未来への約束




手の中にコロンと転がったそれを正守は摘んでみた。冷たい金属製だというのに、指にはめてみると意外な程肌に馴染む。部分的に御守り的な呪が彫られているそれは、本来装身具ではないのだがそれと見える程に手が込んでいた。

「ふ〜ん。よくできてるね。」
「そうでしょう。私は普段、あまりそういった物に興味がなかったのですが、この人の手の物だけは別格だと思えるので使ってるんですよ。」

関心したような正守の言葉に、男は嬉しそうに答えた。男の言いたい事はよくわかる。正守もこの手の物は実用品扱いで、どれでも同じだと思っていたが…。どうやらその認識は改めないといけないようだ。
指から外し男に返そうとした正守だったが、ふと思い立ってそれをじっと見つめる。やがて顔を上げると男に向かってにこやかに笑いかけた。

「俺も注文したいんだけど、その人紹介してもらえるかな?」






土曜の朝。平日とは違いある程度遅寝の許される貴重な時間を良守は堪能していた。タオルケットを抱き枕のように抱き締めくぅくぅ眠っている。その無防備とも言える姿をじっと見つめる視線に気付きもしない。周囲にはられた結界は、祖父だけを指定してあった。触れても遮られる事もないそれには敢えて触れず、その視線の主ー正守は頬杖をついて弟の寝姿を眺めている。
こうしているとあどけないと言っても良いくらい、まだ表情が幼い。いくら見ていても飽きないと思う。

可愛いよなぁ。写メっとこうかなぁ。

本人に聞かれたら「変態!」と叫かれそうな事を考える。自然と弛む口端を戻す気にもならない。
いつもは離れて暮らしていて、会いたくてもすぐ会えるというわけじゃないのだ。寝姿を写真に撮っておくくらいかわいいものだろう。承諾を取ろうにも本人は眠っているのだし。
そんな言い訳を心中で完結させて、正守は懐から携帯を取りだしカメラを起動させた。画質はもちろん最高画質に切り替えてから眠っている弟に照準を合わせる。意外と大きいシャッター音を遮る為に、自分の手とカメラの周囲に遮音結界を作る念の入れようだ。

結界って本当に便利だよねー。

なんて事を思いながら数枚角度を変えて写真を撮る。最後に顔のアップを撮った所で一応満足して携帯を懐に収めた。
さて、いくら休日とはいえそろそろ起こさないと。そう考え結界の中に体を滑り込ませると、眠る弟に手を伸ばす。せっかくだからと髪を数回撫でてから顔を寄せた。

「おーい、良守。起きろ。」

覗き込みながら声をかけても、良守は五月蠅そうに小さく唸ったきり、また寝の体勢に入ってしまう。相変わらず寝起きは悪そうだと苦笑しながら、今度は肩に手をかけ体を揺さぶった。

「起きろって。もうすぐ昼だぞ。いくらなんでもお爺さんが怒るぞー。」

大きく揺さぶっても弟は起きない。ゴロリと体が布団の上で転がり大の字になったが、目覚める様子はなかった。そんな弟をふ〜ん、と顎をさすりながら見た正守は、次の瞬間行動に移す。眠る弟の体にのしかかるとその顎に手をかけ、いきなりその口を自分のそれで塞いだ。
何度か唇を覆うように吸い付いた後、ぺろりと上唇を舐め上げる。それから開いていた唇を割って遠慮無く自分の舌を差し入れた。口内で良守の舌を見つけるとすぐに絡め取り存分に味わう。

「ふ…ぅ、ん…っ、は…ぁ…。」

暫くすると良守の鼻から甘ったるい息が零れ始めた。同時に正守は部屋全体を結界で囲い行為を続ける。

「はぁ、はっ…え、ちょ、あに…っ!?う゛ーっ!!」

殆ど寝ぼけているためだろう、いつもよりも息継ぎがし難そうな良守を一旦解放してやれば、忙しなく呼吸をしながらうっすらその瞳が開きぼんやりと正守を見上げてくる。一瞬遅れて目の前の人物を特定したのか、急に目を見開き起き上がろうとするのを、もう一度唇を塞ぐ事で制した。
咄嗟に抵抗しようと正守の胸元をポカポカ叩いていた手は、すぐに力を失い布団の上に落ちる。不承不承ながらも応え始めた良守に、正守も目を細めながら応じた。やがてようやく満足した正守が口付けをやめ体を起こす。見下ろした良守は顔を真っ赤に染め潤んだ目で正守を睨み上げていた。

「さいってー。人が寝てるってーのに、何やってんだよ。」

グイッと頬に垂れてきた雫を腕で拭いながら言う良守に、平気な顔をして正守が答える。

「いくら起こしてもお前が起きないのが悪い。俺は一応普通に起こす努力はしたぞ?」
「だからってこんな起こし方あるかっ!起きる前に窒息するだろ!」
「馬鹿だな。窒息しないように加減してやったろ。大体眠ってるお姫様を起こす方法っていったらキスが定番だ。」
「だ、誰がお姫様だー!!」

