俺の弟




仕事を一通りすませ休憩でもするかと部屋を出たら、庭のすみで男共が固まっているのが見えた。しゃがみこんで何かを話し合っている。
パッと見真剣そうに見えるけど何となく話の程度は分かる気がするのは、多少長い付き合い故か。
というより若い男が集まれば話す事なんて大抵決まっている。

「何話してるの?」

近づいて興味半分、暇つぶし半分で聞いてみれば、大よその予想通り好みの女の子の話だったらしい。大人しくて可愛い、元気いっぱい活発、なんてよく聞く一般的なのからナイスバディな女王さまだの妹属性だの少し怪しい方向まで。まったく人の好みというのは千差万別で面白い。

そんな事を話していたら、頭領はどんな子がタイプなんですかなんて聞かれた。
好みというか好きな相手はいるので当然その姿が浮かぶ。少し前までの、こちらを見て不機嫌そうに口を尖らせていた姿。でも実際は甘えん坊な、ここ最近はそんな姿を見せてくれるようになった可愛い弟。タイプとしてはどう言えばいいんだろう。

ちょっと間を置いて、ツンデレかな?と答えたら、数人からさすが頭領わかってる!と賞賛された。
何がどうわかってるのかは分からないけど、盛り上がっているからいいとしよう。
そろそろ部屋に戻ろうと立ち上がったところで刃鳥がやってきて、辺りが修羅場と化した。
曰く、子供達に聞かれてもおかしくない所でサブカル交えたくだらない話をするなという事らしい。
頭領も一緒になってないでください、と怒られれば苦笑しながら謝る他なかった。
一瞬、子供達に聞かれない所ならいいんだろうか、と思った事は火に油を注ぎそうなので刃鳥には内緒だ。





それから3日後、仕事が落ち着いていたので休みをもらい実家へと帰った。
夜の烏森には時々顔を出していたけど、ちゃんとした休暇として実家へ帰ったのは久しぶりだ。家族みんな歓迎してくれた。
家族の前では素っ気無いふりをしている弟も喜んでくれている事は知っている。
帰るとメールした時に何か食べたい物はないかと聞かれたし、それがちゃんと自分の帰るタイミングで用意されていたのがその証拠。

土産に持ってきた蕨餅は夕食後に食べる事にして、おやつに出されたのはフォンダンショコラ。
お爺さんもいるのによく作れたなと思っていたら、どうやら俺が帰るから食べさせるのだと伝えたところ許可が出たらしい。
居間でみんな揃って食べたフォンダンショコラは温かく、割ってみると中からトロリとチョコレートがとろけ出てきた。
そうそうこれだこれ、テレビで見て食べてみたかったんだよね、と言いながら食べてみると、チョコレートの濃厚な味が口に広がった。だけど少しだけほろ苦さもあって全然くどくない。
生地のしっとり加減といい、程よい甘さいい、やはり弟の腕は確かだ。この菓子を食べたのは初めてだが多分その辺の店が出すレベルは遥かに超えているだろう。

うまいと絶賛すると、途端に弟は満面の笑顔になった。父も末弟も賞賛の嵐だ。
唯一洋菓子を嫌っている(と言いつつ実際は嫌いではないのだろう)祖父だけが、口をへの字に曲げながら「ま、食えんこともないな」だなんて言っている。だが残さず食べたところを見ても祖父の口にも合ったのだろう。
家族の反応の良さに良守は終始ご機嫌だった。





夜、烏森の仕事を終えるとやっと二人だけの時間になる。夕方なんかもまったく二人っきりになれないわけじゃないけど、やはり他の家族が起きている時間よりは安心していられる。
それでも一応部屋全体に結界を張る事は忘れない。
ひとつの布団に二人で転がると多少狭いが、ペタリとくっつくのが自然になるこの狭さが気に入っている。

