おにいちゃんといっしょ
「なあ墨村。お前ん家で訪問インタビューさせてくんない?」 授業も終わって帰り支度をしていた正守は、級友に呼び止められこんな事を言われて驚いた。 「インタビュー、って何の。」 「学校新聞の。俺が新聞部なのは知ってるだろ。」 そのクラスメイトー笹川が、新聞部所属というのは確かに知っていた。何しろ学校行事にはカメラ片手に取材をしまくるので目立つのだ。将来は新聞記者を目指していると豪語するだけあって、その手腕はなかなかだとまだ1年生ながら部では有望株扱いされているのも聞いている。正守も確かに記者には向いてそうだなと思っていた。なんとなく憎めないキャラで人当たりも悪くない。 「その学校新聞で、何で俺のインタビューなんだ?」 正守は素朴な疑問を口にした。今まで学校新聞のインタビューは、校内の有名人を取り扱っていた。生徒会のメンバーだったり、部活で県大会や全国大会に出場してる人間だったり。正守は学校行事以外、何も参加していない帰宅部だ。 「あ〜ほら、うちの部室の前にご意見箱置いてるだろ?あれに前からお前のインタビューやってくれって意見がきててさ。」 「…そんな要望出す人いるんだ。」 「かなり多いぞ?殆どが女子からだけど、結構男子からもあったな。何しろ墨村ってば塾も行ってないのに成績優秀、スポーツ万能だけどあちこちの部からの勧誘は全て断って真っ直ぐ家に帰っちまう。何でもそつなくこなすし先生のうけも良い。当然モテるのに告白は完全シャットアウト。これだけ謎だらけだと、みんな色々知りたくなるんだろうよ。」 「それって謎って言う程のものじゃないと思うけど。」 正守からしてみれば、ある程度の成績を維持する為ならば授業をちゃんとうけていれば充分だったから塾には行かなかっただけだし、何よりそんな時間があるならば修行に充てたかった。部活も然り。告白を受け付けなかったのは、自分の時間を割いてまで付き合いたいと思うほど惹かれる人もいなかったからだ。自分なりに道筋が通っているので、何故それが謎だと言われるのかむしろそっちの方が謎だ。 不思議そうな正守に笹川は苦笑した。 「まあそう言うとこ、墨村らしいっちゃらしいけどな。納得はしなくて良いから取材はさせてよ。」 「断る。取材されるような人間じゃないし、ましてや家は関係ないだろ。」 「家族構成とか部屋の様子とか知りたいって意見もあったんだよ。頼むよ、ここで断られたら俺、黙ってお前の近辺探っちゃうぞ。コソコソされるの嫌いだろうから、直接頼んでるんだからさ〜。」 「誰だってコソコソ探られるのなんか嫌だろう。」 そう言いながら、正守はこいつの事だからやりかねないなと思った。近辺を探られたくらいでは一般とはかけ離れた我が家の家業など知られる事はないだろうが、可能性が無くはない以上勝手な事をされるのは出来れば回避したい。 はあ、とこれ見よがしに溜息をついて正守は笹川を軽く睨み付けた。 「今回限りだぞ。」 「やった!恩に着るよ墨村!」 正守の不機嫌さを気にもせず素直に喜ぶ笹川に苦笑する。こういう所が憎めないんだろうなと正守は鞄を手にした。 今まで家にクラスメイトを連れて行った事など殆ど無い。いきなりでは父を驚かせてしまうだろうと、正守は校舎を出る前にトイレに行って式を家へと放った。烏の形をした式が空へと飛んでいくのを見送ってから、外で待っていた笹川と家へと向かう。その間も多少の質問に受け答えしながらいつもの帰り道を歩いた。普段は脇目も振らず足早に帰る道をこうして人と歩く事すら久しぶりだ。我ながら人付き合いの悪い事だと、どうしてこんな男の事など知りたがるのだろうかと不思議に思った。 