優しい拘束
とっくの昔に家を出て、たまにしか帰ってこなかった墨村家の長男。 それがこの所割と頻繁に里帰りしている事を知っている者は少ない。 何故なら彼が帰ってくるのは、誰もが寝静まっている夜明け前だから。 背中から覆い被さるのは一回り以上大きな体。 汗を掻いて少しずつ体温の下がり始めた肌は、それでも合わせた自分の背と相手の胸元部分だけまだ熱を保っていた。 こんな風に、鼓動も伝わる程密着しているのに重みは感じない。 潰さないように腕で己の体を支えている、そんな風に垣間見える優しさが嬉しくて、抵抗を忘れてしまう自分は本当に馬鹿だ。と、頭を撫でていた正守の手が、別の意思を持って耳元を嬲り始めたのに良守は頭を振った。 「俺、明日学校なんだけど。」 「知ってるけどね。久しぶりなんだし、もうちょっとだけ。」 「お前の「もうちょっと」が本当にちょっとだけだった事ってないだろ!」 何とか抜け出そうとする弟の肩を掴み、離れる事を許さずその体を留める。 「も、お前信じらんねー。いつもスマした顔してるくせに。あれはポーズか、単にえー格好しいなだけか。このエロ坊主。」 「エロ坊主は心外だな。それだと見境無いみたいじゃないか。」 「はっ。兄貴の事だからどうせモテてたんだろ。色んな相手、取っ替え引っ替えだったんじゃねーの?」 吐き捨てるように言う良守の顔は不機嫌そのもので、正守はその横顔を見る。 「なに、お前俺の過去に嫉妬してるの?」 「…っ!!んなわけないだろ、このクソ坊主!!」 「エロ坊主の次はクソ坊主か。お前は本当に口が悪いね。」 はあ、と態とらしい溜息をついて見せてから、正守はニヤリと笑った。 「そんな悪い口は塞いでしまおうか?」 言いながら素早い動きで良守の顎を掴む。逃げる間もなく本当に唇が塞がれた。 少し荒々しく唇が合わさった後、スルリと進入してきた舌が良守の口内を容赦なく蹂躙していく。そうされると、体の奥に収まっていたはずの欲望の熱は呆気ないほどに簡単に引き出され、良守の芯を痺れさせた。 自分よりも自分の体を知っている相手に、抵抗なんて最初から意味がない。無理矢理にでも熱を上げられてしまえば、静める術もない自分には為すがままになるしかなかった。だけどそう言いながら本当は、静める気など無いのかも知れないという事も薄々感づいている。結局俺は、口で言う程この時間を嫌がってない。 いつも傍にいてくれるわけじゃなく、傍に行けるはずもなく。 ならたまに会える時くらいは、全身でその存在を感じたいから。この行為はある意味手っ取り早いと思う。内側から満たされた後の充足感は、他にないものだ。 知らなかった熱を教えたのがこいつなら、それも悪くない。 長く嬲っていた唇を少し名残惜しげに離すと、正守は良守の頬に手を添えその顔を覗き込んだ。熱い吐息を零す姿は、随分と大人びて見えて正守の衝動を促す。それに耐えながら、正守は良守の耳元に口を寄せた。 「良守、さっきの事だけど。」 「…ん?」 舌足らずに答える声は甘い。いつもなら決して聴かせてくれない、甘い甘い声。 聴けるのは俺だけだと思うと、それだけで嬉しくなる。 「俺の中では数に入ってないから。」 「・・・?何が?」 「好きなヤツとやったのは、お前とが初めてだから。一緒にするつもりは無いんだ。」 今まで何も無かったとは言わない。確かに何人かの女と夜を共にした事はある。だが過去の行為はSEXの真似事。ただ体の反応に従った排泄行為に等しい。 男は下半身で物を考えるというが、そうであるならもっとあの行為を楽しめたはずだ。 