いつだって君に夢中
「…何て言うかまあ、可愛くなっちゃって。」 呆れたように、だけどどこか関心したように呟く正守に、言われた良守は「うるせぇ」と怒鳴り返した。 ただしその声はいつもより高く、まるでーというよりまるっきり少女の声だったが。 烏森で弟が妖の返り討ちにあった。 正守の元にそんな連絡があったのは、そろそろ夜も明けようかという時間だった。最初に閃から彼にしては珍しい要領の得ない報告が入り、訳も分からず向かった方が早いかと考え、刃鳥に後を任せて実家に向かっている所に今度は父・修史からの電話。その内容は正守の予想を遙か越えたものだった。 『どうしよう正守!良守が女の子になっちゃったんだ!』 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・はあ?」 狼狽えまくった父の言葉にそう返したあと絶句してしまった正守だったが…誰も彼を責められないだろう。 蜈蚣を急かして超特急で帰ってきた実家では、父が玄関先で待っていてくれた。 「正守〜!ありがとう、よく帰ってきてくれたね!」 困り果てた顔で縋るように出迎えてくれた父に苦笑する。 「弟の一大事ですからね。…それで肝心の良守は?」 正守の言葉に感激したように涙ぐみながら、修史は玄関の引き戸を開けた。 「居間にいるよ。お義父さんも利守も起きて一緒にいる。あと翡葉くんも。」 その言葉に正守が頷く。状況から翡葉にはフォローに入るように先に連絡を入れてあった。ここに一緒にいるのなら話も早い。 勝手知ったる実家の廊下をスタスタと歩き居間に向かっていると、何やらドスンという音が家に響き渡った。なんとなーく居間の状況を察しながら辿り着いた先には神妙な顔をした面々と、念糸でぐるぐる巻きにされた良守の姿。予想通りの展開にやれやれと思いながら、取り敢えず部屋に入ると繁守に挨拶する。 「ただいま戻りました。」 「うむ。すまんの、正守。」 「正兄、お帰りなさい!」 「ただいま利守。そして良守…なんだその愉快な格好は。」 正守の言葉にウッと詰まった良守が顔を背ける。それを見ながら利守が溜息をつきながら説明した。 「正兄が帰ってきたのに気付いて、良兄、逃げようとしたんだよ。それでお爺ちゃんが…。」 「逃げないように簀巻きにしたって訳か。成る程。」 また無駄な努力をと思った言葉は口にせず、問題の弟ーこの場合は妹なのだろうか、の姿を改めて見てみる。 鍛えているとはいえまだまだ少年らしく細い良守は、装束のままでは一見いつもと大した違いがあるようには見られない。だがよく見ると明らかに今まで以上に体の線が細くなっているし、そのせいか髪がほっそりとうなじにかかっている。というか髪質自体も違うのだろうか。いつもよりも柔らかそうだし艶やかだった。撫でたいなぁ、と思うがここは我慢する。袴から覗く白い足首が、目の保養でありある意味目の毒だ。 「…何て言うかまあ、可愛くなっちゃって。」 呆れたように、だけどどこか関心したように呟く正守に、言われた良守は「うるせぇ」と怒鳴り返した。 ただしその声はいつもより高く、まるでーというよりまるっきり少女の声だ。それに口調は変わらないが微妙に覇気がない。さすがの弟も自分の身に起きた災事に参っているようだ。 溜息をつきながら巻き付いた念糸を解除してやる。逃げるなよ、と一言忠告すれば渋々ながら良守も頷いた。逃げてもどうしようもないのだとようやく納得したらしい。 「それで結局、元に戻れそうなのか?」 事の成り行きを見守って、隅に控えていた翡葉に向かって尋ねてみる。彼は毒の専門家であり、妖についても詳しい。こういった場面ではかなり頼りになる存在だった。 「これが毒だけでこうなったなら解毒は出来たと思うんですが、どうも呪詛も絡んでるようです。少し厄介かもしれません。」 今際の際、最後の悪足掻きの呪い程厄介なものはない。それが命懸けのものだからだ。解かせようにも本体はもういないときている。淡々と告げる翡葉の言葉に、正守より先に良守が反応した。 「何で毒や呪詛で女になるんだよ!」 泣きそうな顔で怒鳴る良守に翡葉が告げる。 「単純に、女性化した方が体力的に弱まるからだろうね。相手を嬲る目的でその手の毒を持つ者はいるよ。痺れや命を脅かすような毒は耐性を持つ者も多いけど、男と女の体って凄く違うようで実はほんのちょっとのホルモンバランスの違いだから、この手の毒は割とどんな相手にも有効なんだ。」 嬲る目的、という言葉に良守の顔が真っ青になった。