初めてのSaint Valentine's Day







夕飯の仕度をしていた父の代わりに、良守は近所のスーパーに出掛けた。
切れていたという朝食用の納豆と、買っても良いよと言われたコーヒー牛乳を手に取りレジに向かう。するとレジ横に特設コーナーができていたのが目に入った。
赤やピンクで飾り付けされた見るからに甘い雰囲気に「聖・バレンタイン」の文字。

(もうそんな時期か)

良守にとってバレンタインとは、製菓の材料が手に入りやすい便利な行事だった。特に普段はもっと大きなスーパーに行かないと置いていないような、業務用の大きなチョコや質の良いチョコが普通に置いてあるのが嬉しい。
メインに置いてある手作り用ではない出来上がった市販のチョコも、いつもとは違う品揃えで面白かった。特に義理チョコなんてギャグに走ったような物もある。大きさが3cmも無さそうなサイコロチョコなんて、もらったら返ってへこみそうだなと思うし、某10円チョコがたくさん入った詰め合わせは、義理にしては量が多く、本命にしては値段が安めでどっちなんだと迷いそうだ。

興味深げにそれらを見ていた良守だったが、やはり最後には手作りコーナーに戻った。今年は何を作ろうかなとウキウキしながら物色する。すると柱の天辺に「愛する人に 手作りチョコのプレゼント」「伝えたい気持ちをバレンタイン・チョコにこめて」と書かれたプレートと、その下には簡単な手作りチョコのレシピが書いた紙が自由に持ち帰れるように置かれていた。
その言葉を見た途端、不意に脳内に浮かんだ坊主頭。一瞬良守の思考がとまり、次の瞬間我に返って思わず頭をブンブンと振る。

何でバレンタインで愛する人で真っ先にあいつを思い出すかな俺!自分の思考に良守は顔に熱が集まるのを感じた。

今日はとにかく帰ろうとコーナーに背を向ける。だが後ろ髪を引かれる思いで、良守はちらりと背後を振り返った。
随分長い間誤解と擦れ違いを繰り返してきた兄の正守と、気持ちが通じ合ってしばらく経った。今はとても良い関係を築けていると自分でも思う。一緒にいると楽しくて安らげて、凄く幸せだって思える。
恥ずかしくてそういう気持ちをなかなか口には出来ないでいる良守に、正守はいつも言葉や態度で示してくれた。それがどれだけ安心できたかわからない。

(伝えたい、気持ち…)

伝えたいことなんて、そんなの本当はたくさんある。いつだって忙しそうだからもう少し休んで欲しいとか。人のことばっか言ってないで、自分の体にも気をつかえとか。普段言えないけど俺だって、その。ちゃんと兄貴のこと…とか。

でも言えない。何度か言ったことがあって、その時正守はとても喜んでくれたから、好きだって言うくらいでこんなに喜んでもらえるなら何度でも言いたいって思ったのに、やっぱり顔を見ると言えなくなってしまう。正守はいつだって、良守が欲しいと思った時に言葉をくれるのに。

こういう点に関しては甘えてるし甘やかされてるなとは思うのだが、経験値の差とでもいうのか、年齢差のせいか。どうしてもうまくいかないのだ。
なら、バレンタインのプレゼントならば。普段言えないでいる言葉もこめられるのだろうか。



一度は離れた売り場に戻り、綺麗に揃えられた手作り材料をじっと見つめる。
あいつ、甘いもの好きだし。俺が菓子作り得意な事は知ってるんだし。期待させてたらやらないのも悪いよな。
可哀相だから作ってやるか。それが自分への言い訳なんだって事には気付かない振りをした。







そしてやってきたバレンタイン前日の13日。あれから何度かスーパーやデパートに足を運び、手持ちのレシピと本を見て検討した結果ようやくメニューが決まる。吟味して買い込んでおいた材料を揃え台所に立つと、良守は腕まくりをした。
父さんには前々からこの日にケーキを作りたいとお願いしてあったので、夕飯の仕度は昼の内にやってくれていた。つまり和尚の所に行っている爺が帰ってくる夕飯前まで台所が使える。一気に集中して作れば余裕な程の時間があった。でも時間配分を考えると、一個でも失敗したら作り直す時間はない。チャンスは一度だ、と良守は鼻息を荒くして材料へと向かった。

