契り
その電話は、正守が一人パソコンに向かっている時にかかってきた。 ディスプレイの表示は父・修史の名を記していて、正守は珍しいなと思うと同時に何だか妙な気持ちになる。正守の仕事が忙しく、時間も不規則な事を熟知している修史は、大抵の連絡はメールで寄こしていた。携帯に直接連絡など珍しい。 一瞬だけ躊躇って、でも鳴り続ける携帯の受話ボタンを押した。 「もしもし、父さん?」 『あっ、正守!!どうしよう大変なんだよ!!』 聞こえてきた父の声は滅多にない程慌てふためく、というよりも悲壮感を感じる程動揺していて正守は眉を顰める。何かが起こったのは間違いないだろう。ここに来て正守は、先程感じた妙な気持ちが急速に悪い予感に変わるのを感じていた。そしてこの手の予感は嫌になる程当たる事も知っている。とにかく話を聞かなくては。 「父さん落ち着いて。何があったの?」 宥めるように言う正守の、その低い穏やかな声色に修史はハッとして、それから一度大きく息をついて受話器を持ち直す。 『あのね、正守。良守が…、事故に、遭ったみたいなんだ。』 一言一言、自分を落ち着かせるかのように区切りながら修史がやっとの思いで伝えたその言葉に正守は目を見開く。我知らず、ごくりと唾を飲み込んだ。 「良守が事故って、烏森で何か…?」 遭ったの、と聞こうとした言葉を正守は内心自分で否定する。烏森で何か遭ったのなら、こんな昼間に電話を掛けてくるはずがない。 携帯を持つ手が細かく震えている。ここに誰もいなくて良かったと、どこか他人事の様に頭の隅で思った。そんな正守の様子に気付くはずもなく、修史は今度は矢継ぎ早に捲し立てる。 『それが交通事故らしくて。さっき警察から電話が来て、中央病院に運ばれたみたいなんだ。僕はお義父さんと利守を連れて行ってくるけど、正守もー。』 「行くよ。父さんも早く向かって。」 言葉を遮って返事を待たずに電話を切った。自室の襖を開けると、近くにいるはずの刃鳥を呼び事情を話すと蜈蚣を呼び出す。 良守が交通事故…?そんなのありえない。昔から体術は苦手だった弟だけど、それでも身体能力は常人離れしている。簡単に事故に遭うはずがないのだ。だが病院に運ばれたというなら、事故があったのは間違い無いのだろう。 とにかく行ってみなければ何も分からない。準備を終えて庭に待機していた蜈蚣に行き先を告げ目を閉じた正守の脳裏には、弟の姿だけが過ぎり消えていった。 蜈蚣を限界まで急がせて辿り着いた病院の受付で事情を話すと、外来処置室にいらっしゃいます、と教えられた。病院内だとは解っていたが我慢できずに走って処置室へと向かい、乱暴に引き戸を開ける。 「良守!」 五台ほど簡易ベッドが並んだ一番奥、ベッドに腰掛けた良守を取り囲んでいた面々が一斉にドアを見た。 「兄貴!?何でここに…。」 目を見開いて驚く良守の言葉に、修史があっと声を上げた。 「ごめん正守!僕、良守が無事だった事で気が抜けちゃって、正守に大丈夫だったって連絡入れるの忘れてた!」 両手を合わせて頭を下げる父の姿に、正守の肩から力が抜け落ちた。こちらを見る良守は頭の所に氷嚢を当てているが、別段大きな怪我無さそうだった。いつまでも入り口で立っているのも間抜けなのでベッドまで近づく。 「父さん、気にしないで。無事だったんならそれで良いんだし。ー良守、大丈夫なのか?」 声を掛けられた良守は、一瞬目をパチクリさせてからああ、と頷いた。 「ちょっと頭は打っちまったけど大したことねーよ。さっき帰って良いって言われたとこ。」 「まったく人騒がせな奴じゃ。未熟とはいえ術者なら、人助けくらい怪我無しにこなしてみんか。」 「無茶言うなよ爺。