長い塀を伝い自宅へと帰り着く。ここだよ、と促せば笹川は目を見開いて驚いた。 「え、ここ?何このバカでかい家!墨村ってもしかしておぼっちゃま?」 「古い家だから多少大きいだけだよ。」 木戸を開き中へと入ると、級友は如何にも物珍しげな様子で辺りを見回した。 敷き詰められた敷石を楽しげに踏みながら着いてくる笹川に苦笑しながら玄関を開ける。 「ただいま。」 中へと向かって声をかけると、いつものように父が台所から顔を出した。 「お帰り、正守。後ろのお友達も、そんな所に立ってないでどうぞ上がって。」 初めまして、正守の父です。と挨拶する修史に笹川が慌ててお辞儀をする。 「あ、初めまして。笹川です。いきなりお邪魔してすみません。」 家で取材させろと息巻いた当人の殊勝な台詞に正守はプッと吹きだした。それを見て笹川が憮然とした顔になるのに、苦笑を返して正守は家へ上がり、笹川もそれに続く。 その時、家の奥から「にいちゃん!」と弾むような声が聞こえた。廊下を曲がって姿を現したのは、正守の弟の良守だ。 とたとたと走ってきた良守は、飛びつくように正守に抱き付いた。それを難なく受け止めると小さな体を抱き上げてやる。 「にいちゃん、おかえりなさいっ!」 「ただいま、良守。でも廊下は走っちゃ駄目だろう?」 お爺さんに叱られるよ、と目を見て言うと、良守がシュンとする。 「だってにいちゃんの声がしたから…。」 「飛び出してきちゃった?」 うん、と大きく頷く良守に仕方ないなと頭を撫でてやると、すぐに笑顔を見せる。その素直な反応に和んでいると、後ろから不思議そうな声がかかった。 「墨村…。その子、墨村の弟?」 「ああ。弟の良守だよ。」 抱き抱えていた弟を下に降ろすと、良守は不思議そうな顔をして兄を見上げ、その後ろに隠れてしまう。 この家では義務ではないから幼稚園には行かない。その時間があれば修行にまわされてしまうのだ。だから良守は日中、家事と仕事に忙しい父と、厳しい祖父と共に過ごしている。遊び友達といえば隣の時音くらいで、それも家同志が犬猿の仲とくればそう毎日一緒というわけにもいかなかった。それだけに少々人見知りの傾向がある。 「良守。ほら、初めて会った人には何て言うんだったっけ?」 正守に促されて、良守は怖ず怖ずと顔を出した。 「んっと、すみむらよしもりです。こんにちは!」 ぺこりと頭を下げる良守に、笹川も笑って答える。 「お〜、こんちは。俺は笹川亮一って言うんだ。よろしくな。」 子供好きなのかにかっと笑う笹川に、良守も警戒心を少し解いたようだ。そんな様子を嬉しそうに眺めていた修史が正守に問いかけた。 「そうだ正守。今日はお勉強?それとも何かして遊ぶの?必要なら居間も使って良いからね。」 「お爺さんは?」 「道場にいるから大丈夫だよ。さあ、良守はこっちにおいで。」 両手を広げる修史に、良守がいやいやをする。 「やだ!にいちゃんといっしょがいい!!」 「良守〜。お兄ちゃんはお友達と用事があるんだよ。後でまた遊べるから。ね?」 優しく修史が諭しても、かえって良守は正守のズボンに引っ付いてしまう。その必死な様子に正守が苦笑した。 「いいよ父さん。別に勉強じゃないし、良守が一緒でも大丈夫だから。」 その代わり大人しくしてろよ?と頭を撫でられて、良守が大きく頷く。そんな二人に修史が小さく溜息をついた。 「本当に良いの、正守。」 「心配しないで。それじゃ取り敢えず部屋にいるから。」 「ああ、ちょっと待って正守!」 すぐそこの自室に入ろうとしたら呼び止められた。待っていると修史が急いで台所からコップやらクッキーを乗せたお盆を持ってきた。どうやら式で連絡した後用意してくれていたらしい。