ、俺もね。純粋なら実の兄貴を好きになったりしないだろ。
あんなドS野郎に惚れてる時点で、俺も相当歪んでる自覚はあるよ。
こんな俺が好きだっていうあいつも、同じくらいに歪んでるなって思うよ。
こういうとこもよく似てるだろ。ほんと笑っちゃう。
お互い気持ちを隠せてたら良かったのかもしれないけどね。何の弾みか因果か手を取り合っちゃったし。
こうなったからには俺はあいつから離れる気はないんだ。もう誰に遠慮するつもりもない。
できれば家族は悲しませたくないんだけどさ。どっちを選ぶかって言われたらもう決まってるしね。
まあだからさ。結論を言わせてもらうと、救われようなんて思っちゃいないんだよ。俺も、多分あいつも。
良いからあんたは黙って見ててくれよ。哀れに思うなら放っておいてくれ。
助けてくれなんて一度も言ってないだろう?
例え誰にもそうとは見えなくてさ。俺達はこれでも結構幸せなんだ。
2008.1.21格納
「バカの始まり」
兄の言動には時々、ついていけなく時がある。
それは所謂人目を忍ぶ恋人同士なんて関係になった今でも変わらない。
「お前さ、誰彼構わず引き寄せすぎなんだよね。」
「はあ?」
烏森の仕事が終わって部屋に戻ると、待ちかまえていたこいつに布団に引きずり込まれたのが約一時間前。
疲れもみせずに訳の分からない事を言い出した兄を睨み付ける。
こっちはお前のおかげで疲労困憊してるっていうのに、何言ってやがるんだ。
不機嫌を隠そうともしない弟の様子に、正守は苦笑する。
「愛されてるのに気付かないって罪作りだな。」
「あ・い?」
何だそれ何だそれ何だそれ!えーと、愛されてるって、その。
「お、お前にって事…?」
それだったら告白された時から知ってるっていうか、今まで散々聞かされたっていうか。
あんだけ言われ続けて気付くも何もないと思うんだけど。
真っ赤な顔をして尋ねる良守に、正守はハァとこれ見よがしな溜息をついた。
「今さら俺の愛に気付いてないとか言ったら、さすがに救いがないけどさぁ…。」
「う…っ、だったらお前以外、俺にはそういう相手いないだろっ!!」
「…その台詞はちょっと嬉しいかも。」
そう言いながら正守は、喜んでいるんだかどうかなのか。とても微妙な顔をしながら言った。
「お前は世界に愛されてるんだよ。」
「…わけわかんね。」
そうだろうなぁ、と正守が呟く。それには諦めみたいな響きがあった。
何だよ。世界に愛されてるって。そんな訳のわからない愛なんていらない。
俺に必要なのはたったひとつ。今抱き締めてくれているヤツからの愛だけだ。
こいつはいつも、何でも分かってるような顔をして肝心な事は分かっちゃいないんだ。
「バカ兄貴。」
一言呟くと、お前の兄貴だからね、と笑いながら言われた。
こんなバカな兄貴が好きな俺もバカだし、そんなバカな俺を好きだと言う兄貴もバカ。
鶏と卵の話じゃないけど、どっちがバカの始まりだったんだろうな。
そんな気持ちを口にすると、そりゃお前が生まれた時から俺の弟バカは始まったんだから原因はお前だ、と言われて。
バカの元凶を俺に擦り付けた兄貴に腹が立って、目の前にあった耳にガブリと噛み付いた。
結構強く噛み付いたからきっと明日は腫れるだろう。
酷いなと苦笑する兄に抱き付きながら、誰かに突っ込まれて恥をかきやがれ、と悪態をつくと。
俺は正直にお前に噛まれたって言うからね、と返されて。
結局恥をかくのは自分もなのだという事に気付いて、俺は真っ青になった。
2008.4.9格納
「僕の弟」
目の前でスヤスヤと寝息をたてている、生まれたばかりの弟
お腹が空けば泣き、おしめが濡れては泣く。いつも泣いてばかりだ
軽く握り拳で閉じられた右手に触れて広げると、不自然な真四角の痣が見える
正統継承者の証である方印。僕には出なかったその印
ずっと、この家を継ぐのはお前だからと言われてきた
修行は辛い時もあったけど、でも術を学べるのは嬉しかった
方印は出なかったけど守らなくちゃって、そう思ってた
でも守るって、一体何を?