とっさだったんだから仕方ないだろ。」 「ちょっと待って。結局何が原因でこんな事になったのか聞きたいんだけど。」 放っておくと喧嘩になりそうな二人の言い合いに正守が割って入る。抑も彼は弟の事故の原因を知らないので二人の会話が解らないのだ。困惑顔の正守に、修史がすまなそうに言った。 「そうだよね、僕、良守が事故に遭ったって事しか言ってなかったもんね。あのね正守、良守は車に轢かれそうになった子供を庇って事故に遭ったんだよ。」 「その子が公園から飛び出した所に車が来て、たまたま通りかかった良兄が助けたんだってさ。」 利守が説明するには、良守は車との間に結界をはったので、直接ぶつかってはいないらしい。ただ子供を抱えて地面に倒れた時、少しだけ肩と頭を打ったのだそうだ。大丈夫だと言い張ったのに周囲と車の運転手が警察と救急車を呼んでしまい、半ば無理矢理に連れて来られたのだと良守は不満そうだった。 「それは仕方ないよ良兄。運転手さんからしたら、確かにぶつかった衝撃もあった訳だしさ。」 「そりゃそうなんだけど、とっさとはいえ弾力のある我ながらナイスな結界はったから、こっちにはダメージなかったってのに。」 「なーにがナイスな結界じゃ、受け身を取りそこねて頭を打ったくせに。只でさえ馬鹿タレなのに、それ以上阿呆になったらどうする。」 「アホウ言うな、このクソ爺!!」 またもや口喧嘩になる二人に、正守は苦笑した。この元気なら本当に大丈夫そうだ。隣で呆れたように祖父と次兄を見ている利守に声を掛ける。 「それで、子供の方はどうだったんだ?」 「良兄が庇った子?全然怪我も無くて元気だったよ。さっきまでその子のお母さんも一緒にここにいたんだけど、また改めて家に挨拶に来るって言って帰ったとこ。あと車の運転手さんも警察の人と来たんだけど、色々手続きとか事情聴取があるから明日お詫びに伺いますってさ。」 要点を押さえて答える利守に感謝する。まったく、一番幼少の末弟が一番冷静で理知的だ。 目の前の祖父と弟はまだ口喧嘩を続けている。こうも途切れず言い合いを続けられる所を見ると、二人は良く似ているんだろう。それを必死に宥める父に同情しつつ、正守はもう一度二人の間に口を挟んだ。 「お爺さんも良守もその辺で止めて、そろそろ家に戻りましょう。ここで喧嘩してたって仕方ないですよ。」 正守の言葉に繁守と良守はお互いを見て、それから気まずそうに目を逸らした。そのピッタリと同じ仕草を見て、正守はまた苦笑するしかなかった。 久々に一家揃って帰宅するのに利守は嬉しそうにはしゃいだ。普段大人びた利守の、年相応に見えるその姿に家族全員が顔を綻ばせる。 正守が帰った事で張り切る修史は、豪華な晩飯を用意した。今日の功労者である良守へのご褒美なのか、食後のデザートとしてケーキが用意され良守も大喜びだった。何だかんだ言って子供を助けた孫が誇りだったのだろう。祖父も珍しく何も言わない。 和やかな夕食を終え、正守は今夜の仕事は自分が行くと告げた。今夜くらいは休んでおけと言われても初めは断った良守だったが、心配する修史が正守の提案に賛同した為渋々了承する。 その後正守はその帰宅を喜ぶ繁守と利守に捕まり、また良守も身を案じる修史に布団へと追いやられ。二人が会話を交わす事は殆どないまま、夜は更けていった。 「おや、今夜はあんたなの。」 いつもの時間に姿を現した斑尾は、意外な人物の姿に目を軽く見開いた。 「良守は昼間にちょっと怪我をしてね。今夜はよろしく。」 「良守が怪我?仕事に出れないくらいに酷いのかい?」 「心配しなくても大した事はないよ。俺が帰ってきたから念の為休ませただけさ。」 