一緒にペットボトルのジュースも渡される。 「足りない物があったら言ってね。はい、良守も。」 弟のお気に入りのマグカップを手渡しながら微笑む修史に、正守も笑って礼を言う。 「ありがとう父さん。そうだ、お爺さんに修行は後でお願いしますって伝えてもらえるかな。」 「それはいいけど、お友達が来た時くらい休んでもいいのに。」 「そうもいかないよ。じゃあ頼むね。」 横に立っていた二人を部屋に促し、正守も部屋に入ったところで修史が襖を閉めてくれた。部屋の真ん中に盆を置きコップにジュースを注いで配る。さっそくクッキーに手を伸ばす良守を止めおしぼりで手を拭いてやってる間、笹川は興味津々な様子で室内を見ていた。 「親父さんって、凄く優しそうな感じだな。今日は仕事休みなの?」 「いや、父さんは小説書いてるんだ。だから普段から家にいる。」 「うわ、すっげぇ!どんなの書いてんの?」 「専門は西洋系の民俗学や土俗風習についてだから、知らないと思うよ。」 「そっか、そういうのはさすがに読んだことないな。お爺さんは道場にいるって言ってたけど、もしかして格闘技とかやってんの?」 そう言いながら壁にかけている術衣を指差す笹川に、正守はしれっと答えた。 「ああ、あんまり知られてない流派だけど古武道をやってる。」 「へえー、墨村に古武道って似合うな。何か強そう。あそっか、だから部活やらないんだ。」 一人納得する笹川に頷いて見せる。結界術には鍛錬の為と接近戦に備えた独自の武術があるのだから嘘は言っていない。 「それと弟さん、で4人家族?」 「いや、母も健在だよ。ただ仕事で全国あちこち行ってるんで、滅多に家には居ないけど。」 母親が見当たらない様子に変に勘ぐってしまったのだろう。聞き難そうに言う笹川の言葉を苦笑しながら否定すると、あからさまにホッとしたような顔をする。 「良かったー。ちょっと焦っちまったよ。でもこんな小さな子がいるのに、お袋さんが留守って大変だな。」 「そうでもないよ。父さんはあの通り優しい人だし。」 「墨村も可愛がってるみたいだもんな。こんだけ年が離れてたらなぁ。よしもり君は何歳?」 笹川の問いにジュースを飲んでいたマグカップから口を離し、良守が手をかざして「4さい!」と元気に答えた。正守の膝に乗って機嫌良くしているその様子に、笹川が興味深げな顔をする。 「4歳か。なぁ、よしもり君はお兄ちゃんの事好きか?」 「うん、だいすき!!にいちゃんはすごいんだよ。つよくってね、えと、かしこくてね、なんでもできるんだ。ね、にいちゃん!」 膝に座ったまま見上げてくる弟に、正守も微笑んで返す。 「ありがとう良守。俺も良守が大好きだよ。」 そう言うと良守が嬉しそうににっこりと笑った。そんな二人を笹川が不思議そうに見る。 「本当に仲良いんだな。うちにも弟いるけどいっつも喧嘩ばっかりで、最近なんて一緒にいるのは飯の時くらいだけど。」 年が離れてるとこうも違うのか、と感心した様子の笹川に正守の方が不思議になる。弟は一人っきりだったから、余所との違いがよく判らない。 「でも…普通に弟って可愛くない?」 真顔で問う正守に、笹川は多少呆れた顔をする。 「墨村…、お前って意外とブラコン?でもまあ、解らんでもない気もするけどな。こんだけ素直に慕われたら、そりゃ可愛いだろ。」 でも世間一般では必ずしもそうではないんだぞ、と何だか恐い顔で言われて正守は首を傾げ、自分の膝に座ってクッキーを食べている良守を見た。そう言われた所で世間からかけ離れた墨村の家では、あまり世間との関わりがないからやはりピンと来ないのは仕方ない。 その間も笹川はいかに弟というものが扱い辛いかを切々と訴えていた。