「ーできた!」

ふぅ、と良守は大きく息をついた。目の前のテーブルには家族用と、あと夜に時音に差し入れする分のショコラケーキ。そして小さな箱が置いてある。綺麗な水色の和紙と紙紐がセットで売っていて、それを使ってみたのだが意外にうまく包めたと思う。包み方も載っていたおかげで、手先が器用な良守はわりと上手に包む事が出来ている。

だけど…。出来上がってみて良守はどうしようかと思案した。何しろ渡す相手は遠く離れて暮らしておりいつでも会えるという訳じゃない。式神で送るという手もあるのだが、請われてもいないチョコを送るのは物凄く抵抗があった。同じ理由で宅配も不可だ。

夜行の頭領を務める正守は忙しい。その合間を縫って良守に会いに来てくれているが、週に数度来た時もあれば1ヶ月程来れなかった時もある。そんな時でも出来るだけ連絡を取ろうとしてくれているのは知っていたので不満などはないのだが、こういう時にはちょっと困る。
かといって来いだなんて呼び出せない。14日にそんな事を言えば何の用だかは丸分かりだ。そんな恥ずかしい事は出来なかった。
傷むような物でもないし会えた時に渡せば良いかなと思うが、今日渡す事に意味がある気もする。

なるようになれだ。
良守は開き直ると、タッパーに詰めた夜用のケーキと水色の和紙に包まれた箱を手に部屋へと戻った。





「じゃあね良守。ケーキ美味しかったわ、ありがと。」
「うん。また作るよ。おやすみ。」

門の前で時音と別れ、小屋の中に消えていく斑尾を見送って家へと戻る。ケーキは家族にも時音にも好評だった。確かにここ最近作った中では一番の出来だったと思う。気分良く玄関を開けると、そこには見知った姿があった。

「あ…!!」

兄貴、と思わず叫びそうになって慌てて口を塞ぐよりも早く、正守が周囲に結界をはる。飲み込んだ言葉を唾と共に大きく飲み込んで、良守は目の前にいる兄を見上げた。

「おかえり。」
「ああ、ただいま…って、何でいるんだ?」

会えると思ってなかったので呆然としながら言うと、正守が結界をときながら笑って答える。

「今日はバレンタインだろ。せっかく良守と恋人同士になったんだから、イベント事は大事にしないと。」

さらりと言われた「恋人同士」という単語に、良守の顔は真っ赤になる。

「なんでお前、そういう台詞を真顔で言えるんだ…。」

力が抜けたように項垂れる良守の顔はまだ赤く、照れているだけで嫌がってはいない。そんな事は分かっているから正守は平然と「本心を語るのに照れる必要があるのか?」と言ってのけ、更に良守を脱力させた。そんな良守の頭を撫でて、随分と冷えている事に気付いた正守は弟を風呂へと促した。

「話は後だ。まずは風呂に入って温まってこいよ。」

お前の部屋にいるから、と言われて良守は頷き風呂場へと向かった。





ほっかほかに温まって部屋に戻ると、正守は良守の机でノートパソコンに向かっていた。部屋の中は温められていて、その上正守がいる。その光景にどこか不意にホッと息が漏れた。心のどこかで安堵する自分に気付いて良守は布団の上に座り込む。

「それ仕事?忙しいんじゃないのか?」

タオルを頭からかぶり水気を拭いながら問う良守に、正守は電源を落としながら「ただの報告書」と答えた。

「空き時間にやっとかないと、こういう書類仕事っていつの間にか溜まってるんだよね。」
「書類とか、そういうのもお前やってんの?」
「事務仕事は刃鳥やそれ以外にも専門にしてるのがいるけど、報告書は任務を遂行した人間が書かないとね。上にも報告する訳だし。」

何事にも形式ってのがあるのさ、と苦笑する正守にそういうものかと納得する。正守は頭領で夜行では一番偉いし一番強いから、実践的な事ばかりでこういうのはやってないと思っていたが、組織として動く以上は色々とあるのだろう。良守はこの烏森の守護としてしか仕事をしたことがないからよく分からないけど。