「ちょっいと、誰があんな小僧の心配なんかするもんさね。馬鹿お言いでないよ。」 フン、とそっぽを向く妖犬の姿に正守は苦笑した。結構弟の事を気に入ってるだろうに、変に意地っ張りな所は元からなのか、今の飼い主に似たのか。正守はその飼い主の事を思い出した。食事が終わって何か話したそうにしていた弟。修史に休むように言われ部屋に追いやられながら、ちらりとこちらを見た瞳が脳裏を過ぎる。 本当なら部屋を尋ねれば良かった。だが繁守と利守の相手をするというのを言い訳に、自分は結局弟に会わずにこうして烏森に向かっている。神妙な面持ちで歩く正守のある変化に気付き、斑尾が声を掛けた。 「珍しいねぇ正守。あんた、微妙に気が乱れてるよ。」 そんなに良守の怪我が気になるのかい、とからかうように言われて、正守は自分の頭の上でふよふよと飛ぶ斑尾に顔を向ける。 「怪我は大した事ないって。ちょっと引っかかりはあるけど。」 気付かない振りしてくれると助かるんだけどなぁ、と呟く正守に、斑尾は大きく口を開けた笑った。 「そりゃ無理な相談だね。いつも卒のないあんたが珍しく動揺してるんだ。これが突かずにいられる訳ないじゃないのさ!」 正守の頭上をクルクルと廻りながら斑尾は楽しげに言う。分かってはいたが、そうハッキリ言わなくてもと正守は溜息をついた。 「あんたが悩んだり考え込むのなんか、どうせ良守の事なんだろう。どうだい、私が相談に乗ってやろうか。」 明らかに面白がっている斑尾に、正守はもう一度大袈裟に溜息をついてみせた。 「遠慮しとくよ、悩んでいる訳じゃないしね。本当はもうとっくに答えは出てるんだ。」 ただそれに気付かない振りをしていただけ。そんな自分の馬鹿さ加減に今更気付いただけだ。自嘲するかの様に口の端を歪めて笑う正守の顔を興味深げに見て、斑尾は一際高く飛び上がった。 「あんたは昔っからいけ好かないガキだったけど、そうやって動揺する姿は悪くないよ。年相応に見えるからね。」 もっと良守の事で心を掻き乱せば良いさ、と笑いながら言われては、正守としては苦笑するしかない。 「心なら、昔っから掻き乱されてると思うんだけどなぁ。」 「言っとくけど、惚気なら聞かないよ。」 この妖犬は自分の事を嫌っているはずなのだが、落ち込んでいる正守を気遣ってくれたのだろうか。軽口の応酬で少しだけ気持ちが楽になるのを感じる。斑尾も解っていて態とそうしてくれているのだろう。流石年の功だな、と思いつつそれは口にしない賢明な正守だった。 烏森から戻った正守は、玄関先で斑尾と別れると引き戸に手をかけてー。ふと気配に気付いた。この扉の向こうにきっと、良守がいる。 寝ずに待っていてくれたのかと、確かに湧いてくる喜びと共に少し憂鬱な気持ちになるのは、自分の気持ちの整理がついていないせいだ。 そういえば良守と想いが通じ合って以来、会える事にこんな気分になるのなんて初めてじゃないだろうか。それも喧嘩したからとかではなく、自分の内面的な問題からだなんて。 きっと今の自分は情けない顔をしているに違いない。このまま弟に会うのは避けたい所だが、待っていてくれた良守を無視するわけにもいかなくて、正守は小さく息を吐くと玄関を開けた。 「お帰り。」 「…ただ今。寝てなくて大丈夫なのか。」 柱にもたれ掛かりながらこちらを見ている弟の肩に手を置き部屋へと促す。兄貴、と小さく呼ぶ声に気付かない振りをしたくなる。 「兄貴…っ。」 肩から離そうとした手を取られ思わず見ると、不安そうに漆黒の瞳が見上げていた。 夜目にも分かる黒曜石のような良守の瞳はいつだって鮮烈な光を湛えて正守を射抜く。 「…怒ってるのか?」 小さく呟かれた弟の言葉。