やれ言う事は聞かないだの文句ばっかりだの、都合が悪くなると弟という立場を利用して大人に媚びいるだの。 「妹ならいざ知らず、男兄弟なんて弱肉強食の定めの元生まれてきてるんだよ。兄は弟に舐められちゃいかん!強引にねじ伏せてでも兄に従わせてなんぼだ!」 「いや、それも極論な気がするし。それよりうちの弟が怯えてるから落ち着いてくれないかな。」 握り拳に立ち膝で力説する笹川の剣幕に、良守が怯えて正守にしがみついている。それを見て笹川はバツの悪そうな顔をしてストンと座った。 「ごめんごめん。きのう弟と喧嘩したばっかだったもんだったからさー。」 これだけ興奮するってどんな喧嘩をしたんだろう、と正守はちらっと思う。しがみついてくる良守の背を撫でてやった。 「大丈夫だからね、良守。このお兄ちゃんちょっと変わってるけど、噛み付いてきたりはしないから。」 「おいおい、人を猛獣扱いかよ。」 「それに近いものはあったよね。」 そう言いながらも正守は弟の背を撫で続け、クッキーをひとつ摘むと良守の口元へと運んでやる。すると良守がぱくりとクッキーを頬張り、嬉しそうに笑った。つられて正守も笑いかえした所に、パッと室内に光が走る。 「…写真も載せるの?」 「当然だろ。せっかく墨村の取材出来るのに。」 どの辺が当然なのかは解らなかったが、笹川は喜々としてカメラを構えている。それに正守は渋面になった。 「弟まで載せる気か?」 「良いじゃん。兄弟仲良くツーショット!女子にうけるよこれは。ねえよしもり君、お兄ちゃんと一緒の写真欲しいよね?」 「ほしい!」 「よーしよし素直だ。はいお兄ちゃん、可愛い弟の為に笑って笑って〜。大丈夫、ちゃんと焼いてプレゼントするよ。」 「笹川…。」 何がプレゼントだと大きな溜息をついたものの、ご機嫌になった良守の様子に、ここで断れば泣くかなぁと思うと無碍にも出来ず。調子に乗り続けるこの級友に、その内ちゃんと「お礼」をしなきゃな、と思いながら正守はカメラに向かって曖昧に微笑んだ。 後日、最初に撮られた、弟を見て愛しげに微笑む正守の写真が掲載された学校新聞は大反響となった。 それが静まったのは、笹川が正守のノートを見せてもらえなくなった後、漸く解禁されたのと同じ頃だったという。 |
25万打御礼企画その3。リクエスト黒猫5kgさん。
リク内容は
「子供の頃は兄弟自慢、大きくなったら恋人自慢。
要はよっしに「俺の兄ちゃん何でも出来るし知ってるしカッコイイんだぜ!」と言って欲しい」
との事でした。
これ、意外と難しくて、14歳よっしが兄を自慢する場面ってのが
以前書いた「精一杯の自分で抱き締める」で、無意識に兄を語るよっしに被ってしまい、
違うシチュエーションが浮かばなくてですね。
ちび兄弟なら自慢してくれるだろうと言う事で、こんな話になりました。
本格的にちび兄弟を書いたの初めてだな〜、新鮮だった。
ちなみに兄は中1の12歳。そうなるとよっしは5歳のはずですが、私的に
兄は4〜5月生まれのイメージがあって、よっしは7〜9月初旬頃の夏生まれのイメージがあるので
数ヶ月のズレの間は8歳差になる、と勝手に設定して書きました。
いや、5歳以上になるとそろそろギクシャクしてくる頃かなと思いまして。
単に自分の書きやすい年齢にしたかっただけです(笑)。
取っかかりは時間がかかりましたが、書いてみると楽しかった〜!
黒猫5kgさん、いつもコメントありがとうございます。
どうもリクエスト通りにはならなかった気がしますが(幼兄弟だけの話になっちゃったし)
返品可で取り敢えずお受け取り下さい〜!
2007.11.28
Novel