だが実際には確かに快楽はあったが、同時に覚えた吐き気にも似たおぞましさの方が強かった。 相手の眼差しひとつ、吐息ひとつで煽られる。 自分でも押さえきれなくなりそうなくらい、まだ幼い体に夢中になる。 合間に名を呼ばれると胸が苦しくなって、でもそれ以上に愛しくて。 ー抱き合うという行為が、気持ちを伴うとこんなにも心を満たすのだと知ったのは、お前を抱いてからだった。全ての喜びは相手がお前だからだ。 比べようにもレベルが、世界が違う。そんなものにお前が嫉妬する必要はない。 まあ、嫉妬してくれる事自体は嬉しいし、嫉妬するお前は可愛いけどな。 「それにさ、お前、気付いてる?」 「ん…っ、な、んにだよ?」 頬に当てていた手を動かし、首筋から伝って胸元へ辿り着く。 数え切れない程の傷痕を指でなぞれば、皮膚が薄くなって神経が敏感になっているその箇所に快感を覚えるようになった弟が僅かに声を漏らした。素直な反応に正守は気を良くする。 「さっき自分が言った事。モテてた、とか取っ替え引っ替えだった、って言ったんだよ。全部過去形でね。それって俺を信じてるって事だよね。」 「なっ!」 「浮気なんかしないって、信じてくれてるんだ?」 ニコニコと嬉しそうな正守の満面の笑み。頬に快楽の為だけじゃない熱が集まるのを感じて、良守は慌てて目を逸らした。 「…知らねー。別にそこまで考えて言ってねぇから。」 不機嫌な顔で吐き捨てるように言うが、それは弟の照れ隠しだと知っているから、正守は更に笑みを深くした。 「そうか。考えなくても無意識に口に出るくらい、俺の事信じてるんだな。」 「はあ?何でそうなるんだよ?お前飛躍しすぎだぞ。」 「飛躍してるか?そうでもないと思うけど。」 言いながら正守は良守の額に軽くキスをする。 「信じてくれていいよ。俺はもう、お前以外は抱けないからさ。」 浮気なんて一生しないよ、と言われて。良守はキョトンと目を見開いた。 「一生って、一生?」 「うん。」 「そんな言葉、気軽に言うな。」 「気軽じゃないよ。事実だから。俺のってもう、お前以外に反応しないんだよねー。」 「おいっ、腰に擦りつけるのやめろ!」 正守の行為に良守の顔が赤く染まる。未だに初さの残るその態度が愛しい。 「良守以外には不能になっちゃったよ、俺。だからさ、責任取って一生相手してよ。」 その言葉に良守は呆気に取られたように口を開けた。 「何で俺が責任取らなきゃいけないんだ。」 「そりゃ、俺を夢中にさせちゃった責任じゃない?」 「変だろそれ。だったらお前も…。」 言いかけて、ハッとしたように自分の口を塞ぐ良守。正守はニヤリと笑った。 「お前も…の続きは何?」 「な、何でもないっ!!」 慌てて怒鳴るが顔はこれ以上ない程に真っ赤になり、羞恥の為か目も潤んできている。 言いかけた言葉の続きは分かるから、正守は態と煽るようなことはせず、良守の髪を撫でる。ゆっくりと優しいその感触に、良守はそっと力を抜いて口元から手を外しそれでも恥ずかしいのか横を向きながら言った。 「…その年で不能なんて可哀相だから、相手してやる。」 仕方ないからな!だなんて真っ赤なまま言われても、その言葉も表情も男を煽るだけだと気付いてないんだろう。 「ありがとうな良守。というわけで、今夜も覚悟よろしく。」 お前を夢中にさせた責任は取るからさ。ちゃんと一生ね。 そう言うと、良守は「覚悟」を決めたのかちょっと複雑そうな顔をしながら。 言ったからには責任取れよ、と自分から正守の頭を引き寄せて、その唇にキスをした。 |
2007.5.20