あまりにも意外なそれに、正守が目を見開く。 「何故、俺が怒るんだ?」 「それは…。忙しいのに、俺のせいで呼び戻された事とか。」 怪我も大したことなかったのに、と気まずそうに目を伏せて言う良守に、今の今まで憂鬱になっていた気持ちが吹っ飛んだ。それと同時に自分の態度のせいで弟に誤解させていた事をすまなく思う。 「違うよ良守。お前が事故に遭ったのに知らされなかったら、そっちの方が俺は怒るよ。怪我の程度なんて関係ない。」 例え忙しいだろうからと気遣われたとしてもだ。本心からそう告げると、弾かれたように弟が顔を上げた。その頭を撫でてやる。 「部屋で話そう。」 誤解をさせたなら、ちゃんと話して誤解を解かなくてはいけない。昔とは違い、誤解されたままでも良いと思える関係ではないのだから。 それが自分の愚かさを露呈するような話でも、良守に幻滅されるような話でも、だ。 どちらの部屋に行こうかと一瞬考えたが、法衣のままである事を思い出し自室へ行くことにした。文机と空っぽの本棚があるだけの部屋は、それでもいつ部屋の主が戻ってきても良いようにと掃除が行き届いている。この部屋に、この家に本当の意味で帰る事はないのだと知っているはずなのにそうしてくれる父の気持ちが素直に嬉しいと思う。 畳まれた布団の横に弟を座らせて、脱いだ法衣を普段着にしている和服と引き替えに衣紋掛けに吊す。着慣れた和服を着る事は洋服を着るよりも簡単だ。手早く帯を締めると弟と向かい合わせに座った。 「まず、俺の態度が誤解させたな。悪かった。」 正守が良守と目を合わせ、その手を取って謝ると、良守は驚き首をぶんぶんと振った。 「謝る事ないだろ!兄貴は何もしてないのに。」 「そんな事ないさ。逆に言えば何もしなさすぎだった。お前の傍にいたかったのに余裕がなくってさ。」 「…余裕?何の余裕?」 「自分の馬鹿さ加減に気付いて、ちょっと落ち込んでたんだ。」 正守の言葉に、良守が目をパチクリさせた。心底不思議そうに見上げる弟の、きょとんとした無垢な瞳が愛おしくて、でもその視線は今は少しだけ痛みを伴って正守の胸を射抜く。 掴んだ良守の手はまだ小さく、両手で包むと正守の手の中にすっぽりと収まってしまう。その手にも細かな傷が走っていて、心のどこかが締め付けられたようにぎゅっと音をたてた。 良守の体は傷だらけだ。7年の年の差分、正守よりも生きてきた年数の少ないはずの弟。それだけ戦ってきた年数だって少ないはずなのに体中に走る傷。烏森という、妖が集まる地を守る正統継承者という立場だけではない。術の未熟さ故でもない。ただ優しすぎて自分の身を省みない性格だから、我が身を犠牲にして他を守ってしまう。それはもう彼の本能に深く刻まれてしまって消える事はないトラウマのせいだ。本人すら意識しなくても体が動いてしまうなら、止めろと言った所で効果はない。それでも、傷つくだけならまだマシだった。 「俺は今まで、お前がいなくなるかもなんて可能性、考えてもいなかった。烏森を守護するならいつだってその身は危険に晒される。継承者だって絶対に烏森で死なないって保証はない。だがお前はその中でもあの地に好かれているから、最悪、お前があの地を封印するまで烏森がお前を守るだろうって、だから大丈夫だって思ってたんだ。」 この腕に弟を抱く度に、体中に残る傷跡にいつも心を痛めて。でもどこかで安堵していた。どんなに傷ついても失う事はないだろうと。烏森が良守を縛り付けようとするのなら、せめてそれくらいの見返りはあるべきだ。そうでなければあの地に行く事すら許せない。 すでに正守にとって、良守の存在は我が身よりも大きくなっていた。喪失の予感にも耐えられない程に。