ちょっと未来 正守25歳・良守18歳
青天の霹靂
「好きだ。」 唐突に言われた言葉のあまりのありえなさに、正守は呆然といきなり爆弾を落とした当人ー弟の顔を凝視した。 何だか偉そうにふんぞり返って腰に手を当て仁王立ちしている弟の様子からは、とても先程の発言が「告白」等という甘い類の物には思えず、正守は家族としてのそれだろうと結論付けた。 「俺も好きだよ。」 ポンポンと自分より少しだけ目線の低い弟の頭を軽く叩く。そういやこいつ背が伸びたよなぁ。中学くらいの頃なんて小さくて、俺の胸辺りまでしか背が無かったというのに。幸い長身の父の遺伝子は良守にも受け継がれていたようで、弟は高校に入った頃から急激な成長をみせた。今では正守より10cm低いくらいで充分長身の部類に入る。それに伴って顔つきも精悍というか凛々しくなってきたし、学校でも結構モテているという話は聞いていた。 物思いに耽りながら弟の頭を撫でたらパシッと弾かれる。 「子供扱いすんな。俺が言ってるのはそういう意味の「好き」じゃねえ。」 僅か下から見上げてくる視線は真剣そのもので、妙な気迫まで感じられる。 や、だってさ。子供扱いしてる訳じゃなくて弟扱いだろ。と返したくなったけど、それを言ったら流石に傷つけそうなのでやめておく事にした。 ちょっとまだ思考がついていかないけど、良守はどうやら家族として「好きだ」と言った訳じゃないらしい。そんな時に弟扱いはされたくないだろう。 さてどうしたもんか。ここ数年、兄弟として良好な関係を築けていると思っていただけにこれは予想外だった。 顔には出さずに途方に暮れていると、弟は気まずそうに髪をくしゃりとかきあげ、それからまた正守を見た。 「兄貴にとって俺が単に弟なんだって事くらい分かってる。だからこれからは弟としてじゃない俺を見てくれよ。」 真っ直ぐに見上げてくる目に射抜かれて、正守は不覚にも腰の辺りに震えがきた。お前いつから、いつの間に。そんな顔が出来るようになったんだ。まだ子供だと思っていた弟は、気付かない間に一人前の男の顔になっていた。 あ〜あ、ちょっと前まで時音ちゃんへの淡い恋心を未だに抱いているような純情天然記念物だと思っていたのに。そんな顔をされたら、子供扱いなんて出来ないじゃないか。っていうかマジで時音ちゃんはどうしたのって聞きたいけど聞くべきじゃないんだろうな、ここは。どう見てもこいつ真剣だし、淡く幼い初恋はいつの間にか卒業してたって事か。でも次の相手が俺って、ちょっと身近ですませすぎなんじゃないの?マザコン、シスコンの後はブラコンかよ。まあ俺も人の事は言えないけど。 ここで考えなければいけないのは、兄弟だからどうのとか男同士がどうのとか、そんな一般的な事よりも良守と俺の気持ちなんだろう。 真剣に言ってきてる相手に対しては真剣に。それが弟ならば尚のこと。 だがしかし、困った事に弟に対しての気持ちといったら大事だとか好きだとかそういう感情ばかり。 例えば良守の命とその他大勢の命、どちらかだけ助けられるとしたら迷わず良守を取る。これが大切に思う仲間とか家族とかでも、多少は悩むかもしれないけど最終的に俺は良守を選ぶだろう。それくらいには特別な弟だ。そしてその特別が、単に弟だからという範疇を越えている事は昔から自覚していた。度を超しているという自覚もある。 だがそれは俺の中では当たり前の事実で、今まで深く考えなかった事だ。 いや、もしかして敢えて考えなかっただけなのかも知れないが。 そしてもうひとつ困った事に、「好きだ」と言われて困ってはいるものの嫌だとは思っていない辺りがつくづく困る。それどころか多分、俺は喜んでしまっている。なんてことだ、度を超したブラコンにも程があるだろう俺。本当に弟の事を言えないじゃないか。 ちょっと待て、冷静になれ、と正守は自分に言い聞かせた。これをそのまま素直に言ってしまえば、めでたく「両想い」という状況になってしまうんだろうか。真剣な思いには真剣に答えたいけど、それで良いのか墨村正守25歳。ああ名案が浮かばない。色んな修羅場を潜り抜けた経験も、こんな時には何の役にもたちゃしないんだな。 確かに弟は正守にとって、色んな事を超越して大事な存在である事は間違いないのだけれど。それが恋愛感情を含んでいるのかがわからない。というか区別がつかない。 「俺さぁ。つくづくお前に弱いんだよね。」 溜息をつきながらそう言うと、良守の口が不機嫌そうに曲がった。どうやら正守の言葉を「弟だから弱い」という風に取ったようだ。 それも含むけどそうじゃないんだけどなぁ。単純に弟で片付けられない相手だからこそ厄介だ。 でも口を曲げる良守を見て、いきなり大人びたように見えたけど、やっぱりまだまだ子供だ、と思った。そう思うと急に兄モードな気持ちになって自分が落ち着いてくるのが分かる。やっぱり俺ってお兄ちゃんなんだな。 ちゃんと答えてやりたいけど、今はまだ自分の考えが追いつかない。中途半端な答えなら返すべきじゃないだろう。何しろ相手は良守で、適当にしたい相手じゃない。そうだなぁ、と正守は顎髭をさすりながら言った。 「お前が弟じゃない自分を見ろって、そう望むならその通りにするから。お前も本気で俺が欲しいならその気にさせてみな。」 「…それで良いのかよ。」 「良いも悪いもお前が言ったくせに。」 「や、それはそうだけど。もっと気持ち悪がられたり嫌われるかと思った。」 そう言う良守の声は固く、さっき偉そうにしてたのは虚勢だったんだなと気付く。そりゃそうだろう、同性の兄に告白なんてかなりの覚悟がないと出来る事じゃない。そう思うと何だか愛しさが増した。背も高くなって多少ゴツくなったけど、可愛いものは可愛いのだ。 「言ったろ、俺はお前に弱いんだって。嫌いになる事だけはないから安心しろよ。」 正守の言葉に良守はパッと顔を明るくて喜ぶ。 途端に調子に乗ったのか覚悟しとけよ、と嬉しそうに、でも不敵に笑う弟を見て。 落とされるのはそう遠い日の事じゃないかもしれない、そうちらりと思う正守だった。 |
2008.4.21
Novel