ムキになって怒る姿に苦笑する。そういう所が可愛いくてからかわれるんだと、この弟はいつになったら気付くのだろう。自分も大概屈折してる自覚はあるが、増長させてるのは間違いなく本人だ、と多少責任転嫁気味の事を考える。

「まあまあ、目が覚めたんだから良いじゃない。ほら、顔洗ってこいよ。」

頭をポンと叩いて促すと、渋々と良守は部屋を出ていった。寝過ぎだという自覚はあるらしい。
主のいなくなった良守の部屋で、正守は壁に掛けてある弟の装束に目をやった。真四角の方印が胸元に入っている黒いそれと、紫色の手甲、そしてー。壁に静かに近寄った正守は、懐に手を伸ばした。







「…あれ?」

いつものように烏森へ行く為に装束を着ていた良守は、不意に感じた違和感に自分の手を見た。正確に言うと手ではなく着けた手甲だ。布製の手甲の先は指輪が付いていて手から外れないようになっている。それがいつもと違う気がした。

よく見てみると、パッと見は似ているけどずっと使っていたそれとはちょっと形が違う。細くなっている部分には細かく何かが彫られているようだった。多分何らかの呪言なのだろう。だが嫌な感じはしないから、お守り的なものだろうか。

少なくともそれは良守が用意したものではありえない。昨夜の時点で別に壊れてもいなかったし、時々仕事中に歪んだりする事はあっても、あまり壊れるようなものではなかったから、新しいのを用意するのなんてサイズが合わなくなった時くらいだ。
家には予備もあったけど、自分が何も言わないのに父が新しいのに替えたとも思えなかった。となると心当たりは一人きりだ。

指にはめたそれを外し握り締めてみた。目を閉じるとじんわりと温まっていくそれから、何かが伝わってくるような気がする。

「何だってんだ、あの馬鹿。」

良守は訝しげな顔で呟きながらも、恐らく兄が用意したであろうそれを身につけ天穴を手にした。
どうせ兄も烏森に来るか、終わった時にでも声をかけてくるだろう。その時にでも聞けばいい、そう思いながら。





「お帰り。今夜はどうだった?」

玄関先で出迎えてくれた兄をじっと見て、それから良守は無言でどっかりと座り込みスニーカーを脱いだ。

「良守?」

いつもなら何らかの返事をする弟の、いつもとは違う態度に訝しげに問いかける正守。くるりと振り返った良守はそのまま自分の手の甲を兄の面前に差し出した。弟のその行動で言いたい事の察しがついたのだろう。正守は苦笑しながらその手を取る。

「やっぱりわかっちゃったか。」
「わかるだろ、普通。」

そのまま手の甲をさする兄の手をピシリと弾いて、良守は部屋へと入った。その後を兄が続いて襖を閉めた。

「いつの間にすり替えたんだよ。」
「すり替えたなんて人聞きの悪い。取り替えたのは朝起こしに行った時だけど、別にそれでも構わないだろ?」

確かに前のに思い入れがあるわけでもないし、良守だって構わないと言えば構わないのだ。だが何も言わずに替えられてしまえば何となく気になる。

「前のだってまだ使えたのに。それにこれ、今までのと何か感じが違う。」

指をしげしげと見る良守に正守が苦笑する。やっぱりそれも気付かれたか。

「…表面に文様みたいなのが彫ってあるだろ?それがお守り代わりの真言。たいした力はないから気休めだけどな。嫌な感じがしないんだったらそれを使ってよ。」

別に嫌な感じはしなかったから良守は頷いた。それに正守がどこかホッとしたような嬉しそうな顔をする。

「もしかして兄貴もこれ使ってるのか?」
「あー、うん。これ、ある職人さんの手作りなんだよ。つい最近紹介してもらって、細工が見事だったから気に入ってさぁ。」

ほら、と正守が袂から出したのは良守の物と対になったように同じ文様が彫られた物だった。ただサイズだけが違う。
それを見ていてふと気付き、良守は正守を見上げて問う。

「俺らの分だけ?爺や利守のは?」

繁守と利守だって術者であり、手甲を使えば指輪も使う。正守なら家族みんなに用意しそうなものなのに、と良守が不思議に思い尋ねると、正守はバツの悪そうな顔になった。

「いや、今回はちょっとね…。」
「え、もしかしてこれ高いとか?」

だから二人分だけなのだろうかと、そんな高い物を買って貰ったのかと申し訳ない顔になる良守に、正守は慌てて否定した。

「そうじゃなくて。…さすがに俺もお爺さんとペアリングはしたくないし。」
「は?」

ペアリング?と単語だけが良守の頭の中で空回りした。ペアリング、ペアリング、と数度脳内で言葉を繰り返してから、ようやくその意味を理解する。

「ちょっ、ペアリングってどういう意味だよ!」

驚く良守に正守はそのままの意味だよ、と返した。

「用途は違うけどこれだって指輪だし、お前、学校もあるからアクセサリーなんてしないけど、これなら仕事中は身につけるだろう?…ひとつくらい、こういうの贈りたかったんだよ。」