女性で嬲る、となればその内容は察しがつく。 少なくとも最悪の事態だけは避けられたわけだ。もし本来の目的が達せられていたかと思うとぞっとする所の話じゃない。 「翡葉、悪いがお前は今すぐ夜行に戻って他の医療班と合流、解毒の方法について検討してみてくれ。もしかしたら、然るべき所へ助力を求める事になるかもしれないが…。お爺さん、それで良いですか?」 正守の言葉に繁守が頷いた。 「情けないが、わしの手には負えん。お前に任せるしかなさそうじゃ。翡葉さんと言ったかな、よろしく頼む。」 「解りました。何かありましたら報告します。」 では、と言いながら部屋を後にする翡葉を修史が送っていった。その後ろ姿を見送って、正守は隣に座る良守を見る。 「という訳だから、しばらく辛抱しろよ。」 「…しばらくってどれくらいだよ。」 「それは分からないな。最悪、戻れない事も覚悟しとけ。」 「か、覚悟しとけってお前他人事だと思って!」 「お前ねー。油断したのはそっちだろ。死なない毒だっただけでも幸運だと思え。」 「そんな事言ったって、このまんまじゃ仕事にならねーし、第一女の体のまま生きるなんて冗談じゃねぇぞ!」 「それって女性に対する侮辱だぞ。隣の時子さんだって時音ちゃんだって、女性の身で立派に継承者としてやってるじゃないか。大丈夫、お前だってやれば出来る子だ。」 「…っ!もうお前黙れっ!」 涙目になりながら良守はすっくと立ち上がり、そのまま大股に居間を出ていってしまった。ドスドスという足音が廊下に響き、やがてピシャ!っと勢いの良い襖を閉める音が鳴り響く。 「正兄…、けしかけて元気づけるにしても、ちょっとやりすぎ。」 がっくりと項垂れた末弟の様子に、正守が苦笑する。 「まあ、あんだけ怒鳴れるなら心配いらないだろ。」 「分かるけどさぁ…。」 もう、と口を尖らせる利守の頭を宥めるように撫でてから、正守は繁守に向き合った。 「正守。先程の「然るべき所」とは具体的に誰の事じゃ。」 「裏会でこの事態に対処できるといえば奥久尼くらいでしょう。手下に呪術の専門家も多数揃っていますし、何より奥久尼は裏会奥書院の管理をしています。今まで裏会が扱った妖絡みの事件、その対処法の全てが頭の中に詰まっているはずです。」 奥久尼という名に繁守が僅かに眉を寄せる。以前あった黒兜の事件を思えば、好ましいとはいえない相手に助力を求めるなど、繁守には本意ではないだろう。だが数秒黙った後、繁守はハァと大きく息を吐き出し正守を見た。 「この場合致し方ないだろうな。だが正守、それでも元に戻れない、という可能性は…。」 「…無いとは言い切れないですね。どうにも厄介そうな予感がします。」 目を伏せて言う正守に、繁守も頷いた。 「その時は、生きていただけでも幸運だったと思わんとのう。」 多少変わってしまったとしても、生きていればどうとでもなる。死んだら全てがお終いだ。 そんな意味を含ませた繁守の言葉に正守も大きく頷いた。生きていたからこそ軽口も叩けるが、これがもし命にかかわるような毒や呪いだったとしたら…自分がどうしていたか解らないな、と正守は苦く喉から込み上げてくる物を飲み下す。 「さて、と。お姫様のご機嫌でもとってくるかな。」 心に過ぎった暗い心情を誤魔化すように態と軽い口調で告げて立ち上がると、「あんまり煽らないでね」と利守が見上げてくる。それに分かってるよと笑顔で応え、祖父に一礼して居間を後にした。途中擦れ違った父に数日滞在する旨と、良守は学校を休ませる事になると伝え、それから良守の部屋へと向かう。 「良守?入るぞ。」 部屋の前で声をかけ襖に手をかける。良守は6畳間の真ん中にひかれた布団を頭から被っていた。もちろん眠ってはいないだろう。まわりに張られた結界に苦笑する。念のため襖を閉めてから部屋全体を覆う結界を張ると、その気配に布団がピクリと動いた。 「おーい。せっかく兄ちゃんが帰って来てるんだから、顔くらい見せろよ。」 良守の結界の外に座り込んで呼びかける。解、と唱える事は簡単だったが、良守自身にそうして欲しかった。 「良守。」 そう一言。家族の前で呼ぶ時とは違う、甘さを含ませた声で呼ぶ。良守はこの声に弱い。耳元でなら一発なのにな、なんて思いながら見ていると、もぞもぞと蠢きだした。やがてピョコッと頭だけが亀のように出てくる。 ああもう可愛いなぁ、とにやけそうになる顔を必死に堪えて微笑むと、良守がバツの悪そうな顔をした。 「なあ、これ解いてくれない?傍にいきたいんだけど。」 