そうなったら正守は狂うだろう。 それは予感と言うよりも必然だ。目に見える形での発狂ではないかも知れないが、自分でも想像したくないような歪みを伴って静かに狂うのだろうなと、何の感慨もなく感じる自分がいる。だからこそ考える事を無意識で拒否していた。 「…大丈夫だって思おうとしてたんだな。解っていたくせに、考えないようにしてたんだ。最悪の事態なんて想像もしたくなかったから。そうじゃなきゃ、お前と離れてなんて暮らしていけない。本当に馬鹿だよ。自己欺瞞で表面上安心してたなんて。」 自嘲するように正守は苦々しく笑った。 「だけど日常の中にだって危険は無い訳じゃないって事に、今回の事故でやっと思い出した。術者らしい傲慢さだよな。」 子供の頃は、そういう危険がある事は当たり前だった。川に落ちたり側溝に嵌ったり道で転んだり。良守はやたら怪我をすることが多い子供で、そんな弟の面倒を見ていたのは隣家の少女と、他ならぬ正守だったからだ。だが修行をしていく中で身体的に術者らしく常人離れした能力を身につけていく弟に、その手の日常的な事故の心配などしなくなっていた。危険と言えば烏森という発想しかなくなったのは、墨村という特殊な家に生まれた身なら仕方ないのかもしれない。だが特殊な力を持つから普通の人が遭うような事故には遭わないだろう、というのは術者だからこその傲慢な考えだと正守は感じた。そんな考えを当たり前のように持ち続け疑問にも感じていなかった自分を恥じる。 電話をうけてから病院に駆け付け、良守の無事を確認するまでの間、この胸に渦巻いていた感情を思い出した。不安と、焦りと、恐怖。様々な感情が絡み合って全身を呪縛されそうになったあの時の気持ちは、言葉にするにはあまりにも苦い。 屈み込んで弟の胸元にするりと滑り込み抱き付いた。細い腰に手を回し力を込める。 「良守。お前は、お前だけはいなくならないでくれ。」 その言葉は、良守の胸に押しつけられるように呟かれた。肋骨を通して心臓に直に響く祈りのような言葉に、良守の躰に甘い痺れの様な感覚が走る。縋り付くように回された手が指が、いつも良守を包み込んでくれる広い肩が、小さく震えているようだった。生まれてずっと見てきた兄を子供のようだと感じたのは初めてで。良守は先程自分の中に流れた感覚の正体を知る。 それは歓喜だった。ここまで兄に望まれる事への、愛されていると実感する事への、それは紛れもない喜悦から来たものだ。 そんな自分をどこかで浅ましいと思いながら、それでも喜ぶ心は止められない。 震えそうになる手で胸元の正守の頭を抱き締めた。宥めるように頭を撫でながらそっと額に口付けて囁いた。 「お前こそ、いなくなったりするなよ。」 不安だったのは正守だけではない。良守だってずっと、家を出て裏会に行ってしまった兄を案じていた。そうと思う心に自分でも気付かない振りをして、行かないで欲しかったのにという思いには蓋をして、自分を誤魔化すしかなかったのだ。 「兄貴なんか勝手に裏会に行ってさ。夜行なんて作っちまって。何だよ、裏会の実行部隊って。そんなん一番危険じゃねーか。3年前帰ってきた時だって、いきなり額に傷作っててさ。あん時、俺がどんだけショックうけてたかお前知らねーだろ。」 何しろ額なんて考えるまでもなく急所だ。その傷があとほんの少し深ければ命取りだっただろう。どんな暮らしをしているのかも知らず、教えてもらえるはずもなく。数年振りにやっと会えたと思ったら危うい傷痕をその身に残していて。家族の誰も知らない場所で、もしかしたら死んでたかもしれないなんて、そんな事想像して泣きそうになったあの時の良守の気持ちなんて分かるはずがない。 