電源の落ちたパソコンを閉じる音が小さく響き、正守は椅子から降りると畳に置いていたバッグをそっと取り上げ、そこから白い箱を取り出すと良守に渡した。

「お土産というか、プレゼント。いつものマスターの新作のチョコタルトだよ。」

差し出された物を反射的に受け取ってから、良守は箱と正守の顔を交互に見て目をパチクリさせた。

「プレゼントって…、バレンタインの?」
「そうだよ。」
「兄貴が俺にくれるの?」

不思議そうに聞く良守に正守がおかしそうに笑う。

「バレンタインって「好きだ」っていう印に贈るんだろ?だったらどっちからでも良いかなって思ったんだけど。チョコタルト、2月限定だってマスターが言うから、お前に食べさせたかったしさ。」

またもやさらりと言われた「好きだという印」という言葉に頬を赤らめつつ、照れくさくて下を向いて小さく「ありがとう。」と礼を言った。兄から貰うのは予想外だったけど、確かにこういうのは気持ちの問題だしどちらから渡すという事もないだろう。そして気持ちの問題なのだからどちらも渡しても良いはずだ。
良守は箱を畳に置くと立ち上がり、ディバッグからあの箱を取り出した。

「やる。」

多少ぶっきらぼうに渡されたのは水色の和紙に包まれた長方形の箱。メーカー名の書かれていないそれは、綺麗に包装されてはいたが如何にも手作りっぽい。

「これって、もしかしてチョコ?」

手の中のそれを数秒見つめてから尋ねると、良守が小さく首を縦に振った。ちょっと動作が固い気がするのは、慣れてない事をして恥ずかしいのだろう。その初さとうっすら赤くなった頬が愛らしいくて正守は目の前の弟を思いっきり抱き寄せた。
ぎゅうと一度強く抱き締めてから体を少し離すと、すべらかな頬にキスをする。

「ひょっとしたら作っててくれてるかな〜って期待はしてたんだけど、実際もらえると感激も一入だな。」

ありがとう、とそう言った正守の顔は本当に嬉しそうで、満面の笑顔を間近に見てしまった良守は慌てて視線を反らした。何だかとても恥ずかしい気がするのはどうしてだろう。正守が喜んでくれるのは嬉しいし、笑顔を見れるのも嬉しいのに変に心臓に悪い。ドクドクと大きな音を立てる胸の辺りを押さえながら顔を上げられないでいる良守を見て、正守は軽くそのこめかみにキスをするとおもむろに立ち上がった。

「ー兄貴?」
「せっかくだから食べよう。飲み物と皿持ってくるから待ってろ。」

兄の言葉にそれなら俺が、と立ち上がりかけた良守を手で制して正守はさっさと台所に行くと、盆に皿と果物ナイフとフォーク、そしてマグカップに入った紅茶を持ってきた。良守が美味しいケーキを食べる時には、大好きなコーヒー牛乳はやめてコーヒーや紅茶にしているのを知っている正守らしい気遣いだった。

温かな湯気が揺れるマグカップを見ながらサンキュと良守が礼を言うと、正守が微笑んでから白い箱を指差す。

「それ、開けてみろよ。」

言われて良守は箱に手を伸ばした。「いつものマスター」というのは正守がよく行く喫茶店のマスターで、本来テイクアウトはやってないのに特別に良守の土産に限って持ち帰らせてくれているらしい。何度か土産にもらったケーキはどれも良守がこれまで食べた店のケーキより美味しかった。多分この店が近くにあったら、小遣いをはたいても通い詰めただろう。
そのマスターの新作(しかも限定)というケーキ。良守はわくわくしながら箱を開けた。
するとそこには見事な程綺麗な焼き目のついたタルト地に、艶やかに光るチョコレートを流し込まれた見るからに美味しそうなチョコ・タルトの姿。まるでケーキが光ってるように輝いて見えて、良守は完全に見惚れた。