頭をかきながら言う正守を良守がポカンとした顔で見上げる。それに苦笑しながら正守は目の前の黒髪を撫でた。

「お前はまだ中3だし、こういう気持ちを押しつけたくはなかったんだけどな。俺の我が侭だよ、ごめんな。」

謝る正守に良守は無言で首を振った。それから正守の着物の胸元をギュッと掴む。

「良守?」

不思議そうに名を呼ぶ正守の声に何だか切なくなって、良守は掴んだ胸元に顔を寄せた。

「…謝んな。俺、嫌だなんて言ってねーだろ。」

嫌だなんて思わない。前にスニーカーを買ってもらった時もそうだった。正守が自分と同じ物を身につけたいと思ってくれる事がとても嬉しい。
だってそれは好きという証だ。嫌いな相手と同じ物を欲しいなんて誰も思わない。身につけて欲しいなんて考えないはずだから。

「大事にする。…ありがとう、正守。」

これからは両手を見るたび幸せな気持ちになれる、そんな気がする。
胸元は掴んだまま顔だけをあげた良守は、そう言うと嬉しそうにはにかんだ笑顔を見せた。そのあまりの愛らしさに正守は思わずその体を力強く抱き寄せる。いつもより強く抱き締められても、良守は黙ってそれを受け入れた。少し痛いくらいの抱擁すら今は嬉しいと感じる。
良守の細い腕が正守の背にまわされた。その感触に正守は愛しさを噛み締める。それから背にまわされた良守の左腕を辿り指先を掴んで口元へと持ち上げた。まだ細い薬指に小さく口付けする。キョトンとする良守に正守は微笑んだ。

「いつかー。この指に嵌める指輪を贈っても良いか?」

優しく微笑む正守の言葉に、良守は頬を染め俯くときゅっと唇を噛み締めた。触れる箇所から伝わる体温と共に、正守の優しさが体に染み込んでくるようで嬉しい。そして同じくらいに切ない。

こんなにも包み込むように大切にされているのに、自分は何を返せているのだろう。同じくらい、それ以上に好きだと思うけど子供の自分じゃ何もできない。支える事さえできない。

「俺で良いのか…?」

不安そうに見上げてくる良守の額に正守はキスをした。

「お前じゃないと俺は駄目なんだ。」

真摯な目で答える正守に迷いはなくて、良守は目頭が熱くなって瞼を閉じた。何もできなくてもそれでも、正守が望んでくれるなら。傍にいることくらいしかできないなら、何があってもずっと傍に居続けよう。
良守は正守の手を握り返し、泣き笑いのような表情を浮かべて告げる。

「…派手なのは嫌だからな。」

照れ隠しのようなちょっと遠回しな良守の了承の言葉に、正守は満面の笑みを浮かべると、腕の中の愛しい存在を思いっきり抱き締めた。





今はまだ、お前の居場所は此処にある。だからこそ誰にも言えない関係だけど、お前がもう少し大人になって、全てを終わらせて何に縛られる事なく二人でいられるようになったらー。その時には誰に憚ることなくお前を愛していると言ってしまおう。

それはそう遠くない未来への約束。















サイト4周年御礼企画その2&その5。

リクエストはaykさんが「お腹いっぱい。ごちそーさま!」的甘甘話
雫さんが「まっさんがよっしにプロポーズ!」

でした。

別々のリクでしたので、別々のお話を書くつもりだったのですが、
リクの内容を見返してて気付きました。
すでにキス話で甘いのを書いてるのに、その2とその5も甘甘系。
どっちかというと甘い話は書きやすい方ですが、続くとなぁ。
どうしても似たような感じになっちゃうしなぁ。
と迷ったので一緒のお話とさせていただきました。
お二人とも、了承を得ずに勝手に統合しちゃって申し訳ありません!
でも甘い話にはなったと思うので許していただけたらな〜なんて。

前から思ってたんですけど、手甲についてるヤツって指輪みたいですよね。
一応これ書くにあたって調べたのですが、「指輪」としか表記されてなくって…。
正式名称がいまいち判りません。
まだアクセサリーをつける年じゃない(しかも指輪なんて中学生の男の子はあまりつけないだろうし)
よっしにペアリングったらこれだろう!ってことで勝手に婚約指輪もどきにしちゃいました(笑)
もちろんもう少し先に、まっさんはちゃんとしたのを贈るでしょう。


aykさん、雫さん、リクエストありがとうございました!
大変お待たせしてしまい申し訳ありませんでしたが、少しでも楽しんでいただけると嬉しいですv


2008.7.22

Novel