閉じた宿意






「俺は変わるぞ。」

切羽詰まったような目で見上げてきた弟はそう宣言した。大切な者を守る為なら自分の手も汚すと言う。
馬鹿なヤツだと思った。本当にそんな事が出来ると思っているのだろうか。自分がどれだけ他人に甘いか自覚が無いにも程がある。
手を汚すという意味がどれだけ重いものなのか、知らないからこそ言える台詞だ。
だが真剣にそんな事を言えてしまうのも、自分以外の誰かが傷つくことを恐れる優しさからだ。そのままでいて欲しいと願ったその優しさ故、変わろうとしている弟の姿に、苛立ちと焦燥を覚える。

このどこまでも優しい弟が守ろうとする者の中には、俺も含まれているのだろう。そんな必要は無いのだとどれだけ言って聞かせても恐らく無意味だ。
力が欲しくて家を出た。裏会という魑魅魍魎の跋扈する中で生き残りのし上がる為に何でもやってきた。そんな存在をお前が守る必要など無いと言った所でムキになるのがオチだ。

バカバカと罵りながら、必死に叫ぶ弟。

ほんと、お前って俺の言う事聞かないよね。
確かに俺もお前の言う事聞いてないけどさ。もうちょっとこっちの気持ちを汲んでくれても罰は当たらないと思うんだけど。

虚勢だろうと何だろうと、張り続けなくちゃやってけないんだよ。
お前にそんな事言われたら立っていられなくなるだろう。意外とそこまで強くないんだよね兄ちゃんは。
それくらいの意地は張らせて欲しいんだけどな。お前にはこれ以上、情けない姿なんて見せたくないんだからさ。







五日後、様子を見に連絡無しで烏森へ向かった。上空から眺める弟の姿はこれまでと変わりない。相変わらずパワーで押してばかりの猪突猛進型っぷりに正守は苦笑した。

誰よりも有り余る力を持つからこそのある種傲慢とも言えるその戦い方は、技術的にまだ難があるとはいえ、近い将来そんな事すら瑣事になるだろうと思わせるだけのものがある。それはそれだけ、良守が誰の助けも必要としない日が近いという事でもあった。

その望み通り、誰も傷つかないように、全てを守れるだけの力を手に入れる日がくる。
その時俺の存在は必要無くなるだろう。

目指すべき目標ではなく、ただ庇護されるだけの存在に成り下がるのだけは御免だった。そんな事の為にあれの兄として生まれてきたわけではないはずだ。
だが生まれ持った力の差だけはどうしようもない。今は7年の年の差分辛うじて優位に保てていても、埋まる時にはその差は一瞬だ。あの神佑地の時のように。


何故烏森はあいつを選んだ。何故歴代の継承者の中でも突出した力を与えた。
初めてできた弟だった。守りたいと初めて心から思ったたった一人の存在だった。
必要以上の痛みも苦しみも哀しみも怒りも知って欲しくなかったのに。
あいつを愛するのなんて、俺達だけで、ー俺だけで充分だったのに。


烏森よ。数多の血を吸い幾多の命を奪いし忌むべき土地よ。
そこに眠るのが神だろうとかつて人だった者だろうと、そんな事はどうでも良い。
ここを作った者の目的が何であろうと関係ない。
ただ俺はお前を許さないし、だからこそあいつはお前には渡さない。何があろうとも。

いつか、必ずー。

目を細め烏森を睨み付けていた男は一度固く目を瞑った。やがてその目をゆっくりと開け、校庭を走る少年を見てとると、その場から姿を消した。
唯一深淵に眠る「何か」だけが男に気付き、立ち去る姿をクツリ、と口の端を上げ笑って見ていた。















サイト4周年御礼企画その3
リクエストはアイリさんで

・20巻ネタ

との事でした。

「くじけそうになる」が秀逸なので、この台詞が入っていれば…とのリクだったのですが、
あの台詞、秀逸すぎて私の手には負えませんでした…。すすすすみません;
なので似たようなニュアンスの、弱音的な台詞を言わせてみました。
20巻はまっさん至上主義者としては本当に大好きな巻なのですが、
大好きすぎて妄想するには難しい巻だという事を知りましたよ…。手が出せねぇ。

お待たせした挙げ句に短い話になっちゃいましたが、どうぞお受け取りください!


2008.6.10

Novel