うっとりとケーキを見つめる良守にちょっと苦笑しながら、正守がケーキを切り分け皿に乗せてくれる。切り口も見事な色合いのそれを食べるのがちょっと惜しい気持ち気もしたが、美味しそうな匂いにつられて我慢できなくなると、そっとフォークを差し入れ一口分を口に運んだ。

「〜〜〜っ、うめえ!!」

フォークを握り締めながら叫んだ弟の姿に正守が今度こそ吹きだした。

「お前、どっかのビール飲んだ後の親父みたいだぞ。」

口元に手を当て、苦笑する正守に構わず良守は鼻息を荒くする。

「だってこのタルトの美味さって言ったら!マスターのケーキはどれも美味いけど、やっぱタルトが絶品だな!」
「そりゃ良かった。マスターにも伝えとくよ。」

そう言いながら正守は水色の箱を手にした。十字にかけられた紙紐をとき、水色の包装紙を開けようとする正守を良守がとめる。

「や、あのさ兄貴。それ後にしてタルトくわねえ?」

その少し慌てた様子に正守は緩く口の端を上げた。初めてのバレンタインチョコを、目の前で開けられるのが恥ずかしいのだろう。その初さはとても可愛らしく、だからこそやめてやりたくはなくなる。こういう男心を理解するには、弟はまだ幼く真っ直ぐすぎるんだろうと正守は思った。

「せっかく良守が作ってくれたんだから、俺はこっちを食べたいよ。」

態とらしいほどにっこり笑ってそう言えば、良守は何も言えずにウッと詰まってしまった。それを良い事に遠慮なしに封を解く。長方形の箱を開けると10粒のチョコレートが並んでいた。じっくりと眺めてから一粒を手に取り口に放り込む。表面にココアパウダーをまぶしたトリュフは口の中ですぐに溶け、チョコレート独特の、だけど優しい甘さと香りが広がる。同時に感じた濃厚な洋酒の風味。

「凄くうまいよ。これってブランデー入り?」

弟が作るお菓子は何度も食べたけど、洋酒を効かせた物はあまりなかった。彼自身がまだあまりそういう味に馴染みがないせいだと思っていたのだが、こういうのも作るのかと少し意外な感じがする。

正守の「うまい」という言葉にあからさまに安堵の表情を見せた良守は、嬉しそうに正守の質問に答えた。

「父さんが編集さんにもらったブランデー入れてみた。高いヤツみたいなんだけど、うちじゃ誰も飲まないし。」
「ふ〜ん、確かにこれは良い酒かも。良守がお菓子作りに全部使っちゃえば?」

父修史は滅多に酒を飲まないし、唯一飲む祖父も日本酒党で西洋の酒であるブランデーなど口にしない。だがこれだけ香りの良い酒を棚に置きっぱなしというのも勿体ない話だ。

「でも酒入れる菓子ってあんまり作ったことないんだよな。」
「香りづけ程度に入れるなら結構色々使えるだろ?チョコとも相性良いんだし。」

正守が2個目に手を出すのを見て、嬉しそうに覗き込んで「気に入ったか?」と聞いてくる弟に頷いてみせる。

「これ、本当にうまいし。お前は食べてないの?」
「酒強めに入れたから、固める前にちょっと味見しただけ。」

良守の言葉にそう、と答えてから閃いた考えに正守はニヤリと笑うと、手にしていたチョコを口の中に放り込んだ。それからおもむろに弟の首を掴んで自分へと引き寄せ強引に口付けする。

「!?う゛〜!!」

最初驚いて目を剥いていた良守だったが、抵抗する間もなく割り込んできた舌の感触と、同時に口の中に広がった甘いチョコの味にすぐ抵抗をやめた。トロリと溶けたチョコレートを擦り付けるように正守の舌が良守の舌を絡め取ると、すぐに体から力が抜けてしまう。酩酊したように体がふわりと浮き上がった気がしたのは、チョコに含ませたブランデーのせいなのか。それとも馴染んだ正守の舌が、良守の弱い所を嬲っているせいなのかは分からなかった。