小さな小さな弟。泣いてばかりの小さな弟
その手に方印を持って生まれた正統継承者の弟
正統継承者が生まれたなら、僕はどうすれば良いの
この家を継ぐのは弟だ。もう僕の役目はないのに
そんな事を考えていたその時、弟が僕の指をギュッと握り締めた
寝ているはずの弟のその行動に驚き、その思い掛けない力強さに驚いた
見るといつの間にか弟の目はパッチリと開いていて
覗き込む僕の顔を不思議そうに見上げている
「良守…?」
目が覚めたならまた泣くだろうか。お腹も空く頃かもしれない
そう思い名を呼ぶと、弟がにっこりと笑った
あ〜う、と言葉にならない声を上げて、僕を見ながら嬉しそうに笑う
その笑顔に、何故か急に胸が熱くなって苦しくなった
自由なもう片方の手でホッペタをつつく
ぷにぷにと柔らかくて、もっと触りたくなって頬を撫でた
弟はキャッキャと歓声を上げている
小さな小さな僕の弟。その手に方印を持って生まれてきた
今、初めて僕はその方印を呪いのようだと感じた
僕の弟に生まれた時から、いや、きっと生まれる前からつけられた呪い
こんなに小さな弟が、いずれは烏森で妖と戦わなくてはいけない
方印さえ無ければ僕が代われたのに。ずっと守ってあげられるのに
ああそうか、とその時ようやく気付く
僕が守るべきはこの弟だ
やがてこの子は烏森を守る役目を負う事になる。ならばそんな弟を僕が守ればいい
この子は正統継承者だから、きっと僕より強くなるだろうけど
でも僕に出来る全てでこの子を守ろう
柔らかく温かで大切な僕が守るべき弟
継承者である前に、この子は僕の弟だから
腕を伸ばし、弟を抱き上げる
ほんのりと甘いミルクの匂いがする小さく温かな体を
壊してしまわないように、そっと腕の中に閉じ込めた
2008.8.8格納
「それだって嬉しい」
沈黙が、重い。
深夜、烏森から帰宅した良守を部屋で待ちかまえていたのは兄の正守だった。
襖の横に立っていたのだろうか。一歩足を踏み入れた良守の腕をグイッと引っ張り、さっさと襖を閉めると部屋全体に結界が張られた。
驚きながら顔を上げた良守に、正守がにっこりと笑いかける。その笑顔を見た瞬間、何故だかサーッと背筋から血の気が引いた。
一目見て、兄の機嫌が良くない事は何となく気付いた。機嫌は良くないのに顔は笑っているのがかえって恐い。
昔だったら兄はこんな風に、正直に感情をぶつけてくるなんてことはしなかっただろう。
以前とは変わった関係。果たしてこの事態は喜ぶべき事なのだろうか?
「あ、兄貴…?」
戸惑う良守の呼びかけを無視して、正守は襖の向こうの気配を探る。
良守と同時に帰ってきた少年は、ほんの一瞬玄関に止まった後、静かにあてがわれた部屋へと戻っていった。
それを確認すると、正守は掴んでいた弟の腕を放しスタスタと部屋の奥へと行く。それから勉強机の椅子に座り、そのままじっと良守を見た。
無言の視線が良守に突き刺さる。蛇に睨まれた蛙というのはこういう状況を言うのだろう。
ダラダラと冷や汗の出る思いで良守は意を決すると兄に言った。
「何なんだよ、一体。」
必死に切り出した良守の台詞に、正守はスッと目を細めた。思わずうぎゃ!と声を上げそうになるのを良守は辛うじて堪える。
これはマジで怒ってるっぽい。なんだ?なんでこいつこんなに怒ってるんだ?