結界を指差しながら言うと一瞬躊躇ったあと、それでもちゃんと自分で解いてくれる。それは正守が傍にいく事を許してくれているという証拠だから、遠慮せずに枕元に寄った。布団から出た頭を撫でてみる。やはりいつもよりも髪が柔らかい感じがするのは気のせいじゃないようだ。 「夕べは寝てないんだろう?少し休むと良い。」 その言葉に良守がちょっと泣きそうに顔を歪めた。どうした、と問う正守に言い辛そうに良守が答える。 「…こんな事になって、本当は呆れてるんだろ。」 そんな良守の言葉に正守は一瞬目を見開き、それから仕方ないな、とでも言うように苦笑した。 「まあ、まったく呆れてないとは言わないけど、それよりはまず安心したかな。」 「…?安心って?」 こんな状態のどこが安心なのかと良守が訝しげな顔になるが、正守にとってはそれが真実だった。 「お前、敵の直撃受けたんだろ?これが命にかかわるようなヤツだったら今頃どうなってたと思う?」 良守の手をそっと取り包み込む。それを引き寄せて口付けた。正守の真摯なその表情に、良守は言葉を忘れ見惚れてしまう。 「頼むからもっと自分の身を大切にしてくれ。じゃないと俺の寿命がいくらあっても足りないぞ。」 少しだけ戯けて言えば、良守が目元を赤く染めてからごめん、と小さく呟く。だがその顔はどこか不安げだった。 「まだ何か言いたい事があるんなら言いなよ。今なら二人しかいないんだしさ。」 そう促すと、言いたい事って言うか…と口澱む良守の隣に正守は横たわる。先程と同じようにゆっくりと髪を梳いてやると、力が抜けてきたのが分かった。 「あの…さ、俺変だろ?」 「変って?」 暫くの沈黙の後、ようやく良守が言ったのはそんな台詞だった。意味が分からず聞き返す正守に、良守がう〜と唸る。 「だからさ、男なのに女になっちゃったから。いっそもっと誰か分かんないくらい女顔になれば良かったのに、顔とかさ、そんなに変わってないし。なのに体は女になってるのって、気持ち悪いって思わないかなって…。」 しどろもどろな言葉を聞いて、正守はようやく良守が何を言いたいのかが分かった。要するに正守に嫌がられないかと恐がっているのだ。もしかして先程居間から逃げだそうとしていたのは、変わってしまった事が恥ずかしいからとか説教が嫌だからということではなく、自分に嫌われたくなかったからなのだろうか? 「馬鹿だなぁ。」 思わず出たその一言に良守がムッとしたように、でも少し悲しげな顔になる。そんな良守の頭を無言で抱き寄せた。 「男だろうと女だろうと、俺にはお前が可愛く見えるよ。というより、お前だから可愛く見えるんだろうな。気持ち悪いなんて思うはずないだろ。性別なんて関係なく、お前の事が好きなんだから。」 正守の腕の中でその言葉を聞いた良守は、驚いたように目を見開いたきゅっと口元を引き結んだ。縋り付くように正守の着物の胸元を握り締めると、先程よりももっと強く抱き締められる。 「お前がどんな姿になっても、俺はお前が好きだよ。」 耳元で告げられた言葉は甘く、どこか切ない。嬉しくて泣きそうになって、良守はコクンと頷くと顔を胸元に擦りつけた。その可愛らしい仕草に正守が微笑む。 「傍にいるから少し眠れ。目が覚めたらまた話しよう。暫くは俺も家にいるから時間はある。」 正守の言葉に良守は安心したように息をついた。それから正守を見上げると一言、ありがとう、と呟くと目を瞑った。 そんな良守の態度に、今は手を出せないのにそんな可愛い顔見せられてもなぁ、と苦笑するしかない正守だった。 |
サイト4周年記念リクその4。リクエストは風姫さんで
「妖の力で女体化してしまう良守」
でした。
読んでみたいけどいろんなサイト様で見かけるべタな展開なので…と恐縮されて
流してくださっていい、とまで仰ってくださってたんですけど
「性別に関わらずよっしーにときめいてしまう節操のないまっさん」というリク内容に
おお、これは書いてみたい!と思いチャレンジしてみました。
まあやっぱり流れはベタになりましたが、よっしにメロメロなまっさんを書けて楽しかったですv
本当はもっと節操なしに書きたかったけど、うちのまっさん意外に分別あるな…。残念(笑)。
これはまたその内続編書きたいな〜と思ってます。せっかくの女体化ならもっとエロ展開も欲しい所。
風姫さん、こういう機会でもないと女体化は書くきっかけがなかったと思います。ありがとうございますね。
(そういや初女体話もリクの人魚姫だ)
少しでも気に入っていただけたら嬉しいです♪
2008.5.25