散々好き放題した後、ようやく正守が良守を解放する。良守の口の周りに付いた唾液とチョコをペロリと舐め取ると、正守は自分の口も拭った。

「な、うまかっただろ?」

見た目だけは爽やかに笑いながら言う正守を良守はじっとりと睨んだ。だがその目尻は赤く染まり、目は潤んでいて睨まれてもむしろ可愛いいだけで、正守はその額にちゅっと軽くキスをする。そんな兄の言動に何も言えず、良守は額を押さえながらコクンと小さく頷くとまたケーキを食べだした。そっぽを向いたその耳はこれ以上はないというくらいに真っ赤になっている。

恋人同士になって、お互いの体に知らない部分はないってくらいに知り尽くした仲だというのに、いつまで経っても初さが抜けない幼さと可愛らしさに眩暈がしそうだ。とチョコと良守の口内の甘さを思い出しながら正守は3個目のチョコに手を伸ばした。そこでふとある事に気付いて手が止まる。

「兄貴?どうかしたのか?」

固まったように動かず、何かを考え込んでいる正守に気付いて良守が訝しげに尋ねた。すると正守が「どうしようか、良守」とちょっと眉を下げて言った。

「全部食べちゃうのが勿体ないんだけど、取って置いたら駄目になるかな?」

チョコって腐るんだっけ、と真面目な顔をして箱を見つめる正守がおかしくて良守が思わずプッと吹き出す。でもそれほど喜んでもらえている事が嬉しくなって、良守は兄の前の箱から一粒チョコを摘むと正守の口元へと運んだ。

「食べたくなったらいつでも作ってやるから、好きなだけ食べろよ。」

ほら、と食べるように促すと正守が良守の指ごとパクリとチョコレートを食べた。驚き慌てて指を引っ込めようとするのを腕を掴む事で阻み、正守は良守の指ごと甘い味を堪能する。正守の舌が良守の指を舐め上げ、その舌先が爪の間をなぞっていく感覚に良守の体は細かく震えた。指先なんて普段何かに触れていても全然平気なのに、こんな所でこんな風に感じるなんて知らなかった。腰の奥がムズムズするようでもどかしい。

ギュッと目を瞑り、顔を真っ赤にして未知の感覚に耐える弟に笑みを浮かべ、正守は指の付け根をゆっくりと舐めてからやっと解放した。その途端気が弛んだのか崩れそうになる体を正守が受け止める。

「ほんとにさぁ。お前は俺をどうしたいんだろうね。」

煽るの巧すぎ、と溜息をつきながら言われて良守が反論した。

「なんだよそれ!俺は別に煽ってない!」
「自覚無しにやってるから厄介なんだよな。お前、あんまり可愛い事すんなよ。じゃないと俺に襲われっぱなしになるよ?」

そんな正守の台詞に、良守が一瞬戸惑ったような顔になる。

「え、だって…。」
「だって、何?」
「別に…兄貴としたくないわけじゃないし…。あっ、だからって煽ってはないからな!」

握り拳で力説する弟に正守は本気で眩暈がした。普段これでもかってくらいに初なくせに、こういう台詞を言えちゃう辺り天然って恐い。
がっくりと頭を垂らした後、正守は力一杯良守を抱き締めた。

「勘弁してよ。これ以上お前にのめり込んだら、俺が何しでかすか分からないだろ。」

そんなに俺の理性壊したいのか、と真顔で迫られて良守が慌てる。なにわけわかんねーこと言ってんだよ!と暴れ出す体を難なく腕の中に閉じ込めて、正守は耳元で囁いた。

「分からなくても良いよ。これから体に分からせてやるから。」

にやり。擬音がつきそうな勢いで笑む兄に、その言葉の意味する事に気付いて良守は青くなった。行為自体が嫌なわけはない。嫌なわけはないのだが、こういう顔をする兄に付き合うと翌朝えらい目に合う事はすでに思い知っていた。

今日も学校が、と焦る弟に責任はとってやるから、と兄は答え喋れないように口付けして塞ぐ。そのまま夜が明ける寸前まで愛しい弟を片時も放さず堪能した。



結局その日の授業は、正守が丹念に作った良守の形の式神が受ける事になった。重い痛いと文句を言う良守の腰をさすりながら、正守が終始にやけっぱなしだったのは言うまでもない。










2008.2.15〜2.17

Novel