他愛も無い話をしながら良守の髪を梳いたり、思い出したように小さなキスを繰り返したり。そんな優しい時間が心地よい。
もちろん久しぶりにゆっくり会えたのだ。抱きたいという気持ちはあるが、良守はまだ中学生。そういう事だけを目的に付き合っているわけではないのだから、時には我慢も必要だと思う。
大事にしたいからこそ心からそう思う。そんな自分がらしくなくてちょっと気恥ずかしい気もするけどそれもいいかなと思っている。

頬を撫でると良守が嬉しそうに胸元に擦り寄ってきた。まったく可愛いったらありゃしない。
そういやこいつって子供の頃、俺の胸元に擦り寄ってきては昼寝するのが好きだったなと思い出す。
寒い日ならともかく真夏だろうが関係なしに、背中をちょっと丸めてキュッと俺のシャツを握り締めて眠っていた姿はまるで子猫みたいだった。
今も多少体が大きくなっただけで、猫みたいなところがあるのは変わらないけど。


ツンだけど甘えたがりのデレタイプ。というより一度懐くとデレが強い。家と学校ではぐーたらだけど烏森では元気いっぱい。
紛れもなく弟だけど趣味はケーキ作りとちょっと妹属性っぽい面もあるし、実際お菓子作りはプロ並みの腕前で、甘い物好きとしてはとても嬉しい。
なにより弟は可愛い。文句なしに可愛い。顔もだけどいろんな面で。というか俺的には良守が良守ってだけで全てOKな気もするけど、色々な要素を兼ね備えすぎだろうこいつ。

「良守ってお得だったんだな。」

ぽつりと呟いたらなんだそれと訝しげな顔をされた。

「どこもかしこも俺の好みすぎて、俺にとってお得ってこと。」

そう言ったら一瞬はぁ?という顔になったが、見る見る内に頬が真っ赤に染まる。どうやら「俺の好み」という言葉がツボだったらしい。
バッカじゃねーの!?とそっぽを向いて悪態をつきながらも、その口元は緩んでいて照れているのは丸分かりで、やっぱり良守はツンデレだと思う。

顔を反らしたせいで顕になった首に目がいく。真っ赤な顔と同じように首まで真っ赤だ。
つい引き付けられるようにその首筋にキスをしたのは殆ど条件反射に近い。目前に良守の真っ赤な首。むしろこれでキスする気にならない方がどうかしている。
そしてキスすればそのまま舐め上げたくなるし、そうするとこれまた赤く染まった耳たぶが目に入るにいたっては咥えたくなるのは男の性というもので・・・。要するにスイッチが入ってしまった。


「あ〜あ、今夜は甘やかすだけにしとこうと思ったのにな。」

惚れている身からすると、この弟の前だと「良いお兄ちゃん」でいる事はとても難しい。
まあこれも良守が可愛いせいだから仕方ないよね、そう言うと腕の中の良守が今日の兄貴わけわかんねーよ!と暴れ出す。
なので正直に「俺はいつだって良守が欲しいって事だよ。」と耳元で囁くと、抵抗がピタッと止まる。そらからおずおずと上目遣いに見上げてきた。
またまたそんな煽るような事するんじゃないよと思いつつ、何か言いたそうな良守に「ん?」と言って促すと、小さな声で「・・・俺も。」と呟いたりなんかする。
そこで俺の理性は完全崩壊。破壊力ありすぎだ。
こうなったら思いっきり気持ちよくさせてやろう。それもある意味「甘やかす」になるはずだ。
心の中でそう誓った俺は、完全なる有言実行を目指して良守に覆いかぶさった。



結局、自分的には有言実行できたと思うのだが、少々・・・いや多少どころか多大に張り切りすぎたようで。
翌日まったく布団から出られなくなった良守に一日中厭味を言われる事になったのだけど、それすら甘い睦言に聞こえる辺り重症すぎだよなぁと思いながら。
父が用意してくれているはずの良守の昼食を受け取りに、台所へと向かう正守だった。



2009.12.4

Back