バスタイムをご一緒に
温かい湯気に包まれた浴室に、微かに響くシャカシャカという音。泡だらけの自分の頭をちらりと見上げて良守は目を閉じた。背後の兄は何が楽しいのか、先ほどから機嫌良さそうに良守の頭を洗っている。 「なあ、兄貴。」 呼びかけると「ん〜?」と応えるその声すら楽しそうだ。 「楽しい?」 「わりと。」 問いかけに返された答えは即答だった。 「こうされるの嫌か?」 「別に。」 嫌なはずはなかったからこちらも即答で答えると、正守は「そう」と応じまた髪を洗い始める。 たっぷり湯を含ませた髪に、手になじませたシャンプーを擦り付け泡立てていく。頭全体を細かな動きでマッサージするかのように洗うその動きはとても丁寧で、ともすれば良守の眠気を誘うほどに上手だった。 情事の後、一緒に風呂に入るのにももう慣れた。慣れたというか慣れるしかなかった。何しろ最初の頃の良守は、行為の後疲労困憊して指一本動かせない事も度々だったし、そういう時風呂に入れ体を清めてくれるのは兄の役目だったからだ。 すでにお互いの体の隅から隅まで知っている仲とはいえ、風呂に入るという行為はまた別の羞恥心を煽るのだが、それを恥ずかしがる段階もとうに過ぎてしまった。兄は良守を離したがらなかったし、良守も共に暮らしているとはいえ忙しい兄と一緒にいられる時間を、恥ずかしがっていてはもったいないと思うくらいにはこの時間を大切にしていた。 泡を洗い流しリンスをつけ濯いだ頃には、良守の髪は柔らかく艶やかに光っていた。それに満足気な正守に良守が呟く。 「そんなに髪洗うのが好きなら、髪伸ばせば良いのに。」 良守の言葉に正守はパチクリと目を瞬いてから笑う。 「別に、髪を洗うのが好きなわけじゃないよ。」 「え、そうなのか?」 風呂に入る度に正守は必ず良守の髪を洗う。それは良守が自分で洗える体力が残っていてもそうだったので、てっきり髪を洗うという行為が好きなのかと思っていたのだが・・・。 不思議そうな良守に正守は「わかってないなぁ」と苦笑した。 「良守の髪だから、洗うのが楽しいんだよ。」 そう嬉しそうに言われて、一瞬後良守の頬が赤く染まる。 「だから、洗うのが楽しいのは髪だけじゃないんだよね。」 そういうと正守はスポンジにボディシャンプーを付け泡立て始めた。見る見るうちに泡だらけになったスポンジで、今度は良守の体を洗い始める。何だか恥ずかしくなって止めさせようとした良守だったが、上機嫌に鼻歌混じりの正守の様子に強くは言えなくて俯いてしまった。 背後から緩く抱きしめられながら湯船に浸かる。広い胸元にもたれて力を抜く瞬間が何とも心地よい。 「熱くない?」 「へーき。」 のぼせないように少し温めに入れたお湯には、乳白色の入浴剤が溶かしてあった。実家にいた頃は祖父が入浴剤を嫌った為こういう事はできなかったけど、この家は正守と良守だけが住んでいるので好きにできるのが嬉しい。 風呂好きな良守の為にと、正守は色々な入浴剤を買ってきてくれたが、一番気に入っているのがこの入浴剤だった。 お湯を掬って遊ぶ良守に正守が微笑む。 「お前、この入浴剤好きだよな。」 「んー?まあ他のヤツより好きだよ。ちょっとゴージャスな気分になんね?」 「ああ、それはちょっと分かるかも。」 確かに他の色がつくタイプのものより、乳白色のものの方が何となくだが贅沢な感じがする。浴効はそれほど違わないだろうに、人の感覚なんて曖昧なものだ。 それに、と正守が呟くと同時に良守の体がビクリと震える。 「ちょ、こら!」 慌てる良守の小さな抵抗を難なく封じ込めて、正守は濁って見えない湯の中で良守の肌に指をはわせる。 「次の動きが分からないのって、予測ができなくて興奮しない?」 俺も好きだよ、この入浴剤。と満面の笑みで言われて良守は脱力した。 「そんな理由で好きになるなよ、このエロぼーず。」 「良いじゃない。好みが似るって夫婦生活において大事な事だし。」 大体、そのエロぼーずが好きなんでしょ?と背後から覗きこむように言われて、良守は絶句する。にこにこと、否定されるとはまったく考えていない辺りが憎たらしい。憎たらしいのだがー。悔しいけどその通りなのだ。 だからせめてもの意趣返しにと、「好きだよ、このクソ兄貴!」と怒鳴り返した後鼻先に噛みついた良守だったが。 それが返って正守を煽る結果になったのに気づいたのは、ほんの10秒後の事だった。 |
2010.6.23