「危険度で言ったら兄貴の方がヤバいんだからな。勝手に家から出てったくせに勝手に死んだりしたら、絶対許さねぇから。」 昔の事を思い出したら不覚にも泣きそうになった。じわりと眦に浮かびそうになる涙を必死に堪えて言う良守の動揺を悟り、正守が顔を上げる。何て可愛い事を言うんだろうと思ったが、意地っ張りの涙には気付かない振りをしてわざと茶化すように言った。 「順序から言ったら俺が先だろ。お前は後。これが自然な流れってもんだ。」 「兄貴おーぼー!大体順序の話じゃなくて、無茶すんなって話だろ!」 「そうだよ、お前は無茶するな。そしたら必然的に先にいくのは俺の方だ。」 「何だよそれ、ずりいぞ兄貴!お前だって無茶すんなよ!」 良守は本当に悔しそうに握り拳を振り回した。それから何やら考え込んでいたが、ふと何かを思いついたように満面の笑みになる。 「…よし。分かった、こうしよう。俺がいく時はお前を連れていく。だからお前がいく時は俺を連れていけ!」 「は…?」 人差し指で刺されながら朗らかに宣言されて、正守は少々間の抜けた声を上げた。連れていくだの連れていけだの、なんだこの遊びに行くとでも言うようなノリは。 「なんだよ、不服なのか?」 折角のナイスアイデアだと思ったのにと、呆れたような顔をする兄に良守は拗ねたように口を尖らせる。考えるまでもなく弟は本気だ。どんなに突拍子のない事だって、彼はいつだって大真面目に本気なのだ。その潔い程の突き抜けっぷりには平伏するしかない。本当に敵わないな、と正守は苦笑した。そして弟はいつだって思うままを口にするから、自分が今言った台詞がどんな意味を持つかだなんて考えていない。 「なあ良守。お前が今言ったの、結構熱烈な告白だってこと気付いてる?」 正守の言葉にキョトンとした顔になる良守に笑ってみせる。 「『あなたがいないと生きていけないわ』って言ったも同然だよね。」 ニヤリと口の端を上げる正守に、良守はその意味を理解してサーッと顔を赤らめた。 「ち、違う!俺はそんなつもりじゃ…っ。」 「そうなの?俺はそんなつもりで言ったんだけど。」 サラリと返されて良守はますます顔を真っ赤に染めた。それから口中で唸っていたが、意を決したようにガバリと正守に抱き付いた。 「俺をこんなにしたのはお前なんだから、最後まで責任持て。」 耳まで真っ赤になって、そんな告白をする良守に正守は微笑んだ。責任は取るよ、一生ね。そう耳元で囁かれて嬉しそうに笑う良守が心の底から愛しいと思う。 弟はいつだって思うままを口にするから、その言葉は虚飾がない本心という事だ。 お前がいないと生きていけない。それは正守の本心だから、お前もそう思ってくれるならば、その間際にはお前を迎えに来よう。 だから良守、お前がゆく時には俺を連れて行ってくれ。お前がいなくなる世界になど、1秒たりともいたくはないのだから。共にゆけるのならば、その最後も至福の時になるだろう。 腕の中にすっぽりと収まる愛しい人を抱き締めながら、膨れ上がり、体から噴き出しそうになる想いに急かされるように、正守は良守に口付けた。 |
お世話になった蒼井さんへのお礼リク
「烏森以外のところ(学校、神祐地他)で怪我したよっしと兄」
でした。
…と、今ここ書きながら気付いたのですが。
私、リク読んだ時は怪我したのはよっしーだけと解釈してたけど、
よく読んだら兄も怪我なのか…?
うわ、もしそうだったら大・勘違い!その時はすみません〜;;
思ったよりも長くなったのと、私事でバタバタしたので
大変お待たせしてしまい、申し訳ありませんでした。
これからもよろしくお願い致しますv
2007.9.14
Novel