二人がかなり壊れてます。特に弟。暗くて黒くて精神破壊系です。
人によってはバッドエンド。人によってはハッピーエンド。
上記を読んで少しでも嫌な予感がした方は、お読みにならないようお願い致します。












楽園












苦しいのだと、初めてその心情を吐露した夜。
泣き言なんて言った事の無い兄の、血を吐くような絶叫を弟は静かに聞いていた。
どうすればお前は俺だけのものになる。他の誰も見るな、何も見るな聞くな心を開くな。
誰にでも優しいお前を見ていると、どうしようもなく苛立ってしまう。


閉じ込めて、誰にも触れさせないで。
やがて光を失った眼が何も写さなくなっても。例え正守をも見なくなっても。
それはそれで正守にとって幸せなことなんだと、そう思う。


大切にしたいと思うのと、同じくらいに強く胸に宿るその忌まわしき思い。


それなのに、正守は大丈夫だと良守が言った。お前はそんなこと出来ないよと。
何故そんなことが言えるんだと正守は返した。俺にも掴めない奥底の感情を、お前は知らないだろう。


苛立ったように声を荒げる正守に、大丈夫だと、もう一度良守が繰り返す。
だってお前がそうする前に、俺がお前を連れて行くから。
にこりと笑うその眼に宿るのは紛れもなく狂気の色。


お前は気付いてなかったんだな。とっくの昔に俺が狂っていた事。
お前に恋した瞬間から、それに気付いた瞬間から。俺は狂ってしまったよ。
実の兄であるお前が欲しくて欲しくて、どうしようもなく独り占めしたくて。
お前が大切にしていた仲間からも、お前を大切に思っていた家族からも遠ざけたかった。
体を重ねただけじゃ足りない。想いが通じ合ったようにみえても、そんな曖昧で不確かなものじゃ満足出来ない。
どうしたら俺の事だけ見てくれるか。そればかりを考えてた。
だって狂ったように見せかけて、お前はまだ正気だったから。
ずるいだろう、俺はこんなにも狂ってしまったのに。お前はまだ、他にも大切なものを抱えてる。
だから俺も態と他に大切なものがある振りをした。嘗て大切だと思っていたものを、まだ慈しむ振りをした。
そうする事でお前の欲を煽り、俺だけを欲するようにと。簡単な罠を仕掛けた。
お前の眼が少しずつ嫉妬で狂っていく様に、俺は狂喜していたんだ。


人から見たらお前の方がおかしくなったように見えたかもしれないけど。
俺は待っていた。お前が俺と同じ所まで堕ちてくる瞬間を。


いっそ烏森に引き籠もってしまおうか。あそこならば誰にも手が出せない。
誰の声も届かない、誰にも邪魔されない場所に、二人で行ってしまおうか。
それは何とも魅力的な、抗いがたい誘惑。



ゆっくりと差し出された弟の手を
兄は躊躇う事なく掴む









ある夜を境に、墨村の長男と次男の姿が消えた。
それと同時に烏森が力を失くした事に、そこを守ってきた両家の人間は気付いた。
だから消えた二人が何らかの形で関わっているのだろうと。犠牲になったのだろうと。ー勘違いをしたのだ。


誰かが怒鳴った。こんな悲劇は望んでなぞいないと。
誰かが泣いた。どうしてこんな事になったのと。
誰かが叫んだ。どうか二人を返して欲しいと。


誰もが消えた二人の事を思い嘆き悲しんだ。二人が烏森の犠牲になったのだと、信じて疑わなかった。
その様子を、400年、墨村に仕えた妖犬は冷めた眼で見ていた。
彼は気付いていたのだ。二人の気持ち、二人の狂気を。
もう正気には戻れないだろう良守の事も、その良守に惹かれ、更に堕ちていっただろう正守の事も。
気付いていたが止めなかった。いや、止められなかったのだ。
あの二人には誰の声も届かない事を、彼は知っていた。


ねぇあんたたち。これで満足かい…?





誰もが嘆き悲しんだ。誰もが烏森を恨んだ。
だがそれが本当は悲劇ではなく、喜劇なのだと。二人にとってこの上ないハッピーエンドなのだと。
知るのはただ一匹の妖犬のみ。










2007.9.29

Novel