訳が分からないままパニックに陥りそうな弟を見て、正守は内心溜息をついた。
「さっきの氷浦って子、お前がこの家に入れたんだってな。」
ちらりと襖に視線を送りそう言うと、良守がポカンとした後、そうだけどと呟いた。それは確かに事実で否定する事じゃない。
何故そんな事を聞くのかと不思議そうな良守に、分かってないんだろうなぁとは正守も思ってはいたものの、本気で分かってない様子を目の当たりにすると、大人げないとは思いつつもやはり苛ついた。
「あのさ。この家に、お前が男を引き入れたって聞いて、俺が平気でいられると思う?」
正守の台詞に、良守が一瞬の間を置いた後、えええっ!?と叫んだ。
「なんだよその引き入れたとかって!」
変にいかがわしいだろっ!と怒鳴った後、俺だって不本意なんだと良守が事情を話し始める。隣家へ滞在する予定だったのを阻んだのだと、正守もすでに報告を受けて知っていた事実を話す弟に、やっぱりこいつは分かってないと正守は思った。
「その辺の事情は聞いてるよ。だけどさ、どんな事情であれ、お前が赤の他人と一つ屋根の下で暮らすって聞いたら面白くないのは当然だろう?団体ならともかく、特定の一人がお前の傍にいるなんて腹が立つ。」
「兄貴…。」
正守の言葉に良守はハッとした。以前、初めて正守が夜行という組織を作ったのだと知った時の事を思い出したのだ。あの時はまだ正守に対して自分がどんな想いを抱いているかなんて知らなかったけど、家を出た正守が良守達の知らない所で知らない人達と暮らしているという事実にショックを受けた。
家族なのは自分達なのに、正守にはもう外に自分の世界を作ってしまったのだという事がショックだったのだ。
だけど夜行は正守にとって大切な仲間だから、夜行の人達がどれだけ正守を慕っているかも知っているから良守も納得できた。
それならば正守とまったく関係ない赤の他人が、いきなり正守の傍で暮らしていたとしたら、自分はどう思うだろう。
兄に対してとても申し訳ない気持ちになって、「ごめん。」と謝った後良守は項垂れてしまった。その様子を見て正守は少しだけ肩の力を抜く。
苛つくのは自分と弟の気持ちの差を見せつけられているような気がするからだ。
自分は弟を取り巻く全てに嫉妬しているというのに、そんな事考えもしない良守が憎たらしい。可愛さ余って憎さ百倍とはまさにこの事だろう。
まったく、と苦笑した正守をキョトンと見上げる良守の、そのあどけない表情にも欲情する自分を嫌という程教えてきたつもりだったのだけど。
「俺がお前にどれだけ執着してるのか、お前はもっと身を持って知るべきだな。」
そう言った正守は薄ら笑いを浮かべていた。本気モードのスイッチが完全に入ったその様子に、どういった手段で「身を持って」知らされるのかを察した良守の腰が退ける。
「じょ、冗談だろ。明日は学校だぞ?」
伸ばされる手に焦りながら、いつもなら良守の都合をある程度配慮してくれる兄に一縷の望みをかけて訴えると、正守が問題ないよと一蹴した。
「学校サボる言い訳なら俺がしといてやるから、明日は安心して休め。」
言葉と同時に覆い被さる影に、逃げられないと良守は観念した。そうでなくとも兄とこうして会えるのは久しぶりなのだ。本当は観念するまでもなく拒む事なんて考えられない。それに、と思う。
こういうのって、いわゆるヤキモチ、だよな。
それが嬉しいと思えるのだから、本当にどうしようもない。
明日は昼くらいまでは起きあがれないだろうな、と経験上正確に翌日の自分の姿を想像しながら、良守は抱き締めてくる大きな腕に身を委ねた。
2009.6.24格納